事業会社とディープテックスタートアップの連携: 経産省の手引きとは?

目次
1.ポイント
2.はじめに
3.なぜ事業会社の変革が必要なのか?
4.事業会社の変革への道筋
①総論
②現状認識-チェックリストの利用-
③課題解決-ベストプラクティス-
(1)武田薬品工業
(2)欧米ヘルステック
5.さいごに

1.      ポイント
①ディープテックスタートアップ会社と事業会社の連携が課題
②事業会社側のマインドセットと目的の曖昧さが根本原因か?
③事業会社向け課題解決のための経産省が事業会社向けの「手引き」を発表!
④現状認識のためのチェックリストが有用!
⑤ベストプラクティスは一見の価値あり!

2.      はじめに
 ディープテックスタートアップは徐々に日本でも目立ち始めてきました。しかしアメリカと比べると数や規模もまだまだ追いつけていない状況です。スタートアップ、事業会社、投資家を含めた日本版スタートアップエコシステムの形成がキーと言われています。


引用元:「今後の産業技術環境政策について」令和5年8月、P6

 どうしたらエコシステムを形成できるのか? 重要なのはスタートアップにとってのパートナーである事業会社の変革です。2023年6月2日に経済産業省は「ディープテックスタートアップの評価・連携の手引き」を発表しました。この「手引き」ではエコシステム形成に向けて事業会社の「あるべき姿」への変革の必要性と、その実現への道筋を示しました。このNoteでは、106頁にわたる「手引き」のポイントかいつまんで紹介します。

3.      なぜ事業会社の変革が必要なのか?
 ディープテックスタートアップは一般的に非常に長い期間の研究が必要です。「技術はあるけど、資金がない」、「技術はあるけど、事業化できない」などはよくある話です。そのためディープテックスタートアップにとって、潤沢な経営資源を有する事業会社との連携は非常に重要です。しかし、この連携がうまくいかないケースがとても多い。例えば、既存の技術に固執するスタートアップとPIVOTしてほしい事業会社、どんどん前に進みたいスタートアップと一歩一歩社内会議を通してから進めたい事業会社。両者の「マインドセット」の違いが、円滑な連携を阻害しています。
 さらに事業会社の問題点として、自社の目指す姿が曖昧な点があります。
近年「オープンイノベーション」を掲げる会社は増えてきました。しかし、自社が目指す事業展開や、スタートアップとの連携を通じて獲得したい事業・機能を明確にできていないことがあります。目的の曖昧さが、事業会社のスタートアップに対する評価軸のブレ、受け入れ体制の不十分性やコミットメントの低下を引き起こします。
 まとめると、事業会社にはマインドセットがスタートアップ側に寄り添えていない点とスタートアップとの連携の目的が曖昧であるという問題があります。

4.      変革への道筋
①     全体像
 ここからが「手引き」のメインです。この手引きでは、大きく2つのステップを提示しています。現状認識ステップと課題解決ステップです。
現状認識ステップでは6項目(事業戦略、権限移譲、体制、スタートアップ会社の評価/見極め、スタートアップ会社との連携/協業、コミットメント/マインドセット)のチェックリストを実施します。事業会社はこのチェックリストを利用することで、スタートアップとどれだけうまく連携できるかを可視化できます。
 課題解決ステップでは、6項目に区分して、それぞれのベストプラクティスを紹介しています。こちらはチェックリストと異なり画一的なものではなく、複数のベストプラクティス事例の掲載となっています。各事業会社がこれらを参考にして自社にカスタマイズすることを想定しています。
 こちらの図は、6項目の全体像になっています。6項目に加えて、主体の明確化が色分けでなされています。つまりトップマネジメント、ミドルマネジメントのどちらが推進すべきことかがわかるようになっています。

引用元:「ディープテックスタートアップ の評価・連携の手引き」P17

②現状認識ステップ-チェックリスト-
 チェックリストは6項目、そして各項目に2~4つの設問が設けられており、合計で15の設問で構成されています。正直なところ各設問は抽象的な内容なため、○か×かが判別しづらいです。そのため、チェックがしやすいように具体的な設問が別で設けられています。例えば「体制」の項目は以下のようなチェックリストになっています。

引用元:「ディープテックスタートアップ の評価・連携の手引き」P25

 相当具体的な内容まで落とし込まれていて、とても実践的な内容に思えます。個人的なイメージだとこういったチェックリストは最後の具体的な質問までに落とし込めていないことが高く、使いづらいことが多い。しかし、このチェックリストは状況を把握できている責任者レベルであれば事実の確認さえすれば迷いなくチェックできる点が素晴らしいと思います。

※チェックリスト全文は、最下部にあるリンクより「ディープテックスタートアップ の評価・連携の手引き」にアクセスいただき、P24~P28を参照ください。

③ベストプラクティス
 現状認識ステップでは、6項目のどこに問題点があるかを把握しました。「手引き」には各項目に対応する形でベストプラクティスを載せています。すべての項目について書いていくと相当ボリューミーになってしまうので、今回は個人的に興味のある「評価/見極め」項目に絞ってご紹介します。

★「評価/見極」
「評価/見極」と聞くと、チェックリストのような画一的で汎用的な手段があるように思えますが、残念ながら答えはNO。なぜなら、各事業会社のスタートアップとの連携の目的によって、評価すべき項目は変わってくるため、画一的な判断軸が存在しないからです。とはいえ、それで終わりでは何の参考にもならないので、「手引き」では事業会社の目的を区分したうえで、ベストプラクティスを紹介しています。
下の図を見ていただくとわかりやすいです。

引用元:「ディープテックスタートアップ の評価・連携の手引き」P56


判断軸を考える前提として、「明確なコア事業を軸」に必要な技術を獲得していく方向性と、自社の経営資源を利用して「よい事業」を発掘しいく方向性です。前者の方はディップテック系の事業会社、後者の方は商社やVCに当てはまりやすいと思います。

それぞれの方向性について、ベストプラクティスを見ていこうと思います。

(1)武田薬品工業  ~明確なコア事業を軸に~
 武田薬品工業は言わずと知れた大手医薬品メーカー。同社は2001年にTakeda Venturesをカリフォルニアで設立しています。このTakeda venturesが武田薬品工業とスタートアップ会社のHUBとなり、連携を進めています。

 以下は、武田薬品工業が公表しているパートナーを組む事業領域&技術の一覧。

引用元:「ディープテックスタートアップ の評価・連携の手引き」P58

ここまで明確に公表している会社は他にない気がします。一般的に日本企業は「自前主義」が強いので、自社の興味ある分野、逆に言えばまだ技術獲得ができていない分野を公に晒すことは積極的にしません。今後大企業がオープンイノベーションを促進するにあたって、非常に価値のあるベストプラクティスに思えます。メリットは、事業会社の目的が明確であり、連携が容易である点。デメリットは、絞りこみをしすぎることで、連携可能なスタートアップ会社が潜在的に非常に少なくなってしまうことです。それでも武田薬品工業で連携が出来ているのは、イノベーション・エコシステムが発達している西海岸にTakeda venturesを設置しているのがポイントかもしれません。

(2)欧米化学メーカー ~よい事業の探索~
 もう一つベストプラクティスとして掲げられていたのが、欧米化学メーカーの事例。

引用元:「ディープテックスタートアップ の評価・連携の手引き」P67


引用元:「ディープテックスタートアップ の評価・連携の手引き」P68


 この事例は「アクション」と「評価軸」があり、これらの内容が時間の経過(出資前~出資後)に伴い変化しています。「アクション」⇒「評価」⇒次にステップの「アクション」⇒「評価」と段階的に何をすべきかが明確で、非常に実行可能性が高いと感じます。例えば、出資前の技術スカウトの時点では、評価軸を「自社とのフィット」「市場の魅力度」「政策・規制」に置いています。これが出資後のPoCフェーズでは「技術」「(業界の)領域特性」「財務」と変化していきます。技術スカウトの時点で、市場の魅力度を深く検討しており、事業性や収益性を重視している点が武田薬品と大きく異なる点です。

5.        さいごに
 今回ご紹介した内容は、106頁にわたる「手引き」の一部にすぎません。正直自分も全部を読み込めてはいません。より詳細に知りたいという方は是非原文を見てみてください。余談ですが、この手引きを作成したのは、「研究開発に係る無形資産価値の可視化研究会」という名称のグループ。個人的には「価値の可視化」というところに興味があってこの研究会をリサーチしはじめたのですが、着地点は事業会社とスタートアップ会社の連携の円滑化(正直想定外でした)。今後は、スタートアップ会社の価値の可視化というところをリサーチしていこうと思っています。

参考資料
「ディープテックスタートアップ の評価・連携の手引き」

「今後の産業技術環境政策について」令和5年8月
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/pdf/013_02_00.pdf

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