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どちらも私

誰もが日々を平穏に暮らしたと願い、自分の人生に心を尽くしたいと思うはずです。

ですが思いがけない問題に直面することも多々あります。

私が縛られていた生き方を手放していこうと思うきっかけになった出来事がありました。

長年「求められる自分」を生きて「期待されること」に応え続けてきた私の体は確かに違和感を感じるようになっていましたが、もう少し前にもっと幹の部分で何かが覆る瞬間がありました。

これからお話することは家族のお話です。

そして私の中には家族への限りない愛情が湧き出ているという前提で聞いて頂ければ嬉しいです。

ある時、それまでコツコツと積み上げてきた老後の計画や、将来の夢が全てリセットされることが突然起こりました。

それは予期せぬ主人の失職でした。

老後に向けて始めていた2拠点生活や、人生設計のおもに経済的な部分が、一瞬で白紙になり先が読めなくなりました。

30年以上勤続して役職も頂き、定年後も働ける土壌も保証されていました。

ただその中で、主人の価値観はいつしか「仕事」と「それに対する報酬」で計られていたと思います。

もちろんそれは、組織人として成功した結果ではありました。

それでも自分の存在意義や評価のほとんどを仕事に委ねてしまうと、仕事は人生の全てではないはずなので、何かの理由でそこから離れてしまう時、自分の生きどころが見えなくなるのは、無理もないことだと思います。

私は傍らで見ていて、人間の確固たる自尊心や自信の基準となるものが全て覆されても、人間は受け止めて生きていかなければならないんだと痛感しました。

ただ私の中の主人を見る目は、収入が高いとか、社会的地位を得ているとか、主人の見ていた景色とは少し違っていて、それは確かに尊いことではあるけれど、彼をはかる全てではないと思っていました。

もちろん私もずっと働いていて、仕事に対する姿勢は普通に持っていましたから、仕事の厳しさも理解していたと思います。

私の傍らで万全の価値観が一瞬で崩れるのを見た時、逆に自分の生き方を問われた気がしたのです。

人は変われるものであり、私こそ変わらなくてはならないと思いました。

「人生はそんなに長くはない」とか「当たり前に明日が来るわけではない」など、それまで何回も聞いていた言葉が初めて私の中で色をもち、体温をもち、命をもちました。

ただ今思えば、主人の期待に応えたり、機嫌を損ねない生活を優先していたとはいえ、自分の人生を主人に依存したり責任を転嫁するのは違うと考えていたことが、唯一の救いだったかもしれません。

そこから私の小さな一歩が始まりました。

社会で人と関わりながら生きていれば、自分を殺した方が上手くまわる場面や、相手が望む自分であり続けることが優先されることも多々あります。

どんな場面の自分も嘘ではないけれど、それは相手を優先するがゆえの自分であることは確かです。

例えば与えられた仕事は、120%で返さなければ評価されないとか、、、それは相手に喜んで貰いたいという気持ちからなのですが、いつも自分にキャパ以上のことを強いてしまう結果になります。

「よく気がつく人」とか「結果を出せる人」という評価を得たとしても、自分はいつか疲弊していきます。

家の中でも同じことで、母として妻として家庭人として「あらねばならない姿」を追い求めました。

例えば嫁として姑を立て、義家を絶対に悪く言わず、逆に実家の良いことは言わない、、、など自分が自分に与えたルールで苦しむことになりました。

今でも目標は持っています。「優しい母」「優しい妻」自分をもち強い人だから優しくなれる。自分を等身大で生きる人、そんな大人です。

今まで嘘をついていた訳ではないけれど、そうやって生きることが幼い頃からの自分を守る唯一の方法でした。

人を傷つけないように、不愉快にさせないように、常に気をつけていると自分の意図は何処かに埋もれてしまいます。

同じくらい自分も傷つけられるのが怖いから、どんどん自分を消していきます。それが今までの私です。

そんな窮屈な自分も、少し変わり始めた自分も、どちらも今は愛せます。

ふたりとも一生懸命生きている自分だからです。

「愛されない自分」を作り出してしまわないか、とても不安だった頃の私に「大丈夫だよ」と伝えたいです。

家族を心から愛してきたことが事実ならば、ずっと自分はひとりではなかったと思えるし、本当の意味の無償の想いを心に宿すと、自分こそが暖かくなると知ったからです。


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