障害があっても生きやすくしていくには-"ヒューマンエンハンスメント"の存在-


子(3歳)に発達障害の懸念があったので、Xで見つけたこちらの発達障害のシンポジウムを視聴しました。

私の子供はまだ3歳ですが難病・内部障害・知的障害があり親として大変な思いをしてきたし、ほかの障害の当事者の方・親御さんも言葉で話しきれないくらい苦労されていることと思います。
この先、自分が少しでもその苦労や困りごと、悩みを軽くする活動をしたい、明るく希望を持って生きていけるようにしたい、と思う中でこのシンポジウムを聞きました。

全体として大変興味深く、特に三番目の堀内先生の発表は私たち当事者・親が実際困っていることに対して現実的にどう考えるかという研究をされており、とても心に刺さったので、その一部紹介と感想を書きます。

立教大学 堀内進之介先生(政治社会学、応用倫理学を専門)
『障害の代わりに「不利な状態」という用語を使うべき理由ーウェルフェア主義における障害と強化の意味ー』より

以下、発表の内容です。

⚫️ニューロダイバーシティとヒューマンエンハンスメント⚫️

ニューロダイバーシティ(Neurodiversity)
ニューロダイバーシティとは、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)など、発達障害を神経や脳の違いによる「個性」だとする概念のこと。
多様性を価値あるものとしてみましょう、「みんな違って、みんないい」考え方の運動

ヒューマンエンハンスメント(Human Enhancement)
ヒューマンエンハンスメントとは、人間の身体的、認知的、感情的/道徳的能力の増進のこと。
(ニューロダイバーシティとは相容れない考え方で)多様性は大事だけれども、集団には利益をもたらすからと言って、個人の側にコストがやってくるのは不利な状態だ。
単なる差異として改善を軽視すべきでない。
ポテンシャルを増やし、できるようにしていこうという考え方。



⚫️実は誰もがエンハンスメントしている⚫️

実はみんながエンハンスメントしている。
例えば、
ワクチン接種(生まれながらに持っている以上の免疫を獲得しようとしている)、
メガネをかけるのも、
美容整形もエンハンスメントとすることがある。

エンハンスメントは2つのアプローチ、
外側から・・・環境操作型
内側から・・・身体介入型 がある。

できるようにする・ポテンシャルを増やすという思想の背景にはなにがあるのか。


⚫️自分の望む人生を選択して生きられるような、実践的なプロセスを考えていこう⚫️

人生で達成したいことを達成するために必要なポテンシャル(潜在能力、潜在的可能性)のことをケイパビリティと呼ぶ
自分の望む人生を選択して生きる自由を得られるような、実践的なプロセスを考えていこう、開発していこうという姿勢をケイパビリティ論という。

では、全ての人に保障すべき基準値(閾値)はどこに設定するのか?と考えると
(別の言い方をするならどこから上なら放置してもいい?)

発達障害は、知的障害と違ってIQでは上から下まで分布するので基準値は設けられない
量的に考えるのはやめましょう、ということになった。

本来なら得られたであろう機会の得難さ、
現実的に置かれている状況の中で機会を損失しているのであれば、
積極的に救済することを考えるべきではないか。


⚫️堀内先生の息子さんのお話⚫️

先生の息子さんはアメリカからの帰国子女で、ADD(注意欠陥障害)があります。
アメリカの学校では重要な試験の時に時間制限がなかったのと、
聴覚過敏もあるのでイヤーマフが許可されており、IQが高く成績上位者でした。

日本に来ると、試験には時間制限があるのとイヤーマフを許可してもらえず、
学校が騒がしくて辛く成績下位になってしまいました。

本人の希望でコンサータ服薬を始めると、
勉強で集中できるようになり頑張った結果、全国で最上位の成績になり、IQはさらに高くなりました。
ところがそれを学校の先生に「薬でズルしている」と言われてしまいました。


⚫️ニューロダイバーシティ は実践としてはなかなか難しい⚫️

最後のディスカッションの中で、先生方はこんな表現で話されていました。
「理念と実践との難しさがあり、ニューロダイバーシティ は実践としてはなかなか難しい。社会運動としては失敗しているのではと思う」
「運動の人は大きな話をしがちだけれども政治社会学は最適解を考えるアプローチ」
「みんなちがってみんなダメになっている(ダメというのはunfitの意味)」

これは私が障害者の親として経験から思うことですが、障害者はまさにエンハンスメント側の主張する「コストを個人で負担」しています。

篠宮先生(ニューロダイバーシティの研究者)もディスカッションの中でそこは認めておられ、「ニューロダイバーシティが叶ったとしても実際の設計レベルで個人に負担がいっていないかは確認する必要がある。悩んでる個人が合理的配慮をもとめていかなければならない。福祉は申請主義だから書類を書いて申請しないといけないし、新しい考え方についていかなければならない風潮自体不平等では」という旨の発言をされていました。


以下、このコストについて私の経験した二つの事例を紹介します。

①福祉の申請主義は、余裕のない当事者には厳しい
私も福祉の手当(特別児童扶養手当)を受給しています。大変ありがたいものではありますが、そこに辿り着くまでに相当時間がかかりました。
知るプロセスが1番厄介で、私がこの手当に行き着いたのは、同じ病気の子を持つ親同士、X上で繋がって、情報共有しあっているからです。病院でも役所でも手当の存在を案内されることはなく、生まれてすぐ医療的ケア児となり入院・手術を繰り返した我が家では調べる余裕もその発想もありませんでした。

②越えられない社会の壁 保育園は断られる
普通の子供より手がかかるからと、複数の保育園に申し込みを断られました。
受け入れてくれる保育園が見つかったので結果大丈夫でしたが、
こういう経験をしていると「みんなちがってみんないい」では済まない現実があります。

⚫️障害を意味するDisorderとDisable⚫️

障害を意味する英語には二つあり
①Disorder(医学モデル。典型的な生物学的な機能から外れた状態)
②Disable(社会モデル。個の問題ではなく社会的・環境的な要因によって不平等、排除、分離に晒された状態)

欠陥があるのではなく、異なっているのだと主張することは健全な立場だという意見がある一方で、単なる差異は治療の対象ではないとか、できること・やれる場所を探せというのはより排除的だという考えもある。

⚫️ウェルフェアリストの障害観⚫️

ウェルフェア主義的アプローチ(The Modified Welfarist Approach)
(以下、堀内先生の近著「データ管理は私たちを幸福にするか?」より引用)
このアプローチでは、人々の「ウェルビーイング(well-being)」を向上させるという目的を軸に、さまざまな介入を認めている。ここに言うウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること、それゆえ「幸福」であることと考えてもらいたい。そうすると、病気の治療はもちろん、日常生活における食生活の改善やマインドフルネスなども、幸福の向上に寄与する限りで「エンハンスメント」とみなせることになる。
一方で、ウェルフェア主義的アプローチでは、人々に病気や能力の低下が見つかったからといって、その全てを改善すべき問題とは捉えない。というのも、何らかの例外的・逸脱的な状態にあるとしても、それによってウェルビーイングが向上するのであれば、その人は有利な(つまり増強された)状態と捉えることができるからだ。

ウェルフェアリストとしては、disadvantage(不利)と考えたらどうですか、という提案をする。特定の機能や状態、環境が、社会的な文脈において不利になることがあるという事実に照準する見方で、不利な状況が補われることを考えた方が良いと考える。

発表の最後は、「研究者と当事者で交流していきましょう」というメッセージで締めくくられました。


⚫️シンポジウムを聞いて 私の思い⚫️
政治社会学と言う学問でこのような研究がされていることに大変勇気をもらいました。
今まで私の世界では、障害者は自分でいろんなところに聞き回って情報をかき集めたり、当事者同士でつながって情報を得ていくしかないと思っていました。とにかく自ら必死になんとかせざるを得ないと思っていました。

自分自身は健常者として生きてきて、出産して初めて障害者の現実を様々なことから少しずつ体験してきました。例えば、私の子供は小児ストーマがありましたが、当時、渋谷区民だったので助成を受けることができたものの、同じ病気なのに、違う区であれば助成が無いことがありました。また、保育園に入所しても、途中で医療的ケアが必要になりましたが訪問看護師は指示命令系統の中にいないので何かあったときに責任が取れないからと受け入れてもらえず(=親が医療的ケアのために出向くか、自宅保育になる)、保育園・市と協議したり市議会議員にお願いしてみたりしました。それは当時こだわりの強い子供の相手をすることや医療的ケアの追加で疲弊していた私には大変負担が大きいものでした。

しかし、このように学問の世界で議論がなされていると知ると、自分たち障害者側だけで頑張っているという認識が少し変わります。自分たちには頼ることができる、可能性を拓いてくれる応援団がいるのだと知った気分です。

今後もこの研究について知見を深めていきたいと思います。

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