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カウントダウン「LEGEND GAME 2024」#53 木村文紀編

木村 文紀/文和(きむら・ふみかず)

投手・外野手 右投げ・右打ち 1988年9月13日生まれ
ライオンズ在籍:2007~21年途中
通算成績:投手 41試合 1勝4敗 1ホールド  防御率5.60
     野手 711試合 1529打数 326安打 打率.213  42本塁打  154打点
背番号:41(07~12年)、51(13~17)、9(18~21年途中)

当日所属:TEAM SEIBU

埼玉出身に思われがちだが、じつは東京都大田区出身。ボーイズリーグでピッチャーをやりながら、下半身を鍛えるために、短距離ランナーだった母親のアドバイスで、中学校では陸上部に入部。区大会の100m走で優勝したこともあった。

埼玉栄高では、2年夏からエースナンバーを背負い、5番を打つ。県大会の決勝では春日部共栄高を相手に、4対1とリードして迎えた9回表2死満塁、カウント2-2から4番の靍岡賢二郎(元横浜DeNAベイスターズ)に走者一掃の同点三塁打を打たれると、続く打者にも勝ち越し二塁打を許す。甲子園まであと1球と迫ったところからの逆転負けとなった。

ちなみに、この試合で春日部共栄高の7番を打っていた1年生が、のちにライオンズでチームメイトになる斉藤彰吾。ふたりの対戦は4打席4三振で、1学年上の木村の完勝に終わっていた。

高校通算33本塁打と、打者としての評価も高かったが、本人は投手志望。06年高校生ドラフトでライオンズから1位指名され、かつて渡辺久信が着けていた背番号41を与えられる。最速148㎞/hの速球とスライダーを軸に、力で押す投球スタイル。1試合だけだが、高卒1年目から1軍で登板。オフには2年続けてハワイのウィンターリーグに参加と、期待の大きさを感じさせた。

だが、前年12月に登録名を「文和」から「文紀」に変えてのぞんだ10年、イースタンの開幕3戦目に先発すると、マウンドで激痛に襲われる。右ヒジ尺骨の疲労骨折だった。懸命の治療の甲斐あって、翌11年7月31日オリックスバファローズ戦、リリーフでプロ初勝利をあげたものの、本人のなかでは「思うように真っ直ぐのスピードが出なくなった。変化球の精度も一気に落ちた気がしていた。もうピッチャーは無理なのかな」と感じ始めていた。

プロ6年目の12年、5月22日の読売ジャイアンツ戦で1イニングを投げて1失点した翌日に登録抹消。持病の腰痛もあって、再び1軍で投げる機会は訪れなかった。すると9月に、球団から野手転向を打診される。不安はあったが、答えを出すのに時間は要らなかった。11日に外野手への登録変更が発表されると、1週間後にはイースタンの試合で打席に2度立ち、レフトの守備にも就いた。

自身も現役時代に野手転向を経験した宮地克彦コーチをはじめ、2軍の首脳陣に走・攻・守すべてを基礎から叩き込まれる。秋季練習では手が血塗れになるまでバットを振り込み、外野では吐きながらノックを受けた。気がつけば、体重は14㎏も減っていた。

背番号を埼玉栄の先輩・大島裕行の着けていた51に変更、迎えた13年シーズン。試合中に左肩を脱臼した坂田遼に代わって1軍昇格すると、5月23日広島東洋カープ戦で、代打でレフトへツーベース。プロ初打席での初安打は、投手として最後の1軍登板から、ちょうど1年と1日後のことだった。

28日には、ベイスターズの三浦大輔から、代打でプロ1号となる決勝ソロ。野球人生を賭けた挑戦は、予想以上の早さで、実を結んだ。

翌年には、開幕戦から5番を任され、シーズン10本塁打16盗塁。その一方で112三振と、確実性に課題を残して、一気にレギュラー獲得とまではいかなかった。

それでも、18年7月1日東北楽天ゴールデンイーグルス戦で、9回裏2死からバックスクリーンへサヨナラアーチ。直前の守りで同点に追いつかれるエラーを犯していた斉藤彰吾を救う、印象深い一発だった。

19年9月15日千葉ロッテマリーンズ戦の延長11回裏には、2死から左中間への大飛球。レフトとセンターが交錯して打球がこぼれている間に、全速力でダイヤモンドを1周してホームイン。記録は失策だったが、まるでサヨナラランニング本塁打のような劇的な一打で、優勝マジック9を点灯させる。

このシーズン自身5年ぶりの二桁本塁打。名手辻󠄀発彦監督に「すごく信頼している」と言わせるライトの守備では、パ・リーグトップタイの9補殺と、チームの2連覇に貴重な役割を果たしてみせた。

21年の東京五輪終了後、木村と佐藤龍世、北海道日本ハムファイターズの公文克彦と平沼翔太との、2対2の交換トレードが成立する。が、10月の松坂大輔引退試合では、ファイターズのユニフォーム姿で、違和感なくライオンズの選手たちと、3塁側のダッグアウト前に並んで挨拶、胴上げにも参加した。

昨シーズンは万波中世、加藤豪将ら若手外野手が台頭するなか、1軍出場のないまま、引退を決断。14年半を過ごしたベルーナドームでの引退試合では、新庄剛志監督の計らいで、最後はライオンズファンが見守るレフトの守備に就いた。

今年からライオンズの「育成担当兼人材担当開発」に就任、主に3軍選手のサポートにあたる予定だ。今回の「LEGEND GAME 2024」で、もしMVPを決めることがあれば、現役の呉念庭と並ぶ最有力候補だろう。願わくば、投打二刀流、12年ぶりのマウンド姿も観てみたい。

木村文紀 年度別成績(投手)
木村文紀 年度別成績(打撃)

「LIONS CHRONICLE 西武ライオンズ LEGEND GAME 2024」
3月16日(土)12:00開場/14:00試合開始
会場:ベルーナドーム
配信:パーソル パ・リーグTV
放送:BS朝日(翌日録画放送)


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