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元素

「海みたいになりたいんだよなぁ。」
山根が何の前触れもなく言った。

「なんかさぁ、何かある度にクヨクヨ悩んだり落ち込んだりして、自分が情けなくなるんだよ。
思い通りに行かないことがあるとすぐキレたりしてさ。
もっとこう、海のように広い心で、なにもかも包み込むような包容力が欲しいわけ。
わかる?」
と、山根は無い物ねだりを口にした。

「そうすればもっとさ、なんていうかこう、女の子も頼りにして寄ってくるって言うか、、そんな副作用的な効果もあると思うわけ。
もちろんそれが目的では無いんだけど。」
いやお前の目的はそれだけだ、と思ったがあえて言わなかった。
海にはなにもかも飲み込んでしまう強さや恐ろしさはあっても、イケメン韓流スターのような優男のイメージはない。
そもそも名前からして山の根っこなんだから目指す場所が違うだろ、とも思ったが、それも言わなかった。

「どうすれば海のような強い男になれると思うよ?
俺はお前の意見が聞きたい。」
山根がこれから始まる押し問答の最初の一手を振ってきた。
そんなものはイチローの名言集を見ろと言いたかったが、山根が求めているのは遠回りが一番の近道みたいな格言ではなく、もっと即効性のあるドーピング的な答えであることはこれまでの付き合いで分かっていた。

「人間の器ってのは生まれ持ったものだから、今さらどうしようもないと思うんだよな。
もう17年も山根は山根のままなんだし。」
俺が半ば諦めて事実を伝えると、案の定山根はキレ気味に食ってかかってきたが、そういう所だぞとは言わないでおいた。

「田中とか青木が女子にモテるのは、見た目よりも醸し出すオーラみたいなものだと思うんよ。
揺るぎない自信とか余裕って言うんかな。
そういうのが俺も欲しいんだよ!」
山根はクラスの中心人物の田中と青木を引き合いに出した。
山根の願望はもはや女にモテたいだけになっていたが、自分に無いものはどうやら分かっているようだった。
それに対して俺は「田中は天性のスターキャラで女心を分かってるし、青木は家が金持ちだから将来の不安とか焦りがないんだよ。
あいつらと同じ土俵に立っても勝ち目がない。」と山根に釣られて海とは関係ないことを言ってしまった。

「じゃあ俺はどうすればいいんだ!このまま死ぬまで負け犬人生を送れって言うのかよぉ。。」
山根は泣きっ面で俺に訴えかけた。
俺には家庭の事情があり、別の意味で将来に不安を抱えていたが、途方に暮れる山根に何か言ってやれることはないかと考えた。

「山根が海になりたいとしたら、まず海が何で出来てるか調べる所から始めたらいいんじゃないか?
海は海水だから、海水の元素は水と塩、、だっけ?」
と山根が専攻している科学に例えて言ってみた。
山根は黙って俺の話を聞いている。

「海になるなら同じ元素になる必要があるだろ?
元素記号で言ったら水のH2Oと塩化ナトリウムのNaClだ。
もしそれが海の正体だとするなら、その元素はお前の中にも含まれている。
つまりお前はもはや海だ。」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきたが、とりあえず話を続けた。

「でもそれだけでは海とは言えない。
海水の一滴がたとえ同じ物質で出来ていたとしても、誰もそれを海とは呼ばないんだ。
海はもっとでかいし、魚が泳いでいたり大陸と繋がっていたり、様々な要素を含んでいる。
津波になって人間の住む街を襲うこともある。
それが海だ。

お前はすでに海の要素を持っているけど、まだ海にはなっていない。
俺達はまだまだこれからだ。
誰もが認める大きな海になれるようにがんばろうぜ。」
途中何処に向かっているのか分からなくなったが、とりあえず話が着地してよかった。
思いのほか山根には響いたようで、じーんとした様子で俺を見ている。

「とりあえず海じゃなくて山を目指したらいいんじゃないか?
頂上目指して登っていく感じで。
名前も山根なんだし(笑)」
俺は冗談交じりでそう言うと、山根も笑っていた。
「ありがとう。なんか感動したよ。
溝口の方が弟妹達の世話とお袋さんの看病で大変なのに、俺の愚痴まで聞いてくれて、もしかしたらお前こそ海なのかもな。」
山根がそう言うと放課後のチャイムが鳴った。
俺はガソリンスタンドのアルバイトに向かった。

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