「スチームパンクとツインテール」第3話

「手があるってどういうことだ?」
「ファイ。私を載せて、艦載機を操縦してほしい」
「お前と一緒にか?」
「ああ。奴の攻撃も届かないぐらい高高度まで飛んでくれ。それとルティナ、お前の『シリンダー・ガン』を貸与してほしい」
「え?」
「詳しい説明は後でする。頼む、ファイを死なせたくないんだ……」
「わ、分かったわ……」
ルティナが深々と頭を下げたのを見て、フラウディはシリンダー・ガンを手渡した。
そして、ファイは、
「よし、いくぞルティナ!」
そう叫び、艦載機に走っていった。
 
「……ルティナ、何とか真鍮獣の上を取ったぞ。けど……この距離じゃ機銃も届かねえぞ?」
ファイは振り返りながらルティナに訊ねた。
水上機は真鍮獣に見つからないように大回りしつつ上昇し、上空500mほどの高さにまで達していた。この距離では彼我の攻撃は届かない。
「けど、あまり近づくと見つかって、あの散弾の餌食になっちまうし、どうすんだ?」
「……ファイ、見える?」
そう言うと、ルティナは真鍮獣の首元を指さした。
「……何がだ?」
「あそこが、真鍮獣の急所だ。あそこを打ち抜けば、あいつは死ぬ」

真鍮獣の体表は頑丈な鎧に囲まれているために見えづらいが、首の付け根はその構造上関節、つまり『金属パーツ』が多い。
その為、その位置を砲撃すれば、内部の部品が体内で飛び回り、一撃で致命傷を与えることが出来る。
先日襲撃された真鍮獣も、同様の方法で撃破していた。

「ああ。……けど、どうやって狙うってんだよ?」
「真鍮獣は、目で私たちを追っているわけじゃない。追うのはその金属の匂いだ。だから『乗り物に乗っている私たち』は補足される」
「そんなのは分かってるよ。だから……まさか!」
「逆に言えば、生身の人間は補足できない。だから、こうする」
「おい、待て!」
「ファイ、助けてくれてありがとう。つかの間だが最期に楽しい時間を過ごせた。お礼は命で返す」
そう言うと、ルティナは水上機から飛び降りた。
 
「ルティナ、何やってんだ!……ちっ!今行くぞ!」
『何をやってるんだ、ファイ!ルティナ! 艦長命令だ、やめろ!』
「うるせえ、知るか!」
ファイは『フレア・フレア』の国の出身と言うこともあり、直情的に動く。
機体を何とか海中に不時着できるように調整すると、通信機から聞こえる制止も聴かず、ファイも水上機から飛び降りた。
 
数秒後、ファイは何とか落下するルティナに追いついた。
猛スピードで自由落下する中で、二人は顔を見合わせる。
「……ファイ? どうして、一緒に来た?」
「お前を放っておける訳ねえだろうが!お前の作戦は分かってる!あの化け物の後ろから、その銃をぶっ放すんだろ?」
そう言いながらファイはルティナの持つ『シリンダー・ガン』を指さした。
「そう。この銃は、中に詰める蒸気の量に応じて勢いを高められる。最大出力で射出すれば、真鍮獣と言えど打ち倒せる」
「けど!そいつを当てられるくらい近づいたら、真鍮獣の爆発に巻き込まれちまうじゃねえか!あのでかさだ、爆発もやばいことになる!」
「それは仕方ない。誰か犠牲になるのは当然と判断した。言っておくが、役割の交代は受け付けない。ファイ。私は君に死んでほしくない」
「だったら!」
そう言うと、ファイはルティナの体を強く抱きしめた。
「何のつもり……なの?」
いつもの表情が崩れ、ルティナはファイの方を見据えた。
「打った瞬間に、俺の持つ『スチーム・ラン』を全力でぶっ放す!そうすりゃ、二人とも助かるだろ!」
「断る。失敗したら、ファイが一緒に死ぬ。私はファイの死を望まない」
そのルティナの困惑したような発言に、いつもの能天気な笑みをファイは浮かべた。
「ばっかだな。死ぬならそれでもいいじゃねえか。やるだけやって死ぬならさ!」
「…………」

フレア・フレアの民はその寿命の短さから、独特の死生観を持つ。
それは『後悔する生き方より、後悔しない死』を望むという点である。
その発言に少し考え込むような表情を見せるルティナ。そして、いつもの無表情を少しだけ恥ずかしそうにゆがませた。

「君は面白い。……だが……その、なんだ。もし無事に帰ってこれたら……私の『遊び相手』になってほしい」
「え?……そんなのお安い御用だ! じゃあ、行くぜ!」
その言葉の意図を考えることなく、ファイはうなづいた。
 
それから少しの後。
真鍮獣の頭上まで二人は接近していた。
「いまだ、撃つ。頼む、ファイ」
「ああ!」
ガシュガシュと蒸気が漏れだすシリンダーガンを構えるルティナ。そして、
「さらばだ、化け物」
引き金を引いた。
ゴオオン……と言うすさまじい爆音とともに弾丸が射出され、それは真鍮獣の首を貫いた。
真鍮獣の体内で部品が飛び回っているのだろう、断末魔の声が響く。
「後は任せろ!」
そう言ってファイはスチーム・セプターのピンを外した。
轟音と共に、二人の体が真鍮獣と反対方向に吹き飛ぶ。
その刹那、真鍮獣が大爆発とともに海中に沈んでいった。
 
それから数十分後。
『ふう……。何とか、ファイ達を回収できましたよ。着水地点を予測できてよかった』
オルタがそう伝声管に向けてつぶやいた。
その声を聴き、
「はあ、良かった……ファイは無事なのね!」
「ふ……ルティナはどうでも良いということか……」
そう苦笑しながらも、艦長はルティナに語り掛ける。なお、ファイの命令無視はいつものことなので気に掛ける様子もない。
「べ、別にそう言うわけじゃ、ないわよ……ただ、ファイの方が気になったって言うか、だから……」
「まあいい。……そうだ、その少女の服装から彼女の出身島が分かったぞ?」
「え?」
艦長がゆっくりと振り返りながら、にやりと笑みを浮かべた。
「彼女の出身島の名は『ハッピー・ゴールド』だ」
「え、あの有名な……」
「そう、一言でいうと『独裁国家』だ。世襲制で国王が選ばれているようだが、過剰なまでに内乱を恐れているようだ。また、軍役についた兵士は常に己の命を『道具』として扱うよう教育されるようだ」
「ひどい……命は道具なんかじゃないのに!」
「だから、先ほど自分が犠牲になろうとしたわけですね……」
フラウディは怒りの目を向け、オルタは合点がいくようにうなづいた。 
「当然治安も悪い。基本的に島民は、隣人を含めて誰も信用せずに、任務を第一にして生きている島民が多いと聞くな。あの子もおもちゃより先に武器を与えられてきたのだろう」
「そう……可哀そうな子だったのね……」
「計器の扱いに詳しい理由は、そこでしたか……」

悲しそうにフラウディは表情を暗くするのに対し、分析するような回答をするオルタ。このあたりにも島民性が表れている。
艦長は続ける。

「遊ぶという文化は基本的にない。あの子の余暇の過ごし方を覚えているかね、オルタ?」
「ええ。僕の記憶では、読書が3回、運動が5回、睡眠が2回でした。今にして思うと、いずれも仕事の延長ですね」
「そうだ。だからこそ、彼ら・彼女らにとっては『遊ぶ』と言うのは特別な意味を持つらしい。『遊び相手になる』と言うのは、自身にとってかけがえのない時間を共有することだ。つまり……」
「プロポーズってわけね?」
「そう言うことになるな」
艦長はふっと笑った。なお、艦長たちはファイたちが飛び降りてからの発言は聴いていない。

そのタイミングで、ドアがギイイ……と開く音が聞こえてきた。
「艦長、今戻ったぜ!」
ファイはそう言って、笑みを浮かべた。
能天気に笑みを浮かべるファイに対して、フラウディは怒りの目を向けた。
「もう、ファイ! もうあんな危険なことしないでよね!」
「あはは、悪い悪い! けど、ルティナのおかげで楽しめたよ。ありがとな、ルティナ」
「ううん。私がやったのはただの特攻。……ファイが一緒に来てくれたおかげ。私はあの場できっと死んでた。お礼を言うのは、私の方」
そう言いながら、ファイの服の裾を掴むルティナ。それを見て、少しねたむような目をフラウディは向ける。
その様子を見ながら、少し冷や汗をかくように艦長はパイプをふかせた。
「ま、まあ、ともかくだ。テストは合格だな。ルティナには今後、私の艦で働いてもらおう」
「やったあ! よかったな、ルティナ!」
そう言いながら肩を抱くファイの手を、ルティナはぎゅっとつかんだ。
「え、まだ数日しかたってないじゃない?」
「確かにそうですが……。僕も、ルティナの加入には賛成です。食料の消費量を5%上回る生産性の向上が期待できますから」
オルタもそのように口を挟んだため、フラウディは少し不満そうにしながらも口をつぐんだ。
「ファイと一緒に居れて嬉しい」
「そうか? なら、俺も嬉しいよ!」
「これから君の部屋でチェスをやりたい。先ほど遊び相手になるって言ったはずだ」
「あ、遊び相手……?」
フラウディはその発言を聴き、驚いたようにファイの方を見る。事情を知らないファイは能天気にうなづく。
「ああ、良いな!じゃ、俺たちは次の出発まで一緒に過ごすから、何かあったらまた呼んでくれ!」
そう言ってファイは扉を開け、ルティナと共に背を向けた。
だが立ち去ろうとする刹那、ルティナは振り返り、
「…………」
見下すような笑みを見せながら、フラウディにあっかんべーをするように、子どもじみた仕草で舌を出した。
「な……!」
思わず絶句したフラウディをしり目に、バタン、と扉は音を立てて閉まった。
「艦長!良いんですか、あんな奴を艦に乗せて!……って、ちょっと、どこ行ったんですか、艦長!オルタまで!」
だが、振り返るといつの間にか艦長もオルタも姿を消していた。
「もう!覚えてなさいよ!ファイは渡さないからね!」
そう言いながらフラウディは、艦長室の椅子を思いっきり蹴り飛ばした。

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