「スチームパンクとツインテール」第2話

それから数日が経過した。
「ねえ、ファイ」
「どうしたんだよ、フラウディ?」
フラウディはファイと一緒に甲板で見張りをしていた。
背中を合わせ、頭をぐりぐりと当てながら話をするファイ。これが彼女たち『カーム・ネイチャー』の民に出来る精いっぱいの愛情表現だ。

「あの子のこと、どう思うの?」
「ああ、ルティナか? すっげーいい奴だよ。
「あ、そう……」
それを聞いて、少しつまらなそうな表情を見せるフラウディ。
「あ、おい、いたぞ、獲物だ!」
「え? ……あ、ほんとね! 任せて!」
ファイは、前方に、鶴を一回りほど大きくした大型の鳥が飛ぶのを指さした。
フラウディは自身の装備である『シリンダー・ガン』を取り出し、二つある引き金の片方を引いた。
「エネルギーは……40%ってところね……」
ガシュガシュとピストンが空気を圧縮していく。『シリンダー・ガン』は蒸気の力で圧縮空気を作り、射出する空気銃である。
シリンダーの耐圧性が極めて高いため、いわゆる「溜め撃ち」を行える点が通常の銃とは異なる。
「……今ね!」
そしてもう片方の引き金を引く。
凄まじい轟音と共に銅の弾丸が飛び、それは正確に鳥の急所を打ち抜いた。
「流石だな、フラウディ!」
「当然よ!」
「じゃあ俺が取りに行くから、伝令頼むな!」
得意げに笑みを浮かべるフラウディ。ファイは海に飛び込んで鳥を回収しに行く。
 
一方。こちらは操縦席。
オルタ、ルティナ、艦長が席で仕事をしていた。
「ルティナ、計器を見て10分に一度報告してください。北緯13度を保てるようにお願いします」
「承知した。この計器は内部温度を指しているようだが、平均値はいくつだ?」
「ああ、それはですね……」
ルティナは順調に船内活動をこなせるようになってきた。
『やったわよ。獲物をしとめたから、今日はごちそうよ!』
「お、そりゃ嬉しいな!」
艦長はそれを聞き、嬉しそうにパイプを揺らした。
『どう、そっちの調子は?』
「ええ、ルティナが来てくれてから、作業効率が20%上昇しました。とても助かっていますよ?」
『……ふ、ふーん。仕事は得意なのね?』
「この程度なら軍で学んできた」
『あら、そうなのね』
そこで何かを思いついたように、フラウディは尋ねてみた。
『ところでさ。オルタはルティナのこと、好きなの? もしそうなら、応援するわよ?』
だが、オルタの反応はにべもないものだった。
「いえ、別に。僕らは他者と割り切れない関係を持つことは望みませんから」
『あら、そうなの……』
 
オルタの居る『アクア・ゼロ』の国では、両親が子育てを行うことはない。子どもが産まれたら直ちに保育施設に預けられ、そこで一通りの教育を受け成人になるまで両親と顔は合わせない。
そのこともあり、家族と言う概念は希薄となる。
 
「私もオルタに興味はない。ただ、ファイのことは興味がある」
『……へ、へえ。あんたより強いから?』
「相違する。そもそも同条件で戦えば、この艦で私に勝てる者はいない」
『ま、そうだけどさ……』
 
謙遜を美徳とする『カーム・ネイチャー』の国ではこのようなルティナの発言は『自慢』と受け取られるため、あまりよく思われない。フラウディは少し不機嫌そうな顔を見せた。
 
「あの男は……負の感情を私を含む、誰にも向けないからだ」
『あいつは、ただバカなだけよ……『俺たちゃ長生きできないんだ! だから、悲しむより、楽しんで生きないと損だ』っていつも言うからね……』
「お前はあの男を愚かと言う。だが、私はその『愚か』と言うところを好ましく思う」
『……フン』
「お前がファイを愚かと言うなら安堵する。お前がファイに好意を持つことを私は許容しない」
『……うるさいわね! とにかく、すぐ戻るわ!』
そう言うと伝声管の音は途絶えた。
「全く二人とも、仕事に関係ない話題は30分後の休憩時間にしてくださいよ……ね、艦長?」
「……まずいな……」
だが艦長はそれを無視し、計器の数値が上昇するのを見て、つぶやいた。
「見ろ、この金属反応を」
そう言いながら計器をオルタに見せた。それを見るなり、オルタも表情を変えた。
「……大型の真鍮獣がこっちに近づいてきている。……前回のよりさらに……」
「そうだ。すぐに二人を呼び戻せ! ブリーフィングを始める!」
そう言うと艦長はガタリと立ち上がった。
 
「……まじっすか? 大型の真鍮獣がこっちに?」
「ああ、間違いない」
その発言に不安そうな表情を浮かべる一同と裏腹に、ファイは嬉しそうに尋ねる。
「今度の敵はやばそうだな、腕が鳴るじゃねえか!」
「何言ってるんですか……。計器から考えて、体長100mはあります、この怪物は!戦えば80%の確率で負けます!この海域より脱出を試みましょう。1時間もしないうちに、僕らの船は襲われてしまいます!」
「けど、この動き! まっすぐこっちに向かっているわ! 逃げても捕まるのは時間の問題よ!」
「ふむ……」
艦長は全員の意見を聞きながら、少し逡巡する様子を見せた。
「まっすぐこの船に向かっている動き……恐らく、あの怪物は先日倒した真鍮獣の親だろう…………確かにこのまま逃げても捕まるな」
 
真鍮獣は『親子の情』を強く持つ特性がある。
その為、子を殺された親は、かたき討ちのため、その相手をどこまでも追いかけてくることがある。これもまた、ファイたちのような『はぐれもの』に真鍮獣の退治を依頼された理由でもある。
 
「じゃあ、どうしますか?」
「……あいつらは『機械の匂い』で獲物を追いかける特徴がある。潜水艦の動力を入れていては、すぐに追いつかれるだろう。真正面から戦っても勝ち目はない。……そこで……」
「奇襲を仕掛けるってことっすね!」
ファイの発言に艦長はうなづいた。
「幸いこの海域は海底が浅い。……1時間なら何とか持つだろう。これより海底で真鍮獣をやり過ごして、背後を取る!オルタ!」
「はい!300m急速潜航します! 皆さんは握力30キロ以上の力で固定物に捕まってください!」
そう言うとオルタは、潜水艦を急速潜航させた。
 
そして30分ほど経過した。
「…………」
真鍮獣は金属同士のぶつかる音にも反応する。その為、ファイたちは自由に身動きがとることは出来なかった。
船の中がギシギシときしむ音が聞こえる。
この世界の潜水艦は、あまり長時間、深海に潜航することが出来ない。その為、潜水艦が少しずつ水圧に耐えられなくなっていることが伺える。
「…………」
ルティナの肩が小刻みに震えていた。その様子を見て、ファイは心配そうに尋ねた(人間を含む『有機物』の発する音声に対して真鍮獣は反応しないため、会話は可能である)。
「怖いか?」
ルティナはかぶりを振った。
「……怖いという感情は理解できない。だが、過去発生した浸水事例を思い出すと、体が震える」
「それを怖いって言うんだよ。……大丈夫だ、死ぬときは一緒だからな」
「……うん……」
そう言うと、ルティナはファイの腕に抱き着いた。
「…………」
非常灯が照らすわずかな光に照らされる二人をフラウディは歯噛みするように見つめていた。
『腕に抱き着く』と言う行為も、カーム・ネイチャーの島民には到底出来ない行為だからだ。仮にできても、物音を立ててしまうことから自身はファイの方まで移動できない。
それからほどなくして、オルタが少し安堵したようにつぶやいた。
「……真鍮獣の動きが不規則になりました。400m後方の海域を曲線状に右往左往しています。僕らを見失ったようです」
「よし、浮上を開始しろ。奴に見つからないよう、静かにな」
艦長の発言にオルタはうなづき、少しずつ浮上を開始した。
「何とか持ちこたえたな。……よし、浮かび上がったら、反撃するからな!」
ファイがそう言うと、ルティナは『……うん』とだけつぶやいた。
ザバア……と潜水艦が浮かび上がる。
だが、ファイたちはその真鍮獣の姿を見て絶望的な表情を浮かべた。
「……まずいな……あいつ飛べるタイプかよ……」

大型の真鍮獣の中には体内にある歯車をうまく動かしてプロペラのように手足を回すことによって、飛行するものがいる。今回の相手はそれだ。
地球の常識では『回転体を用いて飛行する生物』と言うのは考えられないが、この世界ではごくまれに存在する。
こちらにまだ気づいていないようだが、その真鍮獣は突然咆哮した。
体内からキン、コン、と金属がぶつかる音が聞こえてくる。
「危ない!潜れ!」
そう艦長が叫び、それに呼応してオルタは艦を再度潜航させる。
次の瞬間、真鍮獣の背中に付いた穴から、円錐状の弾丸と歯車が飛んできた。
「うわ!」
バシャバシャバシャ!と、無数の弾丸が水の上をはねた。
潜水艦にも何発か命中したのだろう、あちこちで機械が悲鳴を上げる音がする。
「くそ! こっちがどこに隠れたか分かんねえから、出鱈目に打ってきやがったってことか!」
そう言いながら、ファイは毒づいた。
「あの大きさじゃ、主砲は届かねえし……。艦載機で飛ぼうにも、近づく前に落とされそうだな……」
「うん。……それに、あいつらは『機械の匂い』をたどってどこまででも追いかけてくるから……逃げられるわけないよね……」
絶望的な状況でフラウディは、一瞬ファイの方を見据えた後、艦長の方に向いた。
「あのさ、最後だから艦長。ファイとお見合いをここで……」
だが、それをずい、と遮るようにルティナは声を上げた。
「いや、一つ手がある」

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