【短編小説】時を洗う(前編)

私の住むボロアパートには、洗濯機がない。

「すぐ近くにコインランドリーがありますから、全く問題ありません。
むしろお家の中がすっきりして良いですよ。」

仲介業者のこんな言葉に釣られて契約したけど、やっぱり家に洗濯機があるにこしたことはないな・・住み始めて3日でそう思った。ま、格安だからいいんだけど。
携帯を見ると金曜の23時55分だった。
明日仕事もないし、今から行くかあ。
そう思い、自転車を漕いで教えてもらったコインランドリーに向かった。
満開だった桜がもう散り始めていて、月の光に照らされた花びらがひらひら舞って私の洗濯物の上に乗っかった。

ここは昔からある老舗のコインランドリーだ。
店の青い看板には白い字で『コインランドリー ××』と書かれている。
ポケットから携帯を取り出して見ると23時59分、次の瞬間パッと0時に表示が変わった。
駐輪場に自転車をとめ、「よいしょ。」と洗濯かごを降ろして入り口に向かう。
辺りは暗いけど、コインランドリーだけは煌々と灯りが付いている。
正直24時間営業なのはありがたい。
ライトに誘われる虫のような気持ちで、私はふらふらと歩いた。

ドアを開けると、先客は誰もいない。がらんとした店内。
「おお、かなりレトロ・・・。」
なかを見まわして、私は思わずつぶやいた。
年季の入った洗濯機が手前に並び、奥の壁沿いに薄いきみどり色の乾燥機が並べて設置してある。
黄ばんだ白い壁には『コインランドリーの使い方』と書いた手書きの紙が何枚も貼られている。
『注意』と書かれた黄ばんだ紙は、マジックの字が薄くなってほとんど読めない。
ところどころ、壁に茶色くなったセロテープのあとが残っている。
昭和の学校の廊下みたいなつるりとした緑色の床はずいぶん色が薄くなっていて、天井からぶら下がる長方形の蛍光灯がぼんやり反射していた。
奥の壁の乾燥機の上には、丸くてごついステンレスの掛け時計がかかっている。
右側の壁には少し大きめの窓があり、その下にはバス停に置いてあるような水色のプラスチックベンチがある。背もたれは一か所穴が開いていた。
左手の壁には木の棚が打ち付けてあり、昔おばあちゃんの家で見たような茶色の小型ブラウン管テレビとラジオが置いてある。
掃除はきちんとされているようで、懐かしいような不思議な心地よさがある。

「うん。貸し切り、最高。」

そう言いながら、洗濯物を手前の洗濯機に突っ込んだ。
ポケットから出した小銭を入れ、カプセル型の洗剤を放り込んでボタンを押すと、ガコンと大きな音がして洗濯機が動き出した。
かなり型が古かったのでちゃんと動くか内心不安だったが。無事動いてほっとした。
私は鼻歌を歌いながら横の丸椅子に腰掛け、洗濯かごの底に入れていた本を取り出し読み始めた。

5分くらい経ったころ、入り口のドアが開いて誰か入ってきた。
ちらっと見ると、私と同じくらいの年の男の人だった。
背が高く、白いTシャツにジーパン、白のスニーカーというラフな格好。
その人は私の二つ隣の洗濯機に、持ってきた洗濯物と洗剤をばさっと入れて蓋を閉めた。

その後財布を取り出し、小銭入れをかき回したり、ポケットをごそごそしたりしていたが、しばらくして「うわっ、小銭ない・・。」とつぶやいた。
その声に私が顔を上げると、困った顔のその人と目が合った。
整った顔立ちのさわやか好青年だった。
尾崎豊みたい・・・。
右側の黒髪が寝ぐせで跳ねている。

「小銭、いりますか・・?」

とっさに私が聞くと、その人は少し恥ずかしそうに、
「あー、貸して頂けるとすごくありがたいです・・・。」と言って笑った。
この周辺にはコンビニも自販機もないので、小銭がないとアウトなのだ。
私の小銭を入れてその人の洗濯機も無事回りだした。

「ありがとうございます、助かりました。まだしばらくいますか?30分くらいあれば家まで取りに帰れるんで、今から急ぎで行ってこようと思うんですが。」

その人は丁寧にそう言ってくれたが、来たところなのに今からもう一往復は気の毒だと思った。

「あ、全然いいですよ。また今度で。」

「次はいつ洗濯しに来ますか?同じ時間に合わせて来ます。」

「えーっと、じゃあ来週のこの時間は?」

「はい、大丈夫です!次回は小銭沢山もってきますね。」

そう言って笑うと顔がくしゃっとして、優し気なたれ目になった。



後編に続く


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