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うちの子SS-08「ツィール・ハフィーが現れた」

 「うふふ、うふふふ」
 小凪葉まゆがとうとう「らん」を落としてからというもの、彼女は毎日らんの写真を撮り、楽しんでいた。
 「好き……らん大好き……」
 撮ってはポーズを変えさせ、たまにツーショットの構図を混ぜる。
 任務以外の時間は大体こうだ。

 実際のところ、らんの方もこの現状を受け入れつつある。
 事あるごとに「かわいい」を連呼されるのは嬉しいし、それが想い人であれば至極であった。

 さて。今日も撮影会は行われているが。

 ベッドの下、光の届かぬ影の中に彼女は居た。

 その名はツィール・ハフィー。肌が青黒いのはシャドウリング(影人)であるためだ。齢24の彼女は、らんのマイルームにワープさせられてから数時間というもの、ベッドの下で過ごし、もう理性が限界だった。

 (なぜ襲わないの……!? というかこれ“そういう流れ”じゃなかったの……?)
 彼女は知らない。らんと小凪葉まゆは、まだプラトニックな関係なのだ。
 そして彼女の育ては盗賊。同室に男と女が一人ずつ居れば、間違いなくことが起こるような文化で育ってきた。

 (ああ、じれったい……! うち、もう我慢出来ないから、いやらしい雰囲気にしてきます……! 良いよね……!)
 ツィールは影に潜る。
 影の中で、太もものホルスターからナイフを一本抜き、内分泌系を撹乱する毒術を付与する。
 (後でこれをサクッと皮膚を切ればおーけー! どっちを焚きつけよっかな……)
 影の中から部屋を見渡す。
 (男の娘の方、右足を良い感じに切れそう。こっちも見えてなさそうだし、サクサク行っちゃおう)
 足元まで移動し、素足にナイフを突き上げるようにして……
 「カキーン」
 (……は?)
 弾かれる。
 (えっ……?)
 手に戻ってきた感覚を疑い、もう一度刺す。
 刺さらない。
 (は? 嘘でしょ? 素足に鉄だよ? なんで?)
 ナイフを見ても、血の一滴もついていない。

 (もしかして、あの子ロボットなのかな……? そうじゃないと説明がつかないよね……)
 気を取り直す。
 (じ、じゃあ女の子の方だ。位置が悪いけどそっちを狙おう。毒のエンチャントはまだ効いてるはずだから、このまま投擲だ……!)
 移動し、二人の死角に移る。
 (念の為、思いっきり速度付けて投げよう。多分大丈夫のはず……!)
 体を引き絞り。
 (えいっ!)
 投げる。
 「バシイッ!」
 (……は?)
 ナイフは、女の子に当たる直前で直角に弾かれる。
 (なんでえ……?)
 弾かれたナイフは派手に回転し、ポスターに突き刺さる。
 「んん?」
 (ヤバい!)
 女の子がポスターを見る。
 男の娘は……だめだ。
 こっちを見て、微笑んだ。
 完全に、バレた。

 ◆◆

 「……で、ツィールちゃんは、毒を仕込んだナイフでその気にさせようとしたと」
 「……ごめんね」
 小凪葉まゆは椅子、ツィールはカーペットに正座している。
 らんは別室で、新たな来訪者こと私――ツィール・ハフィーについて報告書を書いている。
 「や、いいよ。ホントさっきの毒が効いてたらなあー!」
 小凪葉は悔しがる。
 曰く、どうにかして襲ってもらいたいのだが、シチュを整えても、毒を盛っても効果がなく、どうにも手詰まりだったらしい。
 「……思うに、らんくんはそもそもそういうことを詳しく知らないんじゃないかな?」
 疑問を投げる。
 「あー、その線あるかも。あの子、戦場は幾つもくぐり抜けてるけど、そっちはまだよくわかってないのかもね」
 なにか飲む? と聞かれたので、ハーブティーを頼んだ。
 「多分それ、一回なし崩しに襲うのが早いと思う」
 「ぶっ」
 小凪葉さんが盛大に吹き出す。
 「小凪葉さんなら行けるって。うちが保証するし、詫びも兼ねて協力するよ?」
 「話のスピードが早くない?」
 「うちの周り、大体こんな感じだったからなあ」
 「文化ね……」
 「文化だよ」

 ツィール・ハフィーがオラクルに現れた。
 彼女は、上手くやっていくことだろう。

 〈完〉

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