「スチームパンクとツインテール」第1話

「く……こりゃ、やべえな……何メートルあるんだよ、この化け物……」

凪いだ海の上、水上機(複葉機であり飛行速度は遅いが、安定性が高くボート代わりに使用できる)から身を乗り出し一人の青年『ファイ』はつぶやいた。
目の前に居る巨大な怪物は『真鍮獣』。
体内に銅と亜鉛を貯めこみ、それを利用して真鍮の外骨格を身にまとった怪物だ。
気性は凶暴で金属製の艦船を好んで襲う性質、さらにその強力な外骨格が保つ強大な肉体は、しばしば人間にとっての脅威となる。
まだこちらと母船の存在には気づいていないようだが、僅かでも刺激を与えたらたちまち襲い掛かってくるだろう。

「時間は……。所定まであと2分だな……」
ファイは懐から懐中時計を取り出した。真鍮でできたこの時計は、水しぶきにも潮による腐食にもめげることなく、歯車を休みなく動かしている。

「……よし、いまだ!」
そうファイは叫ぶと、機銃掃射のボタンを押した。
バシャバシャバシャ……!と銃弾が水面をはねながら真鍮獣に向かって襲い掛かる。
「ギキイイイイ!」
その体内から金属と金属がこすれるような、文字通りの「金切声」を上げながら、真鍮獣はその長い首をこちらに向けてきた。
その目には怒りの炎が宿っている。その様子を見てファイは勢いよく水上機の方向を転換させながら、速度を上げ始め、通信機のスイッチを入れた。「よし、艦長!狙いをこっちに向けた!あとは頼むぜ!」
水上機はプロペラを勢いよく鳴らしながら、離陸に向けて速度を上げようとする。それを見た真鍮獣は、逃がすまいと勢いよく体をくねらせて波を起こす。
「く……!」
これによりバランスを崩したファイは、かろうじて横転を避けながらもなんとか態勢を保つ。
しかし、その口には笑みが浮かんでいた。
「……あと少し……」
大きくかしぐ水上機の中で、ファイは待っていた。

……そして、数秒後。
「ギイイイイイイ!」
と言うすさまじい断末魔が聞こえ、真鍮獣は爆音とともに海の中に沈んでいった。
『ファイ、大丈夫ですか? 生存率80%の見込みでしたが……』
同時に、通信機からおとなしそうな少年の声が聞こえてきた。
「ああ、オルタか。何とか無事だよ」
そう言いながらも、ファイは水上機を後方に向けた。
そこには一隻の潜水艦が浮かび上がっていた。
潜水艦に似つかわしくない巨大な砲塔が、ゆらゆらと陽炎を上げている。この主砲が真鍮獣の急所を打ち抜いたのだろう。

『その怪物は商船の襲撃中だったようですね。価値のありそうなものはありますか?』
「……ああ、ちょっと探してみるよ」
そう言いながら、真鍮獣が襲っていた船の残骸であろうばらばらに飛び散った歯車とシリンダーをかき分けながら、ファイはあたりを見回す。
「……ん?」
すると、救命用と思しきボートの上で一人の少女が気を失っているのが目に入った。
この海戦の中で転覆しなかったのは奇跡としか言いようがない。
髪をツインテールにまとめ上げたその姿は、かわいらしい人形のようだった。
「……ま、これも人助けかな……」
そう言いながら、近くにあったまだ使えそうな計器の類を少女のボートに移すと、ファイは水上機のロープにそれを引っかけ、再度エンジンを入れた。
ブイイイイン……とプロペラがボートのエンジンのように羽音を立て、水上機は潜水艦に向けて牽引を始めた。
 

「はあ、中々燃えたな、今日は」
水上機を潜水艦の船尾に格納し(この潜水艦は偵察用の水上機を1台格納できる仕組みになっている)、ファイは少女を医務室のベッドに寝かせた。
ゴウン、ゴウン……と規則的に聞こえるタービンの回転音が医務室の中に響く。
見たところ気絶しているだけで、水などを飲んでいる様子はない。恐らくしばらくすれば目を覚ますだろう。
その様子を見て安心したようにホッと息をなでおろしたタイミングで、医務室のドアが開く。
「おかえりなさい、ファイ!」
そこに居たのは、長い茶髪をポニーテールにまとめた少女だった。
年齢はファイより少し年上のようだ。ファイを見るなり、自身の背中をファイの背中にぴったりとくっつけてきた。
「ああ、ただいま、フラウディ。……今、この子を寝かせたところだよ」
「え? ……ふーん……。この子が遭難者なのね」
「ああ、そうだよな! どの『島』の出身だろうな?」
「分からないわね。ただ、この服装は、私たち『カーム・ネイチャー』のものじゃなさそうよ」
「それ言ったら、俺たち『フレア・フレア』のものでもないな。じゃあ、オルタの『島』か?……いや、そうでもないだろうな」
そう言いながら、ファイは腕を組みながら悩む様子を見せた。
 
この世界は地球のような地続きの大陸は存在せず、大きな島が各地に点在し、それぞれが1つの国家を形成するようになっている。
そこに住む住民たちは当然外部と隔絶された半ば鎖国状態となっており、ファイたちのような船を持つもの以外は、自国の民としか会うことがない。
その為、それぞれの『島民性』の差は地球でいう『国民性』よりもはるかに強く個性的なものとなっている。
 
「ま、いずれにしても仲間が増える方が楽しそうだし、良いよな」
「え、まさかこの子をうちのクルーにする気なの?」
「なんだよ、行けないか?艦長に後で相談するつもりだよ」
「見ず知らずの部外者を載せるなんて、危険よ!」
「そうか? じゃあ俺と結婚して、妻になってもらえばいいってことか?」
「奥さんって、そんな軽々しく決めるものじゃないでしょ!それに、仲人もいないのに結婚なんて出来るわけないじゃない!」
「そうかあ?『カーム・ネイチャー』の連中のそう言うとこ、理解できねえな」
フラウディが怒りの声を上げるのも気に留めず、ファイは笑った。
 
ファイの出身島は『フレア・フレア』と呼ばれ、島民は短命と言う特徴がある。そのこともあるのか、よく言えば楽観的、悪く言えば刹那的な思考で『今を楽しむ』ことを第一に考える性格をしている。
また、多夫多妻制であり『多様なパートナーを持つこと』が社会的に正しいとされている。逆に『同じ属性(若い女性・金持ちの男性など)ばかり相手にする人』や『一人の人間だけを愛し続けること』は蔑視される風習を持っている。
 
「ま、とにかくこの子が目覚めるまで待たなきゃな」
「そ、そうね……。じゃあ私がしばらく面倒を見るわ」
そう言うと、フラウディは額をこつん、とファイの背中に当て、ファイと入れ替わる形で部屋に残った。
 
「まったく、ファイったら……人の気持ちも知らないで……」
少女の前で、フラウディはブツブツと歯噛みするような表情を見せた。
「そもそも、結婚なんて軽々しく口にするなんて信じられない!」
 
フラウディの出身島『カーム・ネイチャー』は四季の変化が豊かで農耕が主な産業となっている。
その性質から島民は仲間意識の強い保守的な性格であり、男女ともに非常に強い貞操観念を持つ。当然『恋愛結婚』と言う文化も存在しない。
キスはおろか手をつなぐことや見つめあうことすら夫婦以外では行うことが許されていないため『背中を合わせる』『額を背中に当てる』などが求愛行動として認められる数少ない行動となる。
 
『もしもし、フラウディ。聞こえるかね?』
しばらくすると、金属製の伝声管(パイプを用いた通信器具。この世界においては、無電池電話はまだ使われていない)から低い中年男性の声が聞こえてきた。
フラウディは少女から目を離さないようにしながらも、伝声管にその小さな口をつけて話し始めた。
「あ、艦長」
『先ほど、ファイから話を聴かせてもらったよ。どうやら、その子を我々のクルーに入れるべきかでもめているようだね』
その声を聴き、フラウディは少し声を荒げるような様子を見せた。
「ええ、そうですよ! 我々は家族なんです! どんな馬の骨か分からない女をクルーに入れるなんて考えられないですよ! 艦長はどうなんですか?」
『うーむ……』
艦長と呼ばれた男は、伝声管の向こうからでもわかるくらい困惑する様子を見せる。
『その少女の素性が分からないのでは、私としてもなんともいえぬが……。少なくとも、ファイのように無条件で認めるようなことは出来ぬな……』
それを聴いて、少し安堵したかのように、フラウディが笑みを浮かべた。
「そ、そうですよね! やっぱりこの子はこの船に居てはいけません! 次の島で下ろしましょう!」
『ふむ……。フラウディ、君の物言いには少し個人的な感情が含まれているようだな。まあ、確かにあの子の容姿を見ると不安になるのは分かるが……』
「そ、そんなことありませんよ!」
それを聴いて、フラウディは真っ赤に顔を上気させた。
『この間君は言ったな? いつになったら私にファイと自分の仲人になってくれるか、と……』
 
フラウディの国は、目上のものの口利きによる『見合い結婚』が主流となる。その為、フラウディはかねてよりファイとの見合いの席を設けるよう、艦長にアプローチをしていた。
 
「それは関係ありません! 私はただ、この船のためを思って……!」
『はっはっは! まあ、いずれにしても次の島まで3週間はかかる。だから、そうだな……』
だが、その声を遮るように、フラウディの悲鳴が伝声管から聞こえてきた。

『きゃあ!』
「おい、どうした、フラウディ!」
だが、返事はなかった。
その様子から考え、目覚めた少女から襲われたのだろう、と艦長は判断した。
「……まずいな、武装解除を怠ったな、ファイのマヌケめ!」
艦長はファイの部屋につながる伝声管に大声で叫んだ。
 
「お前たち……だれだ?」
腰に吊っていたナイフを前に向け、ベッドから突然跳ね起きた少女はギラギラと目を光らせ叫んだ。
「私はフラウディよ。あなたが真鍮獣に襲われていたから、助けたの。あなたの名前は?」
「…………」
その発言を聴くが、少女はナイフを下ろさない。
「……ところで今は何時だ?」
「え? えっと、今は……」
だがその質問は、ただの油断を誘う搦め手でしかなかった。時計を見ようと懐から懐中時計を取り出そうとした瞬間、フラウディの体ははじけ飛んだ。
「きゃあ!」
少女が強烈な体当たりを決めてきたためだ。ふらり、と体をぐらつかせる。
そしてドアから飛び出そうとした瞬間、
「おい、大丈夫か!」
戻ってきたファイと鉢合わせた。
 
「…………!」
少女はフラウディの首筋にナイフを向けながら尋ねる。
「お前、なぜ私を助けた?」
「はあ?」
「お前たちが私を助けた理由がわからない。私を助ける必要はなかったはずだ」
「理由って、おい……」
「状況から推測すると、お前たちは私を奴隷として扱うと判断できる。だが、それには従えない。ボートを返してもらう。私はこの艦からの脱出を要求する」
(ああ、そう言う島民性か……。なら説得するより、一度実力行使をする方が良いか!)
直情的な『フレア・フレア』の島民は言語による説得は好まない。
ファイは、ブーツについていたピンを抜き、ダン!と震脚した。
その瞬間、爆音とともに蒸気が吹き出し、白煙の中を猛スピードでファイは駆け抜けた。

「とりあえず、こいつは返してもらうぜ?」
その腕には、フラウディが抱かれている。
「……ありがと、ファイ」
抱きしめられたことで顔を赤らめたフラウディを後ろのドアから脱出させる。
この世界の住民は、それぞれ蒸気機関を主な動力源としたさまざまな武器を所持している。
ファイのブーツは『スチーム・ラン』と呼ばれる特殊な加工が施されており、蒸気で動く強力なピストンがそれぞれ使われている。これを使用すれば、一度だけ高速移動や空中での方向転換が可能となる。
その様子を少し驚いた様子で少女は見つめていた。
「俺の名前はファイ! 遊んでやるから、かかって来いよ!」
「遊ぶ……?」
その発言に少しだけ反応を示すと、
「フン。ルティナだ。参る」
そう言うと、ルティナと名乗ったツインテールの少女はナイフを構えた。
 
「……くっ!」
ルティナの身のこなしは、一流の兵士のそれだった。
ヒュン、と飛び交うナイフ、その間隙を突くような抜き手、体重を乗せた蹴り技。体格差を戦闘技術とナイフ、そして潜水艦内と言う不安定な足場を利用して補い、ルティナはファイと互角にやりあっていた。
「やるじゃんか! ……お前、もともとは兵士だな?」
「答える義務はない。……なるほど、お前は、強い。……だが……」
そうつぶやくと、ナイフについていた安全装置を外し、再度ナイフを振りかざす。
「おっと!」
さっと紙一重でよけるファイ。
だが、振りかざしたナイフから、ガリガリガリ! ときしむ音とともに、そのナイフから閃光が放射状に飛び散りファイの顔に舞った。飛び散った閃光が放つ強烈な熱を受け、ファイは顔を覆う。
「ぐっ! ……これは……!」
閃光の正体はすぐにわかった。

……ナイフの中央についていた火打石(フリント・ロック)がゼンマイばねによって急回転を起こし、火花を散らしてきたのだ。
(『フリントロック・ナイフ』か……。珍しいもん持ってやがる……)

「これで終わりだ」
ひるんだファイに対して、ルティナは再度ナイフを構えた。
(あ、こりゃ死んだな。ま、楽しかったし良いか……)
そう思った瞬間、ルティナは膝をついた。
「……ん?」
それが疲労によるものだと、ファイはすぐに気づいた。
それを見て、ファイはルティナのナイフを蹴り飛ばし、抑えつけた。
「水切れ(現代語でいう『電池切れ』の比喩表現)、だな。……惜しかったな、ルティナ。お前の負けだ」
「…………」
それを見て、観念したようにルティナは体から力を抜いた。
「抵抗するすべはない。降伏する。奴隷にでもなんでもすればいい」
「……そうか、それじゃ、まずは飯にしようぜ? ほら、食堂に行こうぜ?」
そう言うとファイはルティナに肩を貸した。
 
「…………?」
食堂の椅子に座らされたルティナは、目の前に出された食事を見て、無表情な目を少しだけ見開いた。
「この食事は、なんだ?」
「何って、今日の夕飯だよ。お前、ここ数日何も食べてなかっただろ?」
「どうしてわかる?」
「真鍮獣の残骸の近くに食料がなかったからな」
「……ああ」
そう言うと、一番手前に運ばれたスープに口をつける。
「あれ、素直に食うんだな。毒見をしろとかいうと思ったけど」
「あの時お前は私を殺せた。ここで毒殺する理由がない」
そう言うと、ゆっくりとスープを飲み始めた。
「……美味いな……」
「お、そうか?それならよかったよ。な、オルタ」
「ええ。回復食としてビタミンを20%増量して入れていますから、味もよく感じるのでしょう」
オルタと呼ばれた少年は眼鏡をくい、と上げて笑みを浮かべた。
 
彼は『アクア・ゼロ』と呼ばれる島の出身者である。この島民は『万物は数値化出来る』と言うポリシーを持っており、物事に対して数字を使いたがる傾向がある。
その島民性から料理を正確に作ることを得意としているため、艦内では大抵食事当番を任されている。
 
その発言に、ファイは苦笑した。
「ははは、お前はいつも堅苦しいな。うまく作れたッていえばいいじゃねえか」
「僕の性分だからしょうがないでしょう?それより、先ほどの真鍮獣との闘い!銃弾を想定より13%も多く消費していました。無駄弾が必要な状況でもなかったでしょう?」
「いいじゃねえか、ケチらずに使った方が楽しいんだしさ! ったく『アクア・ゼロ』の奴らは口うるさいから困るよ……」
「僕はその『フレア・フレア』の刹那的な考え方が4%も理解できないですよ! 3週間ある戦いのことも考えて……」
口論する二人を見て、ルティナは不思議そうな表情を浮かべた。
「この船は……変わった船だな。いろんな島の住民がいる」
「それは艦長の意向よ。『乗せたい奴は、どの島民だってこの船に乗せる!』ってのが口癖なのよね、あの人は」
そう言いながら、フラウディは少し呆れたようにジャガイモを口にした。

この星の文明水準では、まだ冷蔵・冷凍の技術が十分に発展していない。その為、口にできるものはジャガイモやザワークラウトと言った保存のきく食事や缶詰、たまにラムネやライムと言ったものくらいだ。
だが、ルティナは文句ひとつ言わず、ゆっくりと平らげている。

「そうなのか。お前たちは何を生業にしているんだ?」
「生業って言っても……まあ、何でもやるわよ。この潜水艦に乗って、いろんな仕事を引き受けてるの。今回の依頼は、この海域における真鍮獣の討伐。依頼主は部外者に教えないけどね」
『部外者』と言う言葉を強調しつつ、フラウディは不機嫌そうに答える。
「そうか、だからお前たちがこの海域に居たのか……」
「そういうこと。……けど、さっきはいきなり攻撃してきたけど、あれ、どういうことよ!」
隣に座っていたフラウディはプリプリと怒りながら尋ねてきた。
「お前たちが、私を奴隷として扱うつもりだと判断したからだ」
「そんなことするわけないでしょ?困ってる人を見つけたら、助けるのが当たり前なんだから!」
「……フン、おめでたい島民性だな。己の利益にならないことをするなんて、理解しがたい」
「なんですって?そう言うあんたは、どこの島の出身よ?」
「ファイになら教えてもいいが、お前に答える気はない」
「はあ?私が弱いから?」
「違う。お前の言動が不快だからだ」
「なんですって?」
「ほらほら二人とも。スープの温度が3度も下がってしまいましたよ? 僕が作った料理、ちゃんと食べてください?」
自分たち以上にヒートアップするのを見かねたのか、オルタが呆れたように二人に割って入り、ようやく二人の口論は収まった。
「まったく、なんでこう、みんな割り切れないのでしょうね……」
オルタはそう一人つぶやいた。数字で表せない関係性をあまり好まないのも、彼らの特性だ。
 
しばらくして、全員が食事をあらかた平らげた。
「ふう、美味かった。……ところで、この後この船はどうする?」
「3週間くらい、この海域に留まるつもりだよ。まだ真鍮獣の生き残りがいるかもしれないからな」
「そうか……。それで、私はどうなる?」
「うーん……」
それを口にしようとしたところでドアが開き、艦長がパイプをくゆらせながらやってきた。
「あ、艦長!」
全員が敬礼をすると、艦長はうむ、と帽子を目深にかぶり直しながらうなづきルティナのもとに近づいた。
「ルティナ、と言ったね?」
「そうだ」
「我々はこの任務を終えたら、依頼主の住む島に一度停泊する。その時に君の身柄を役人に引き渡す準備がある。……君の用事は恐らく、同じ島だろうからな」
その発言に、ルティナは一瞬だが体を震わせた。恐らく図星だったのだろう。
「……その身のこなしで分かる。スパイ目的か、暗殺目的か、大方そんな理由で向かうところだったのだろう?」
「……答える義務はない」
この世界では基本的に島同士の交流は行っていない。その為、国同士が特例として認めた連絡船やファイたちのような一部の例外を除けば、基本的に島に渡るようなものは『裏』の仕事が中心となるためだ。
そもそも、殆どの国で島同士を渡るような船の所有は厳しく管理されている。
「当然、島の役人も君を相応に『もてなして』くれるだろう。その場合君がどうなるかは想像がつくだろう」
「私は任務に失敗したのだ。いずれにせよ生きる道はない」
当たり前のようにこくり、とうなづくルティナ。
「え、それってつまり……」
それに抗議しようとするファイに目くばせした後、艦長は続ける。
「だが……。もし、この依頼中に君が何か役立てることを証明出来たら……。この船のクルーとして迎えてもいい。当然、過去のことを詮索したりはしない」
「……は?」
それを聞いたファイは「おっしゃ!」と大声で飛び上がった。感情表現がストレートなところも『フレア・フレア』の特徴だ。
一方で、その提案にルティナは意外そうな目を向けた。

「戦闘でも料理でも、何でもいい。私たちにとって『お前が居なくてはならない存在だ』と思わせる何かを見せてくれ」
そこまで聴いて、フラウディが口を尖らせた。
「ちょっと待って、そんな簡単に決めていいの?」
「3週間も見極めの期間を持つことを『簡単』と言うかね?」
「む……けど……」
「話は以上だ! 解散!」
そう言うと艦長は部屋を後にした。
 
「良かったな、ルティナ!これから頑張ろうな!」
艦長の発言に、ファイはルティナの肩を抱いて喜びの表情を見せた。
少しだけ恥ずかしそうにルティナは目を背ける。
「私は死を覚悟していた。このような恩情をかけられる理由が分からない」
「良いじゃねえか!折角生きられたんだから、今を楽しもうぜ、な!」
「…………」
屈託なく笑うファイを見て、ルティナはうなづいた。
「とにかく、明日からよろしく頼む」
「おお、任せな!……と言いたいところだけど、早速今から仕事すっぞ!」
「今からか?」
「ああ、外で魚を取りに行くんだよ!そうすりゃ、初日から課題クリアだ!」
「……君は生き急いでばかりだな、ファイ」
「当たり前だろ?俺たち『フレア・フレア』の民は40年も生きられねえんだからな!だから、やりたいことは『今すぐ』やるってのがモットーだ!」
「……40年、か……君たちが短命なことに驚愕した。同情しよう」
「そりゃ、ありがとな。とにかく行こうぜ、ルティナ?」
「承知した」
そう言いながら甲板に上がる様子を見て、フラウディは少し歯噛みするような表情を浮かべた。
「フラウディ、どうしました? 体温が0.1度ほど上昇しています。何かルティナに思うところがあるのでしょうか?」
「うっさいわね! ……とにかく! あの女のために寝床の準備しとくわ! オルタ、ここの皿洗いは任せるわ!」
不機嫌そうにしながらも、フラウディは倉庫にあるハンモックを取りに向かった。
「フフフ、なんだかんだ言っておせっかいですね、フラウディも」
その様子を見て、オルタは嬉しそうに笑った。
 
「よし、じゃあルティナはこれ使ってくれ!」
甲板に出たファイは、嬉しそうにルティナに釣り竿を渡した。
なお、この星の文明水準で作られた潜水艦は潜航能力が低いため、戦闘時以外に潜航することはない。
「ああ、分かった」
そう言うと、釣り糸を思いっきり海に向けて投げる。
「あ、おい何やってんだよ!」
「釣りとは、こうやるものではないのか?」
「まず、えさを付けなきゃダメだろ!それに浮きだってちゃんと付け直してないし……!」
「すまない、私は釣りの経験がない。やり方を教えてくれると助かる」
「ったく、しょうがねえな。ちょっとこっちにこいよ」
そう言うと、ぐい、とルティナの肩を引き寄せた。
「…………」
「どうしたんだよ、ルティナ?」
「い、いや。何でもない。次の指示を希望する」
「ああ、この釣り糸にだな……」
そう言いながら、少し頬を染めたルティナは、ファイの言うことを聞き、釣りの準備を始めた。
 
それから1時間ほどが経過した。
「……うん、だめだな、今日は……」
このあたりの海域は真鍮獣に荒らされていたのだろう、魚の姿は全く見えなかった。
「すまない。私に釣りの知識があれば、結果は変化しただろう」
「ん? いや、そりゃ関係ねえよ。今日は日が悪かったってだけだよ。……それにさ、別に魚釣りのためだけにお前を読んだわけじゃねえしな。ほら、見てみろよ?」
そう言うと、ファイは遠くで飛ぶように泳ぐ海獣の群れを指さした。

海獣の体表にみられるケイ素が水晶のごとく夕焼けを乱反射させ、さながら流星のように美しく光る。
「スナクイイルカの群れがこの辺にはいるんだよ!あいつら、普段は島の近くの砂からケイ素を取って生きてるけど、この時期は島の間を大移動するんだよ!」
だが、それを見てもルティナの表情は変わらない。
「これを見せたくてさ! どうだ、ルティナ?」
「……別に、どうも思わない。単なる海獣の群れだな」
「そ、そうか……」
「だが、これを見せるために時間を作ってくれた君の行動には感謝する。……すまない」
「なんで謝るんだ?」
「君のために笑顔を作りたいのだが、やり方が分からない」
「ハハハ、別に気にすんなよ。とにかく、明日はもっと楽しく仕事しよう、な?」
「……君は仕事を楽しいと思うのか。……そうだな、私も楽しむことにする」
その表情がわずかに変わったのを見て、ファイは嬉しそうに船内に戻っていった。
 
一方、船室では、
「ふん、何よあの女! ファイの近くにべたべたして! なんであんな、夫婦でもないのに近づけるのよ! ……まったく……」
そう言いながらも、フラウディはルティナのハンモックを丁寧に掃除しながらつるした。


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