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たこ焼き

 小さめのタコと紅生姜くらいしか入ってなさそうなのをクルクルとひっくり返すおじさんとおばさんの屋台の前で一日過ごすのが、祭りでの僕の決まりごとみたいになっていた。
 おじさんとおばさんにしたら迷惑でしかないのだろうが、彼らはあちこちを回るテキヤの人だ。子どもをあしらうのなんて、たぶんどうということもなかった。
 財布の中を確認して、水飴とくじのぶんがあるのを確認してたこ焼きを買う。他の人が来たら、なんとなく先を譲る。粉、タコ、紅生姜、粉。千枚通しでクルクルとひっくり返すのを見ているだけでよかった。
 焼き上がったものを8個取るとソースを刷毛で塗る。鰹節と青のりがかかる。鰹節はしばらく祭りの陽気で踊ったあと、疲れてたこ焼きの上に横たわる。爪楊枝二本で刺して、やけどしないように口に入れる。熱い。

 おじさんとおばさんの会話はよくわからないけれど、仕事のことと次の予定と、今日いつまでやるかみたいなことらしかった。僕は初めのうちはこれはなに、あれは、と質問をしていたが、そのうち聞くこともなくなり、大人のあしらい方になんとなくを察して黙って見ているようになった。
「今日は暇だな」
 おじさんがぼやく。毎年ここに来ているけれど、焼くのが途切れる年は今年が初めてだそうだ。
「まあいい。また来年」
 祭りは明日までだが、屋台は今日だけのところもある。おじさんたちはいつも二日ともいたはずだった。
「明日はいないの?」
「別の祭りに呼ばれてる。また来るよ。来年な」

 なんとなく居づらくなって、近くの広場に移動する。町内のおじさんたちが話しているのが見えた。人が減って例年通り祭りを維持するのが難しくなってきたから、来年から規模を縮小することになるだろう。そんな話をしていた。
 また来年、はどうやら実現しないらしい。
 僕は家に走って帰る。
「たこ焼きほしいからお金ちょうだい」
「あんたさっき食べたって言ってなかった?」
「また食べたいんだよ。ね、ちょうだい」
 兄のぶんも買ってくるようにと、ふたつぶんのお金を渡される。僕はまた屋台のある広場まで走る。

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