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精神科閉鎖病棟日記2

8/8

今日で入院して1週間。

09:00からカウンセリング。深掘りしないはなしをしようと話して、でも、わりと、やっぱり。

終わる頃にはひどく疲れていることに気づいておどろいた。

心理士さんに心配されていた、話して疲れるということが、ピンとこなかったけど、体感して納得できた。まだ万全じゃないということが。

そして任意入院のままらしいことがわかった。帰ろうと思えばたぶん帰れる。でも、帰ったらわたしは死ぬだろう。


左腕の傷がどんどんよくなっていく



夕方休憩室にいたら先生が来て面談室へ

先生のはなしは簡潔で的確で

わたしを生かす方向に向いていた


聞きながらいいのだろうかと思ったし終わったあとも思っている

ただの死に損ないなのにこんなにしてもらっていいのだろうかと

先生と別れるとなにか自分のなかにうごめくものがあり

すぐ部屋に戻った


過剰適応、だって

知らなかったし気づかなかった




夜 南海トラフ地震の注意報

怖い


両親は大丈夫かな

でもブロック外せない

親不孝な娘でほんとうにごめんなさい



8/9

朝食のコールに気づかないほど眠っていた。食べたあとも眠くて。

朝の検温、たまたまわたしの担当看護師さんで、すこし長めに話した。

昨日の先生とのはなし、地震のはなし。

BSのフロンティアという番組を休憩室で見ていたから、そこで。

番組を見終えて、部屋に戻ってから、地震を怖がるのは311のときの状況だけでなく子どものことを思い出すからかもしれないと気づく。

わたしはほんとうに遅い。こういうことに気づくのが。

もらった頓服のオランザピンのせいかまた眠っていた。


いまの入院はなんだかリアリティがない。



新しく飲み始めたセディールのせいか午後もシャワーの時間まで寝ていた。そして下痢。なんでだろ。


休憩室にいたほうが読書が進む。でも2時間くらいBSのルーブル美術館めぐりみたいな番組見てたしそのあとは外がよく見えるほうの休憩室で雲を見ていた。四色問題の本をちらっと読んで借りられないように本箱の端っこに閉まって、で、時間を確認しに部屋に戻ってまた休憩室で読書。


親に昨日の先生のはなしをもっと簡潔にして教えたいと思う反面また返事が来るのが怖くてなにもしてない。ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい。覚悟がない。



理由があればなにをしてもいいわけではない








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