朝の文章、そして夕の追記



昨日、ファンクラブ内のラジオを聴いた。

3人は泣きながら隼ちゃんが亡くなってしまったこと、そしてこれからもsumikaを続けていくつもりであること、春のフェスを皮切りにライブ活動も再開することを発表した。


まずは、声が聴けて本当に良かった。

sumikaが3人になってしまった、メンバー全員で出てくるはずのラジオなのに1人足りない、という事を突きつけられる怖さが大きかったけれど、(3人がそれぞれ名乗った所で1回聴くのを辞めてしまった)いざ聴いてみればそれは私がこの1ヶ月と少し求め続けた声たちで、これからもずっと大好きで居続ける声たちだった。
この悲しい世界をこれからも一緒に歩いていく、そんな声だった。

話している内容以前に、その声を求めていたんだと思った。
たぶん私は、とても本質的な所からsumikaが大好きで必要なんだと思う。


同時に、とてもいたたまれなかった。

まだ日数上忌明けもしていない、こんな早い時期に声を届けなければならない程、不安がある。追い詰められている。そうとることもできる。

後半は空元気にも見えるほど饒舌で、ある種の躁状態みたいにも聴こえてしまうほどだったメンバーも。

どれほどの心理的なダメージがあるのかを考えた。
この饒舌さのより戻しが来ることについて考えた。

喪失を受け入れていく過程は螺旋状だ、とよく言われる。
私も自分の心の状態を客観的に見ると、そうなっていると思う。
ただ、1ファンの私なんかよりずっと、心の振れ幅は大きく、螺旋の径は大きいはず。

それなのに、もう仕事を再開する。

きっと、何もしていない方が、動いていない方が苦しいのだろう。
音楽を生業にしてきた、音楽で生きてきた彼らにとって、生きていくこと=音楽をやること、なのだとも思う。

それが分かるし、呼ばれたフェスは出た方がいい。ワンマンライブだって、した方がいい、もちろん。

でもあまりの威勢の良さに面食らってしまったというか、心配で堪らなくなってしまった。



ただもちろん、これからもずっとsumikaを聴いていくし、応援していく。
行けるライブは行くし、新曲もきっと聴くだろう。

なんというか、sumikaは不思議なバンドで、一度ある程度好きになってしまうと抜けられない性質を持っていて、もうsumikaと一緒に生きていくことしか出来ないようになっているような気がする。

それはsumikaがこれまで作ってきた曲や、作ってきたバンド内の雰囲気がそうさせている。日々感じる喜怒哀楽を誠実に誠実に表現してきたバンドだから。
何かコンセプトやキャラを持つ訳ではなく、等身大の人間そのものを表現してきたから。

sumikaを好きになった2020年の夏からずっと、私はsumikaに救われて、たくさんの事を教えてもらって、励ましてもらって生きてきた。

それがここに来てまた、身を呈して(そんなつもりは無かったのだろうけれど、結果的に)大切な事を教えてくれている。




これが人生だ、ということ。


人生には、訳の分からないことが多々起きる。

急に人が死んだりする、それも大切な人が。

不条理だけれど、自然の摂理でもある。

生きていくということ、時が流れるということ、その時間の流れに乗っかって進んでいくということは、どこかで誰かを置いていく可能性があるということだ。

誰かをどこかのポイントに置いていって、それでも時間は流れていく。私たちは流されていく。

その離別のポイントでは文字通り心が張り裂けそうになるし、メキメキと音を立てるように思うし。

それでも、日々は続いていく。
生活は続いていく。

時には立ち直ったようなフリをしながら、日々をこなしていかなければならない。

それは、置いてきてしまった、亡くなった誰かと、私は違う人間だから。

どんなに愛していようと、生物学的に違う。

違うタイミングで生まれ、違うタイミングで死んでいく。

だからこそどこかで別れが来るし、最初から最後まで傍にいるのは自分自身だけなのだ。

もちろんそれは悲しい事実で、孤独でもある。

でも、人生ってそういうものだと思う。


私は私の人生を精一杯輝かせる為に生きている。
せっかく貰ったこの人生だし。

そして全く別で、人を愛している。好きでいる。
いつか来る別れを知りながら、大好きでいる。


私は、隼ちゃんではない。
sumikaのメンバーも、隼ちゃんではない。

だからこそ出来ることがある。隼ちゃんをずっと覚えていながら、隼ちゃんのことを語りながら自分の人生を生きることが出来る。

でも私たちは隼ちゃんではないから、それぞれどこかのタイミングで、メキメキと音を立てて別れを自覚しながら前に進まなければならない。生きるために。


この事実を思い知ったこと。
それがなんだ、とは思うけれどどことなく自分の考え方に新しい風が吹いたような気持ち。



私は私で、あなたはあなた。

それぞれ別個のものとして、いつかはメキメキ音を立てて離れる身である。

それを分かりながら、好きでいる。

そういうものだと思う。

悲しくもしなやかに、
寂しくもあたたかく、
生きていくために、そう考えようと思う。

。。。。。。。。。。。。。。。。



追記

sumikaのサマソニ出演がさっき発表された。

苦しい。

素直に喜べない自分にもモヤモヤするけれど、どうして、と思う。

もちろんsumikaはサマソニに出るのに相応しいバンド。愛するバンド。

でも、でも。でもさ。
正直、まだこっちは無理だよ。

(分かったような文章を書いたくせにまた暗黒面に引き戻されているような気がします、心がグチャグチャです。
この感情をどうしようも出来なくて、朝の文章に付け足してしまいました。付け足さない方が綺麗なんだけどね。)

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