【ワット・ザ・カラー・オブ・クィリンズ・ブラッド?】
「五万円ー。五万円ー」「アカチャン、オッキクネ」「安い、安い。実際安い」広告用マグロ・ツェッペリンから、市民に過剰消費を促す音声が降り注ぐ。
街路に目を向ければ、そこにもネオン広告の群れが待ち構えている。ネオサイタマ市民の多くはこの光景に慣れきっており、これらの広告がほとんど目に入らぬかのように往来を行き交う。
ここは、ノビドメ・シェード・ディストリクト。ネオサイタマ有数の歓楽街だ。
その大通りを、痩身の女が足早に抜けていく。出で立ちは、全身を隠すようなサイバーコートとPVCフード。衣類の下からでも存在感を放つ右腕は、その躯体と不釣り合いに無骨かつ、大きい。
「オネエサン、オイデナスッテ!」無謀にも一人のポン引きが、彼女の目の前に立ちはだかる。
闇ホストサービスで知られる、悪名高い店だ。店のノルマは、非常に高い。
彼女は一瞬この男を殺そうかと逡巡し、そうする代わりに苛立たしげな視線でポン引きを睨む。ほんの少しだけキリングオーラを放ち、格の差を分からせる。言葉を交わす価値もない。
それだけで、脅しとしては十分だった。
「アイエ……! ニン……ジャ……!」
喉の奥から絞り出すような叫びは、ニューロンの過負荷に耐えられず、微かな掠れ声となり、辛うじて放たれる。
気に留める人は居ない。それどころか、今こそが好機だと、呼び込みがより盛んになるだけだ。
失禁気絶するポン引きを横目に、彼女はビズの目的地へと向かう。大通りから外れ、彩度の落ちた裏路地。そこでひっそりと営業している、ハッカー・ドージョーに用があった。
呼び鈴を鳴らす。彼女のニンジャ聴力は、若い男が短く息を呑んだのを、鋭く感じ取る。ドージョー主だ。名は、アケヤ。
十秒、様子を見る。アケヤが、恐怖を覚えながら立ち上がる音。逃げるつもりであろう。
「イヤーッ!」「アイエエエ!?」彼女は、正面玄関ドアを蹴り壊す。容易いことだ。ニンジャであれば、ベイビー・サブミッションに違いない。
「イヤーッ!」「グワーッ!」続けざま、逃げようとしていたアケヤの踵にスリケンを投げる。外すはずがない。非ニンジャの歩みを止めることは、ケモビールの瓶をチョップで切り落とすよりも遥かに簡単だ。
ツカツカと歩み寄り、倒れ伏したアケヤの背を踏みつける。万力の如き力だ。彼を逃がすつもりは、ない。
「ド、ドーモ。ペイルクィリン=サン」
「ドーモ、アケヤ=サン。ソウカイヤのペイルクィリンです。集金に来ました」
アケヤのアイサツに対しオジギし、両手を合わせ、アイサツを返す。
奇妙に思われるかもしれないが、これはニンジャの本能である。アイサツを受ければ、アイサツを返すのだ。
「オカネ、ありますか?」
結論は分かっている。今、このドージョーに換金可能なものは殆どない。アケヤが応対せず、逃げようとしたことからも、それは明らかだ。
「分かってますよね。先月のミカジメ、およびバウンサー代。まだワタシたちは頂いていないんです」
アケヤを踏みしめる力が、強まる。関節のきしむ音がした。
「アバッ! 助けてください! 来月、来月にはビズの報酬が振り込まれるはずなんです!」
表情を一切変えず、聞き流す。
ペイルクィリンは、この件について諜報部門から情報を受け取っている。
このハッカードージョーの取引先は、ケダケ・コンサルタント。
「ケダケは、ネコソギ・ファンドが買収して取り潰しました。聖ラオモトの怒りを買ったのです。残念ながら、アナタのドージョーに振り込まれることは、もうありません」
「バカナー! アバーッ!」
何たるマッポーの様相であろうか。アケヤは精神的ショックに白目をむき、叫ぶ。
助けは来ない。彼自身が、人通りの少ない路地裏をドージョーとして選んだことが、裏目に出ていた。
「さて」
アケヤから足を下ろし、首根を掴んで持ち上げる。
「アナタには、苦しんで頂かねばなりません。苦しむ姿をIRCチャンネルに流し、ソウカイヤをナメたらどうなるかを、世間に知らしめる必要があります」
「エ……」
ペイルクィリンは、鼻歌を歌いながらアケヤをザゼン・ルームに運ぶ。
「ヤ、ヤメロ……何でもする……」
「生憎ですが、アナタは既にスリーアウトです。もはや、逃げ場はありません」
彼女はコートを脱ぎ、それを用いてアケヤをザゼン・ルームの木人に拘束。手慣れた動きだった。
「ヒッ……!」
アケヤは、露わになった彼女の右腕を見て震え上がる。
肩から先が、サイバネだ。指こそ五本あるものの、肘から肩までが異様に太く、ジェネレーターを兼ねているようでもあった。
発光するインジケータ表面に、神秘的な銘が刻まれていた。「青ざめた麒麟」と。
「アイエエエ……」
あまりの恐ろしさに耐えかね、アケヤは失禁する。
「助けてください」
「ダメです」
取り合わず、生身の左手で携帯IRC端末を取り出し、無慈悲に配信ボタンを押す。
「ドーモ、ソウカイヤの公開IRCチャンネルにようこそ」
抑揚のない声で、インターネットの向こう側にアイサツ。
「オツカレサマデス」「ワオオー!」「アーダブ……」「コロセー!」
すぐさま、画面の上を横切るように、生放送を歓迎するようなコメントが流れてゆく。
これらは全て、闇カネモチたちだ。ソウカイヤの庇護を受ける代わりに、莫大なカネを上納している。
生放送は、その余興というわけだ。
「本日は、ワタシたちソウカイヤをナメたハッカー・ドージョーに、カチコミに来ました。こちらがそのドージョー主です」
ペイルクィリンはスマートフォンのカメラを向け、アケヤを撮影する。
「笑ってください」
おお、ナムアミダブツ。笑顔を催促するペイルクィリンの表情は、サディストめいて喜悦に歪んでいる。
「ア……ハハ……」
アケヤは精一杯の作り笑いを浮かべながら、コメントを眺める。
「ソウカイヤに楯突くとは、命知らずめ」「インガオホー」「もはや反ブッダ」「コロセー!」
なんたる心なきコメントであろうか。安全圏からマケグミを見下ろすカチグミたち。さながらマッポーの縮図である!
「ソウカイ・スポンサーの皆様はこのように評価しています」
右手でアケヤの頭を掴み、ジツの力を込める。
「イヤーッ!」
「アバババーッ!」
デン・ジツ。雷を纏った指がアケヤの髪を焦がし、ブスブスと煙を上げた。
「アア……ヒ……アアアア……!」
堪えきれず、アケヤの目に涙が浮かぶ。
カイシャを飛び出し、己の手でドージョーを構え、生活を構築し。その末路が、ソウカイヤの嬲り者だとは!
幼児めいて丸まろうにも、体はガッシリと拘束されている。
「コワイですか?」
頭を掴んだまま、ペイルクィリンは声色を変えず問いかける。
「ヤアッ! ヤアアーッ!」
首を振り、逃げることは敵わない。
カープ・オナ・マナ・イタも同然だ。
「答えなさい。イヤーッ!」
「アバババーッ!」
「イヤーッ!」
「アババババーッ!」
ペイルクィリンがジツを放つたびに、ソウカイ・スポンサーから残虐ボーナスが振り込まれる。
大半はソウカイヤ本体の収入となるが、いくらかは彼女自身へのチップとして支払われる。
この酸鼻きわまる光景をブッダが見れば、顔をしかめ「ヤンナルネ」と呟いたことだろう。
「アーッ、アーッ……」
満身創痍となったアケヤは、ガックリとうなだれる。
ペイルクィリンも息を吐き、手頃なイスを持ってきて、尊大に座った。
「コ、コロセ……」
顔をあげずに懇願する。
度重なる拷問により、アケヤのニューロンは焼き切れる寸前だ。
「フゥーム。ですが、ダメです」
ペイルクィリンは思案したフリをする。
今の彼女にアケヤを殺すつもりは更々なかった。
ゴミのように殺すのは、彼女の美学に反していた。
「ナンデ」
「死は、ドラマティックでなければなりません」
足を組み替え、語る。
「少し、死の話をしましょう。ワタシが恐れ、焦がれる死神の話を」
◆◆
三ヶ月前。
あの夜のことは、鮮明に覚えている。
ペイルクィリンは、バウンサー部門に所属していた。
ソウカイヤのニンジャとなり、もうそろそろ一年が経とうとしていた頃の話。
極彩色の光を漏らすサイバー・ダンスクラブ。その外で、ペイルクィリンはもう一人のニンジャとともに、侵入してくる者が居ないか見張っていた。
「まさか、フロストバイト=サンがしくじるとはな」
沈黙に耐えかね言葉を発したのは、シラヌイ。カトンのエキスパートだ。
年の瀬だというのに、二人の間の空気はピリピリと張り詰めていた。
「ええ。冬季限定とはいえソウカイ・シックスゲイツの一人が、ああもやすやすと殺されるとは。なんとも恐ろしい話です」
喧騒を背に、世間話を交わす。
まだ生身の右腕で蛍光ブルーの髪を弄り、興味なさげに振る舞う。
今のところは、何も起きていない。だが、二人の胸中は穏やかではなかった。
賢明なる読者の皆様は、たかがダンスクラブの警護にニンジャ二名を用いるのは、いささか過剰ではないかと思われるかもしれない。
だが、思い出していただきたい。
シックスゲイツの六人を立て続けに葬れる野良ニンジャが、今もなおソウカイヤに対する殺忍行為を行っている。そのことは、もはやソウカイヤでも隠し立てできない状況なのだ。
よって、一部のニンジャはペアを組むことにした、という顛末である。
ダンスフロアの奥では、違法麻薬メン・タイの取引が行われている。
それを見張るだけの、簡単なビズ。
その、はずだった。
「ここのところ物騒だよな、ペイルクィリン=サン。昔は、ニンジャと言えば頂点捕食者だったんだが」
「そうだったのですか」
シラヌイは、己のジツで煙草に火をつける。
慣れたものだ。彼は次期シックスゲイツ候補とも噂されている。
「吸うか?」
「結構です」
固辞する。海よりも深い、群青色の煙草だった。
「そうか」
煙を吸い込み、吐く。
青色の煙が、宙に漂った。
「アースクエイク=サンも、ビホルダー=サンも。皆、死んじまった。危険な仕事っつっても、死に過ぎだ」
「……」
ゆらゆらとした煙が、ドクロを象った気がした。
その煙の奥。
確固たる足取りで、こちらに向かってくる者が居る。
ハンチング帽にトレンチコート。険しい顔つき。
そして何よりも、血の臭いが漂っていた。
「どうやら、今度は俺の番らしい。逃げられる運命じゃ、なさそうだ」
煙草を床に落とし、踏みにじる。
「止まれ」
シラヌイは、ペイルクィリンの前に出る。
後ろ手には、IRC端末。
「ドーモ。イチロー・モリタという者ですが」
アイサツ。
シラヌイに指摘されなければ、ペイルクィリンは彼のことをモータルであると侮っていたことだろう。
シラヌイは汗ばんだ手で、文字を打つ。
「逃」「げ」「ろ」
「イヤーッ!」
三文字目を視認した瞬間、シラヌイのカラテシャウトが響き渡る。
左手のチョップは、向かい合うようなチョップで止められていた。
「思ったとおりだ、てめェ。ニンジャスレイヤー=サンだな?」
力を込め、弾く。
両者の間に、タタミ五枚分の距離が開く。
「ドーモ、シラヌイです」
「ドーモ、ペイルクィリンです」
逃げそこねたか。そう呟く声が聞こえた。
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです。クロスカタナのエンブレム。私が見落とすと思ったか」
対する死神も、アイサツを返す。
「カトン・ジツ! イヤーッ!」
アイサツからコンマ2秒。シラヌイの掌から、青い炎が迸る。
ニンジャスレイヤーは連続側転で横に回避。逃げた先は、ビルの裏。
「チッ……」
どうやら、射線が通る場所で戦う気は無いらしい。
「てめェは逃げろ。今なら――グワーッ!」
一瞬の後、シラヌイの頭部に回転踵落としが叩き込まれる。
バカな。ハヤイすぎる。
逃げたふりをして、ビルの隙間でトライアングル・リープ。上空に移動し、急襲したということか。
踵落としの勢いで回転跳躍したニンジャスレイヤーは、掌に鋼鉄の星を生成する。
スリケン。狙いは、ペイルクィリン。
「ンアーッ!」
心臓に向く致命の一撃に対し、辛うじて身を捩り、右肩で受ける。
肩の筋繊維を貫き、骨を砕いて止まる。
もう、右腕は使えまい。
踵を返し、走り出す。
アレは、ワタシが居ては邪魔になるだけだ。
「ニンジャスレイヤー=サン! てめェの相手は俺だ! イヤーッ!」「イヤーッ!」
背後でイクサが始まる。
巻き込みを顧みない、群青と炎と赤黒の風が、喰らい合う。
「……!」
痛みを堪えながら走る。
シラヌイは、ただ時間稼ぎに徹してくれている。
音が聞こえなくなるまで走った後、一瞬だけ背後を振り返った。
ペイルクィリンのニンジャ視力は、シラヌイがワイヤーアクションめいて吹き飛ばされる姿を見た。
後で知ったことだが、ポン・パンチと呼ばれるカラテ奥義であるらしかった。
「ンアーッ!」
背後から、何者かに抱えあげられる。
脚は宙に浮き、上空へ。
そのままマグロ・ツェッペリンの間を抜け、射線を切る。
慣れた動きだった。
「ドーモ、ヘルカイトです。全く、ラオモト=サンも人使いの荒いことだ」
ソウカイ・シックスゲイツ。ニンジャスレイヤーとの交戦を巧みに避け、今も生き延びている手練。
「……ドーモ。ペイルクィリンです」
気まずく、挨拶する。
「できればシラヌイ=サンに恩を売っておきたかったところだが……あれではな。いくら俺でも、死ぬつもりの戦士を助けるのは無理だ」
「……」
歯ぎしり。
重金属酸性雨の中を飛びながら、言葉を交わす。
「これから、ワタシはどこへ?」
「サイバネ闇医者だ。腕を取り替える必要がある。カネはあるか? 無ければローンを組め」
「……多少はあります」
「ならばよし」
高度を落とす。
ニンジャアドレナリンが抜け、痛みを思い出す。
「ウッ」
スリケンが、まだ身体に埋まっている。
あまりに神秘的な、憎き敵。ニンジャスレイヤーの生成物が。
「ペイルクィリン=サン。恐らく、君は配置換えになるだろう。ボスの不興も買うことになる」
脳裏にこびりつく、確かな死のイメージ。
スリケン、赤黒の風。殺意と憎悪以外に、何も感じ取れない瞳。
「だが、ネオサイタマの死神と遭遇し、生き延びたのは誇るべきことだ。俺の介入があったとしてもな」
シラヌイを拳一つで吹き飛ばし、何もかもを屠るカラテ。
「……ペイルクィリン=サン?」
「……?」
「いや、聞いているならいい。着いたぞ」
ヘルカイトの操縦は巧みなものだった。
もはや、ニンジャスレイヤーのソウルは知覚できない。
「また生きて会おう。オタッシャデ」
ペイルクィリンを下ろすや否や、また飛び立つ。
ニンジャを殺し続ける狂人は今もなお、別のソウカイヤのニンジャを追っているに違いない。
「……オタッシャデ」
礼を言い、無事な左手で闇医者のドアをノックする。
そこから先は、一切が些事だ。
あえて語る必要もないだろう。
◆◆
「……」
アケヤは、ペイルクィリンの話をポカンとした顔で聞いていた。
「どうかしてます。自分のせいで死なせた男でなく、殺した方の男に惹かれたと?」
「イヤーッ!」
「アババババーッ!」
抗議したアケヤの頭を掴み、報復のジツを注ぐ。
「貴方がなんと言おうと、そうなったからには仕方ありません」
携帯IRC端末のボタンを押し、スクリーンを表示する。
「お待たせしました。これくらい時間をかければ、目的は果たされるでしょう」
ソウカイ・ネットへの放送が再開された。
「また、僕を拷問するんですか」
顔を上げ、睨む。
焦燥しながらも、敵意が残っている。
「はい」
スクリーンをアケヤに見せつける。
コメント欄は、口々に「コロセー!」「コロセー!」「殺すべし」などの罵詈雑言で溢れかえっている。
「見てください。あらゆるリスナーが貴方の死を待ち望んでいます」
生放送の様子は、生体無線LAN端子を通してペイルクィリンの脳にも直接流れているようだ。
「……?」
その中で、アケヤは訝しむ。
「殺す、べし」
二度目のコメント。アケヤはコメント内容そのものよりも、その発言者が気にかかった。
赤黒塗りのアイコン。センコめいた右目、威圧的。
ペイルクィリンが口角を上げる。
「やはり、来ましたか」
「「ニンジャ、殺すべし!」」
IRCコメントと、現実の音声が重なった。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
初手はスリケン。窓ガラスを割って一直線に迫りくる死を、ペイルクィリンはサイバネアイによって増幅した知覚で難なく回避。
直後、燃えるような憎悪を滾らせたニンジャスレイヤーがザゼン・ルームに回転跳躍エントリーを果たす。
「ドーモ、ペイルクィリン=サン。ニンジャスレイヤーです」
殺意で満たされたアイサツ。ペイルクィリンは、歓喜に打ち震える。
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ペイルクィリンです。ワタシのこと、覚えてくれていたのですね」
アイサツを返す。今度は、正面から。一対一で。
「初めての交戦では一太刀も浴びせることができず、むざむざと逃げおおせた挙げ句、私を再び呼び寄せた。それがオヌシだ」
ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構える。隙がない。単純なカラテでは、未だに明らかな力量差があった。
「嬉しいですね。では、リスナーも見ていることですし、始めてしまいましょうか! イヤーッ!」
右腕のジェネレーターを稼働させ、掌からデン・ジツを撃ち出す。
「イヤッ! イヤーッ!」
難なく回避。合間に投げつけられたスリケンを、ペイルクィリンはブリッジ回避でかわす。まずはよし。これはニンジャスレイヤーのパターンを掴むための牽制だ。
「イヤーッ!」
ジツが途切れた瞬間を突き、ニンジャスレイヤーは回転跳躍で急襲を仕掛ける。
ドラゴン・ヒノクルマ・アシ。回転の勢いを乗せた踵落とし。回避困難。サイバネの右腕で受け、耐える。
「かかったりーッ!」「グワーッ!」
右腕のサイバネの機構を起動し、サイバネ表面に電流を流す。筋硬直。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
スタンしたニンジャスレイヤーを、自由な左手で殴りつける。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
カラテ・ジャブ。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
膝蹴り。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
アッパーカット。
ペイルクィリンの攻撃は、着実にニンジャスレイヤーの体力を削ってゆく。
「アイエエエ……」
その様子を、アケヤは恐ろしげに眺めていた。
「アイエエ……あれ?」
気づく。
度重なる拷問のためか、彼を拘束しているコートは焼け焦げ、千切れかけてしまっている。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
このまま何もしなければ、ニンジャスレイヤーとやらは殺されてしまうだろう。
ガリッ。
奥歯に仕込んでいた、シャカリキ・タブレットを噛み砕く。勇気がかりそめに体を満たす。
力を振り絞り、拘束を解いた彼は、ペイルクィリンに背後から近づく。
手には、己の後頭部から伸びたLANケーブル。
「アッハハハ! ネオサイタマの死神も、型にはまればこの程度ですか!」
極度興奮状態に陥ったペイルクィリンは、アケヤの接近に気づかない!
(ここで僕がやらなければ、ショーギで言うところのオーテ・ツミ。覚悟を決めろ……!)
呼吸を整え、更に近づく。
ワン・インチ距離!
ニューロンに違和感を感じたペイルクィリンは、背後を振り向くが、すでにアケヤは行動を終えていた!
「ンアーッ!?」
電気ショックを受けたかのようにペイルクィリンがのけぞる! その首元のLANソケットには、アケヤのケーブル! LAN直結!
『sudo kill -9』
ニューロンの速度で流し込まれたコマンド! ジツの集中が途切れる!
「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーは決断的にチョップで反撃!
「ンアーッ!」
心臓を狙う一撃を、辛うじてサイバネで受ける! 初戦の再来!
「イヤーッ!」「ンアーッ!」「アバーッ!?」
追撃のケリ・キックをまともに受け、アケヤ諸共ザゼン・ルームの壁に叩きつけられる!
「スゥーッ、ハァーッ!」
距離ができた。ニンジャスレイヤーはチャドー呼吸で傷を癒やす。フジミ!
「フフフ、そうでなくては!」
対するペイルクィリンもZBRアンプルを打つ! 戦意、こちらも未だ衰えず!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ZAP! ZAP! ペイルクィリンの増幅デン・ジツをスリケンで相殺!
「来ないなら今度はこちらから行きますよ! イヤ……ンアーッ!?」
ALAS! 突撃を仕掛けるペイルクィリンが突如転倒! 隙を突き襲いかかるハンマーパンチを、ネックスプリング跳躍で危うく回避! カウンター発動猶予なし!
ペイルクィリンに何が起こったのか? それを知るためには、少し時を遡る必要がある。
ニンジャスレイヤーがドージョーにエントリーし、アイサツを仕掛けたその直前! 彼は巾着からあるものを撒いていた!
「非人道兵器マキビシ! コシャクな……!」
左様、マキビシである! デン・ジツを相殺しながら、彼はペイルクィリンが罠を踏むよう、周到に誘導していたのだ! なんたる冷徹戦術であろうか!
「もはや脚は使えまい。オヌシは立ちすくんだまま、貧相なそのサイバネ腕で抵抗するのが精々だ」
「イヤーッ!」
ZAP! デン・ジツはたやすくスリケンによって掻き消される。
「イナズマ・ニンジャクランのグレーター。オヌシのジツは、私には届かない」
ペイルクィリンに憑依したニンジャソウルがアーチ級であれば、スリケンを一方的に打ち消すことも可能であったかもしれない。
しかし、ニンジャスレイヤーはどういうわけか、彼女のソウルを看破しているようだ。
「試してみますか?」
不敵に笑い、ジェネレーターの出力を上げる。
「……やってみろ」
ニンジャスレイヤーはスリケンを構え、もう片方の手で手招きする。
「良いでしょう。アナタの誘いに乗るのはやぶさかではない! イヤーッ!」
「イヤーッ!」
ZAP! 二発のデン・ジツとスリケンが、二人の間で対消滅を起こす! 双方無事!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ZAP! 四発のデン・ジツとスリケンが、二人の間で対消滅を起こす! 双方無事!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ZAP! 八発のデン・ジツとスリケンが、二人の間で対消滅を起こす! 双方無事!
「イヤーッ!」「イヤ……ンアーッ!?」
ナムサン! 十六発目のデン・ジツを放とうとした時、ペイルクィリンのサイバネがオーバーヒートを起こし爆発! 消しきれなかった十六発目のスリケンが深々と胸に突き刺さる!
インストラクション・ワンである!
「ニンジャ、殺すべし!」
ニンジャスレイヤーは三十二発のスリケンを投げる!
その全てが、ペイルクィリンに突き刺さった!
◆◆
ペイルクィリンは再度右腕をあげようとし……断念する。
接続が切れていた。
こうなれば、重い腕は拘束具となるだけだった。
「ワタシの負けですね」
ザゼン・ルームの壁によりかかり、ズルズルと崩れ落ちる。
ジェネレーターの循環液か、あるいはサイバネ化した彼女の血か。
蛍光ブルーの液体が、壁にべっとりと付着した。
「オヌシの命運は尽きた。ハイクを……」
ニンジャスレイヤーはツカツカとペイルクィリンに歩み寄り……眉根を寄せる。
「フッ、フフフ……」
ペイルクィリンは笑っていた。
奥の手がある様子ではない。狂気に落ちたわけでもない。
ただ、満足げに笑っていた。
「何故、笑う?」
油断せず、問う。
このような振る舞いをするソウカイニンジャは珍しい。
場合によってはインタビューする必要もあるだろう。
「ワタシは、満足しています。ニンジャスレイヤー=サン。ワタシは、ドラマティックに死ねる。他ならぬ、アナタの手で」
ニンジャスレイヤーは、ペイルクィリンの言葉を咀嚼する。
やがて、彼は言葉の意味を理解する。
理解すると、その身にまとう殺意がにわかに膨らんだ。
「ドラマティックな死、だと?」
ペイルクィリンの首根を掴み、持ち上げる。
ZBRが切れてきたのだろう。うめき声を上げ、苦しげにしている。
「ならば、私の妻子はどうなる。フユコや、トチノキ。オヌシらソウカイヤに、何の感慨もなく殺された者たち。何の感慨もない死には、価値がなかったとでも?」
「……」
ペイルクィリンは直感的に理解する。
ニンジャスレイヤー。
彼にとっての死とは、タイガーの尾。
「イヤーッ!」
「アバーッ!」
彼女を吊り上げたまま、握る手に力を込める。
「よく、聞くがいい。オヌシをサンズ・リバーに送るための、渡し賃だ」
「アバッ」
ニンジャスレイヤーの指が、皮膚を裂き、肉を食い破る。
あまりの苦しみに、左手で首元を掻きむしる。
「死とは、死は!」
「アバーッ!?」
おお、ナムサン! ニンジャスレイヤーは、なおも力を込める。
復讐に燃える彼の目は、ペイルクィリンを睨みつけ。
「死は、無慈悲だ! ブルタルだ! ……イヤーッ!」
「アババババーッ! サヨナラ!」
ナムアミダブツ。喉笛を引きちぎると、ペイルクィリンはしめやかに爆発四散した。
ネオサイタマの死神は、その首級を巾着にしまう。
今は亡き妻子へのセンコとして。弔いの証として。
「イヤーッ!」
彼は壊れた窓ガラスから、回転跳躍して飛び立った。
その後の彼の行方は、ここで語ることではないだろう。
静かになった室内。
ボロボロになったハッカー・ドージョー。
「ゴホッ、ゴホーッ!」
壁に叩きつけられ、気を失っていたアケヤは、咳き込みながら目を覚ます。
視界には、イクサの跡。
ペイルクィリンのサイバネの残骸。急拵えの拘束台。
「僕は、生きて……」
内臓の痛みに顔をしかめる。
「御用!」「御用!」
騒ぎを聞きつけたマッポの群れが、問答無用でドージョーに侵入する。
アケヤはホールドアップし、人道的に拘束される。
これほどの破壊があったのだ。
仮にもドージョー主であるアケヤに話を聞くのは、当然の帰結と言えた。
「N案件ですか?」「ノボセ老に判断を伺おう」
マッポは何事かやり取りしている。
この場において堕落していない人員が動員されたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
ニューロンに、ノイズが走る。
既にジゴクへ旅立った、ペイルクィリンとのLAN直結の残滓が。
ノイズを、振り払う。
彼女は死んだ。アケヤは生きた。
脳内UNIXのログに彼女が残っていたとしても、その事実は覆らなさそうだった。
【終】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?