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【Physical Expression Criticism】京都奈良紀行~歴史的建造物を訪ねて~3~

キリスト教布教と建築

 京都には、寺社仏閣のみならず、教会も数多い。それは、1549(天文18)年、フランチェスコ・ザビエル(1506~52年)が鹿児島に上陸し、翌年京都を訪れて天皇に布教の許可をもらったからだ。キリスト教は織田信長の保護を受けて浸透・発展する。

 だが1587(天正15)年、豊臣秀吉のバテレン追放令が出され、1596(慶長元)年には、京都でフランシスコ会の宣教師26名が捕らえられ長崎で処刑されたが、これが有名な「二十六聖人の殉教」である。そのうち24名は京都で左耳を切り落とされた。さらに、1612年の禁教令は翌年、全国規模の禁教令となる。

 1619(元和5)年、鴨川の六条河原では、二代将軍徳川秀忠の命でキリシタン52名が27本の十字架で火炙りにされた。この「京都の大殉教」の12名は子どもで、七条の正面橋のたもとに、「元和キリシタン殉教の地」の石碑がある。また、京都東南の九条山には15000人が処刑された最大の処刑場があり、キリシタンも数多く殺された。こうして、禁教令は1873(明治6)年まで続く。

 明治維新後、多くの宣教師が来日したが、彼らが設計した建物を含めて、多くの教会やキリスト教系学校建築がある。そして第二次大戦の空襲のなかった京都では、明治から昭和初期の建築が多く残っている。

 もっとも壮麗なのは、京都御所の西、烏丸通りの日本聖公会聖アグネス教会だろう。立教学院校長もつとめたジェームズ・マクドナルド・ガーディナー(1857~1925年)による、1898(明治31)年の設計で、大通りの角に堂々と建つ。その並びに平安女学院があるが、通りに面した昭和館は1929(昭和4)年、ジョン・バン・ウィ・バーガミニー(1888~1975年)の設計で、独特のファサードが特徴だ。敷地には1895(明治28)年、アレクサンダー・ネルソン・ハンセル(1857~1940年)による明治館もあるのだが、通りの門から辛うじて入口が見えたのみだった。

 また、本稿の「1」で書いたようにヴォーリズも布教のために来日したため、教会など多くの宗教建築を建設した。布教とともに、キリスト教系の学校が設立され、宣教師や多くの外国人建築家が西洋建築を設計した。

 河原町二条にある日本キリスト教団御幸町教会(日本メソジスト教会教会堂)は、1913(大正2)年、ヴォーリズの設計だ。他方、その西の柳馬場通にあるロシア正教の京都ハリストス正教会生神女福音大聖堂は、1903(明治36)年、京都府庁など多くの公共建築を設計した松室重光の手によるものだ。

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日本聖公会聖アグネス教会

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平安女学院昭和館

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日本キリスト教団御幸町教会教会

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京都ハリストス正教会生神女福音大聖堂

各国西洋建築の林立~同志社大学

 同志社大学のキャンパスには、優れた赤煉瓦の歴史的西洋建築が立ち並ぶ。西の門から入ってすぐの彰栄館は、1884(明治17)年、宣教師だったダニエル・クロスビー・グリーン(1843~1913年)の設計のアメリカ・ゴシック様式。次の礼拝堂も1886年のグリーン設計。ハリス理化学館は、1890年、英国のハンセルの設計。

 その奥のクラ-ク記念館(神学館)は、1894年、ドイツ人リヒャルト・ゼール(1854~1922年)の設計でドイツ・ネオゴシック様式、八角塔がある。ゼールは明治学院大学の記念館でも知られる。さらに有終館は、1887年、グリ-ンの設計で図書館だった。東の門を出ると、1932(昭和7)年、ヴォーリズによるアーモスト館、下ると1920(大正9)年、同じくヴォーリズの啓明館がある。他にも隣接する同志社女子大学などに西洋建築が並ぶ。英米独の宣教師や建築家の設計により、各国の意匠が反映されており、同志社キャンパスは、一種の近代西洋建築図鑑といってもいいだろう。


以下、写真は、Tokyo Live&Exhibitsのサイトでご覧ください。

同志社大学彰栄館(米)同志社大学礼拝堂(米)同志社大学ハリス理化学館(英)同志社大学クラ-ク記念館(独)同志社大学有終館(米)同志社大学アーモスト館(米)同志社大学啓明館(米)

近代教育と勧業

 明治の近代化の一つはその教育だが、京都はその先駆である。というのは、日本最初の小学校は、明治維新翌年の1869年、京都に生まれたのだ。それまであった「町組」を改組し「番組」として、半年で64校が開校されたというから驚く。日本初の教育制度の学制は、その3年後、1872(明治5)年に発布されたのだ。

 そして多くの小学校に西洋建築が取り入れられた。現在残る校舎は1931(昭和6)年建築の「京都芸術センター」(明倫小学校)などの文化施設や、1928年建築の「立誠ガーデンヒューリック京都」(立誠小学校)というホテルなどとして活用されている。今回、友人の紹介で、二条にある1932年建築の教業小学校(開校は明治2年、洛中小学校)を訪れた。ここは鋭角のファサードが特徴的で、下はスクラッチタイルだが上はモルタルである。

立誠ガーデンヒューリック京都

教業小学校

 1868(明治元)年、明治維新で天皇が京都から東京に移った。それによって、御所や皇族に関わる事業や商売が衰退したことがきっかけで、京都は、産業発展のために、1872年に第1回京都博覧会、さらに平安遷都1100年を記念して、1895年に第4回内国勧業博覧会を開催するなど、積極的に西洋文化・技術を導入した。歴史遺産とされる平安神宮も、実は1895年、明治の建立で、平安遷都1100年を記念して、「1」で紹介した伊東忠太らによって設計されたのだ。この平安神宮があり、内国勧業博覧会が開催された京都・岡崎一帯は、現在も、「2」で紹介した京都市京セラ美術館、そして1909年、武田五一設計の京都府立図書館、京都ロームシアターなど文化施設が並ぶ。

平安神宮、京都府立図書館

電力と富豪の邸宅

 京都の東、豆腐で有名な南禅寺境内に、煉瓦造りの建造物「水路閣」がある。1888(明治21)年、田邊朔郎(1861~1944年)設計で、琵琶湖から9キロの琵琶湖疎水である。その南の蹴上には、浄水場と日本初の発電所がある。この発電所の電力で、京都は1895年から、日本初の路面電車、市電を走らせていた。蹴上で疎水を九条山まで汲み上げた旧御所水道ポンプ室は、1912年、国立京都博物館や赤坂離宮で有名な片山東熊(1854~1917年)の設計である。そして同年、田邊朔郎の発案で建設された日本初の第二期蹴上発電所は、戦後、京都大学のサイクロトロン研究施設だった。

旧御所水道ポンプ室、第二期蹴上発電所

 現在の煙草の歴史は、1891(明治24)年に京都で村井吉兵衛が初の両切り煙草「サンライス」を発売したことで始まる。1894年、日露戦争が始まった年に村井は会社「村井タバコ」を創業し、「タバコ王」となった。だが1904年、日清戦争の際に政府は戦費調達のために煙草を国の専売とし、村井はその補償金で村井銀行を設立した。京都駅北の七条にある1915年、吉武長一設計のレストラン「きょうと和み館」(旧村井銀行七条支店)などが残っている。そして、1909年、ガーディナーによる長楽館は、八坂神社の奥にある、村井の京都別邸である。

 京都には富豪の邸宅、別荘なども多い。もちろん、京都の別邸などは、和風建築が多いが、洋館や変わった建築もある。長楽館、「1」で述べた伊藤忠太の大倉財閥の大倉別邸(祇園閣)などが有名だ。さらに御所西側の大丸ヴィラ(中道軒)も、大丸(呉服店、旧大文字屋)創立者下村正太郎邸で、1932年、米国人ヴォーリズの設計だが、下村の意向で、英国のチューダー様式を取り入れている。

長楽館(カバー写真:内部の大階段)、きょうと和み館、大丸ヴィラ

 京都というと、伝統文化という印象が強いが、近代的な郵便施設、役所や銀行、小学校から大学に至る教育施設、発電所による市電や多くの教会などでもわかるように、西洋文化が多様に生かされた街でもあるのだ。それは平安神宮や仏教系の大谷大学や、本稿「1」で紹介した本願寺伝道院の建築などにもみられる。つまり、和の街京都は、実は、和と洋が混淆した街、ととらえることができるのではないか。

(写真・文 志賀信夫)

京都奈良紀行~歴史的建造物を訪ねて~4~に続く

■志賀信夫執筆他のブログ 

https://tokyo-live-exhibits.com/tag/%e5%bf%97%e8%b3%80%e4%bf%a1%e5%a4%ab/

志賀信夫
Nobuo Shiga
批評家・ライター
編集者、関東学院大学非常勤講師も務める。舞踊批評家協会、舞踊学会会員。舞踊の講評・審査、舞踊やアートのトーク、公演企画など多数。著書『舞踏家は語る』(青弓社)共著『美学校1969~2019 』『吉本隆明論集』、『図書新聞』『週刊読書人』『ダンスワーク』『ExtrART』などを執筆多数。『コルプス』主宰。https://butohart.jimdofree.com/

本ブログは、<Tokyo Live&Exhibits>より引用
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