見出し画像

【観劇】舞台「白蟻」

於:KAAT神奈川芸術劇場

主演の平野良さん、多和田任益さんのお芝居が観たくて行ってきました。
主演のお二人は櫛本悟・勢堂直哉という二役を回替わりで演じるという趣向。
私が観たのは櫛本=多和田・勢堂=平野の組み合わせ回でした。
舞台は2024年の日本。ですが現実の日本より少しだけAI技術が進歩している世界。
着替え・歯磨き・車の運転など何でも人間そっくりのAIがやってくれちゃう世界です。
ありきたりな言い方をしてしまうと、人とAIの共存とか、高クオリティの人型AIと人間の間に違いはあるのかとかそんなテーマなんだと思います。
正直めちゃくちゃ好みのテーマです。そして展開がスリリングで休憩なし2時間超えでも全然飽きない。
主演二人の逆の組み合わせを見られなかったのが非常に惜しいのですが、観劇した組合せも全然当たりだったと思います。

まず櫛本役の多和田任益くん。「ひでや」君ですが筆者は勝手に「にんます」と呼んでます。
櫛本は一代で世界規模のAI会社を築き上げた超天才エリート。高校時代には難関の選挙を勝ち抜き生徒会長を勤めていた、完璧超人。
それを、にんますと言うタッパもあれば顔も良い、良い意味で圧のある人が演じると、もう人生の強者感が半端ない。
一目でこいつ、強い……てなります。
そのくせ櫛本は重度のシスコン。AIを学んだのも心臓病を抱える妹・美緒を救うためだし、美緒が襲われるかもしれないからと学校近くに出る野犬を毒餌で掃討する。
すごくてヤバくて良いですね。

勢堂は高校で櫛本の二つ下。生徒会で会計を務めていました。大学を出てからは実家の葬儀屋を継いでいます。
一見普通っぽいのですが櫛本の実家の害虫害獣駆除会社が毎年行う白蟻供養で櫛本に一目惚れ、高校も櫛本と同じ学校に通いたいという理由で選んだ非常に一途な、一途すぎてやっぱり、やばい奴。
高校時代に櫛本に「あなたのやることなす事全て肯定するからあなたに従う権利をください」的な事を言ってたりする。愛情の方向が斜め45度。
いや、これも櫛本の圧倒的王者感がそうさせるのかも……にんます、罪作りな男(違う)
そんな普通そうに見えて静かにやばい奴をひらりょこと平野良さんが演じてますがひらりょはひらりょでどんな役でも演じられる読解力と芝居心をお持ちなのでトータルやばさの五乗くらいになっている。
今更ですがやばいは、褒め言葉です。

他にもフランク僧侶とか倫理観欠如医者とか、イカれたもといいかしたメンバーが揃っている。
主演は二人だけれど他の人物のエピソードや背景、心理描写も過不足なく描き込まれているので、満足度がめちゃくちゃ高い。

直哉の生活全般をサポートしている人型AI大黒なんてのも出てきますが明瞭かつ平べったい喋り方が機械っぽくて、時々する人間じゃない動きが良い意味で気持ち悪くて良かったです。

と、非常に見応えのあった白蟻。見応えありすぎて考察したくなってしまったので以下は感想というより考察です。

櫛本悟はいつからAIだったのか。

物語のクライマックス2024年の大晦日、ターマイト社のAI全停止を目前に控えて美緒のAIは勢堂に「もうじき兄さんもここに運び込まれるでしょう」と言う。
「ここ」とは、ターマイト社のAI葬儀の会場。
そして櫛本は「やってくる」のではなく「運び込まれる」という。
AI全停止の瞬間、舞台中央上段の櫛本の明かりも暗転する。
もっと早くに気づけるポイントがあったのかもしれないが、私はこの時点で「あれ?櫛本もAIだったの?」と思った。
そしてラストシーン。医師のキョンから骨壷を受け取った勢堂は、その骨壷を棺に納めて火葬する。これはおそらく櫛本の葬儀だ。
人間の場合、棺の中に入った遺体を火葬したのちに残った骨を骨壷に納めるので順番としては逆になる。更にここで唱えられているお経はAI葬バージョンである円周率だ。
やはり櫛本はAIだったということだろうか。
個人の感覚としては、櫛本に人間であって欲しい気持ちがあるのだが、櫛本がAIだとすると思い当たる部分があるのも確か。
美緒の十三回忌のため七回忌以来6年ぶりに再会した仲間たちに、櫛本は「明るくなった」と言われる。
てっきり「六年会わない間に明るくなった」の意だと思ったのだが、この後の高校時代の場面、櫛本は明らかに現在軸の櫛本とはキャラが違う。
高校時代の櫛本はカリスマ性こそあるが、いかにも真面目、厳格という雰囲気で現在軸の櫛本にある明るさがない。
AIだから性格が違う、と考えることもできるわけだ。
ではいつから櫛本はAIだったのか。
櫛本の生い立ちを整理してみる。

S64.1.1
誕生。この6日後に昭和天皇が崩御。元号が平成に改まる。

H2.4.1〜H3.3.31
妹美緒、誕生。勢堂も同年度生まれ。

H18.4 
櫛本、高校3年生。美緒・勢堂高校入学。

H18夏
美緒が人工心臓の手術を受ける。
人工心臓により齎される猶予は15年と説明されている。

H19.3
櫛本、高校卒業。渡米。

R6
美緒の十三回忌。

R6.12.31
ターマイト社AI葬

R7.1.1
ターマイト社AI全停止

美緒が亡くなったのは、R6年の十三回忌から計算すると、十三回忌は死後満12年で行うのでH24年のこと。
ただ、美緒が亡くなった時勢堂は社会人なのだがH24年だと勢堂は大学4年生である。
櫛本がR6年末のAI全停止に間に合わせるため、意図的に十三回忌を早く執り行った可能性も考えたが仲間内に葬儀屋と僧侶というプロが揃っている事を考えると、誰かが一年のずれに気づいても良さそうである。
この辺りを解決できるセリフがあったのか、私が記憶違いしているのか……ひとまず仮に美緒の死をH24〜25の間とする。
勢堂が社会人になって少し経った頃、櫛本は帰国して実家の害虫害獣駆除業を継いでいる。
美緒を救うためにアメリカでAIの研究をしていたはずの櫛本が家業を継いだ理由は「間に合わなかった」から。
勢堂に美緒にも顔を見せてやってくれという櫛本は、この時点で高校時代よりずっと明るくなっている。
この「間に合わなかった」、普通に受け取れば美緒の寿命に間に合わなかったと取れるが、本来人工心臓は15年保つはずであり、勢堂と櫛本が再会するH25年頃の時点ではまだ8年ほど猶予がある。
事実、美緒はその直後亡くなっているのだが、この場合「間に合わなかった」のではなく、「予定が狂った」が正解ではないだろうか。
キョンも美緒の葬儀の場で「十五年保つと言ったのに」と発言している。
「間に合わなかった」のがもし美緒の寿命に対してでないなら「間に合わなかった」のは何なのか。
それは、櫛本悟自身の命だと考えられないだろうか。
アメリカでAI研究に勤しんでいた櫛本はある日病を発症する。それも心臓の病。
美緒の命を預けるに足る人工心臓を完成させる前に櫛本の命はアメリカで尽きてしまう。
亡くなった後美緒に自分の心臓をやる事もできない。
そこで自分の代わりに美緒を見守る自分型AIを残す。
自分型のAIは作れるのに人工心臓を作る時間はなかったのか、というと恐らく美緒の命に直接関わるという意味で櫛本は前者より後者の方が妥協できなかっただろう。
社会人になった勢堂が再会した櫛本が高校時代より明るかったのは、AIの櫛本だったから。
それはAIの学習不足か、或いは櫛本自身がそう望んだのか。

と、だんだん無理に辻褄をあわせてる気分になってきたけどめげずに考えを進めます。
櫛本と区別するため、以下櫛本AIはAI悟くんと呼びます。

勢堂との再会時点で既にAI悟くんだったとすると美緒の死に直面したのは人間ではない、AI悟くんということになる。
すると美緒の葬儀で吐露されたAIへの嫌悪感の意味も変わってくる。それは単に美緒の尊厳を奪った物への憎悪に止まらない、AIである自分自身の否定だ。
美緒を失い、AI悟くんは櫛本譲りの苛烈さでAIを掃討しようと考える。そしてターマイト社をおこすわけだが。

美緒を作ろうとしたのは、おそらくどこかで思いとどまりたかったから。
高校時代の仲間たちと顔を合わせず、海外にばかりいたのは自分がAIだとバレたくなかったから。
人工腎臓の受け渡しを拒否したのは友人を美緒と同じ理由で喪いたくなかったから、そして来たる全停止の日に他の誰の命は見捨てられても友人だけは守りたかったから。
そうだとしたらAI悟くんには既に人間と遜色のない感情が芽生えている。

全停止を前に、停止=死を恐れない大黒と美緒のAIに対して「自分の死を避けようとしない生き物はいない。だからやはりAIは人間ではない」という言葉が投げかけられる。
しかし、人間が愛する者のために自らの命を投げ出せるのも確かだ。
櫛本が美緒の死より先にAIになっていたらという大きな仮の前提の上に成り立つ感想だが、AI悟くんは、もはや人間に等しい。

けれど最後にAI悟くんを荼毘に付すその時、お経はAI用の円周率だ。
勢堂はAI悟くんを人間として葬らない。
葬儀屋として生き物の死と向き合ってきた者としてどうしても許せなかったのかもしれない。

以上考察という過程の上に成り立つ感想でした。

正直一回しか見てないからいろいろ勘違いしてそうだし、主役入れ替わり版を見たら印象が違うこともありそうなんだけど、最初に見て思ったことを残しておきたかったのでえっちらおっちら書きました。

二回目を見るには配信だけが残された道。

https://eplus.jp/sf/detail/4102420002?P6=001&P1=0402&P59=1

しかし悲しいかな明日で終わりなので見る時間がなさそう。

てか本当、最後まで見てから考えるとアッてなるところが本当多いんですよね。
勢堂父が「昔のことをよく覚えている」のは認知症で最近の記憶がないから。回帰型なのかも。
勢堂が最初のAI葬の許可を父親に取る時に母の意見も聞いたのは母がずっと火葬責任者をしてきたから以上に自身もAIである母にその最期をどう弔って欲しいか、その気持ちを聞きたかったから。
伏線の張り方が憎い。

公演期間の早いうちに初回を見ていれば回数を増やすなり何なりできたのに。
やっぱり見たい作品は公演期間の早めに見ておくが吉ですね。

この記事が参加している募集

#舞台感想

5,924件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?