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店仕舞い

三十余年も住むと家には、ものがあふれている。
だが、この家のものすべてに私なりのストーリーと思いがこもっている。
庭木でさえも愛おしい。
しかし、そんな感情は捨てて「店仕舞い」の時期である。

この家では季節ごとに部屋の壁面の絵や置物を替えて楽しんできた。
絵を選び求めるのは夫。定年を機に油絵を描き始めた。

私が選んだ絵は1枚だけ。熊谷守一さんの「とんぼ」。
ある古物商で、たまたま出会った。
氏のひたすら見てみて描くシンプルな絵にひかれた。
復刻の小品である。

そのとき手持ちのお金がなく、「また出直します」と告げた。
店主は「いいから持って行ってください」と。
どこの誰とも知らない私に持って行ってとは、そんな懇意なお店ではない。
店主曰く「絵の好きな人に悪い人はいません」・・・胸に響いた。

うれしいお言葉だったが、再度訪ねてゲットしたしだいです。
その絵はいまでも、季(とき)知らずとして壁に飾っている。

食器選びは、私担当。
本棚の書籍は各々に好きなもの、共通のものなど。
サザエさんシリーズの棚を含めて、いくつあるかしら・・・

そこで何年か前、私は心に決めた。
1日ひとつ処分しようと。

先日何度か開け閉めしていた白い箱。
もう亡くなった夫との婚前約1年間やりとりした手紙類。
当時多忙を極めていた彼よりも私の方が多い。
こんな昔の手紙、どうしよう。意見を聞く夫はもういない。
一枚セピア色に染まった社用便箋に彼の走り書き。
「お前の寝顔は天使のようだ。・・・・・・妻よ、やすらかにねむりたまえ」 ムム?? 
この最後のフレーズは、あちらへ逝った人への言葉では・・・
私は変な気持ちになった。
五十余年経たいまの私の寝顔を見たら、彼はきっと顔をそむけるでしょう。
これらの手紙の箱、何度かゴミ収集日に出そうかと思いながらもふみきれない。

そんなこんなで、1日ひとつ処分の決行は進まず。

この悩めるなか、友人から懐かしい半てんをいただいた。
急な冷え込みに気づかって下さった。
彼女の母上からとか、紺色の大島地に中綿が入り軽くて暖かい。
また、孫娘からもフカフカのハイソックスのプレゼント。
私の冬は、これでバッチリだ。

だが侵蝕され続ける部屋は片付かないまま。
決心して行動するのは自分自身だと一刻も早いアクションを求められている。あの心やさしい主のお店はコロナ禍を待たずに閉じていた。

私の閉店時間は迫っている。

                                                                                              2023.12.25
                                                                    もの処理に悩める老女より

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