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急性形態変性症候群(マーメイドシンドローム)

 ここ数ヶ月の間、人体が別の物質になるという現象が世界中で起きていた。ニュースでは毎日何処の誰がどういうものに変化してしまったか、その人となり、周囲の反応をさも悲しげに、面白おかしく伝えていた。

 電車の中で発症した学生は、身体が瓦礫になって崩れ落ちた。車内は一時パニックになり、別の車両に移れなかった人が窓ガラスを割って外に出ようとしたらしい。受験勉強のストレスか、学校でのいじめか、ゴシップ記事はいくつもあがったが、一週間もすると誰も気にも留めなくなった。

 運転中の会社員は可燃性の液体に変化したため、乗っていた車ごと爆発、炎上してしまったそうだ。その人が勤めていた会社はいわゆるブラック企業だ、という噂がたった。本当のところは誰もわからないが、抗議の電話が殺到し、当然だが業務に支障をきたした。その会社の経営者は後日、自殺の遺体として見つかったそうだ。

 この突然の形態変化は原因不明の病気なのか。原因解明に向けて研究は始まったが、あまりにも条件がランダムなため、何もわからないに等しい、と深夜のニュースで短く触れて、それ以来話題にもならなくなった。

 僕と部屋でくだらない話をしている時に君は紙片に変化してしまった。
 あ、と一言発したかと思うと、それきりなにも言わず、下半身から順に上半身にかけて紙束を落とすように床に落ちた。顔は全体が一度真っ白になり、薄い紙を捲るみたいに離れ、それも小さな紙片に変わった。紙吹雪だ。そう思ったことだけは覚えている。空気抵抗でしばらく空を舞っていた紙片には読めない文字のような何かが書かれてあった。
 コンピュータで作った映像作品のようだと思った。血も流れず、綺麗に変化してしまうことに驚きもしなかった。

 僕が君になにを言ったのかまるで覚えていない。舞う紙をさわろうとすると、さわるな、とばかりに手をすり抜けていった。
 ともかくも突然、君はいなくなってしまった。

 僕はこのことを誰にも言わなかった。言ってはいけない気がした。君の家まで行ってみたが、椅子に座っていた石膏像や部屋中に散乱した羽毛、山と積まれた陶磁器が家族が変化したものなのか、始めからそうであったのかは僕には区別がつかなかった。

 紙片になってしまった君のことは、残らず綴じて本棚にしまってある。戻る保証はないけど。

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初出はTwitter。
https://twitter.com/literaryace/status/1556286747067453441?s=21&t=R1UyO3RsDwioKTPPFN0QdQ
TOP画像は森理さんのをお借りしました。ありがとうございます。

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