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SM小説「路上の恋文」③応接


冷たい雨の降る土曜日

翌朝は小雨が降っていた。机の上の手紙をこっそりと封筒に戻して、セロファンテープで再度封をした。さっとトートバッグにそれを入れて家を出た。

麻美はスマホのGoogleマップを頼りに意気揚々と設定した住所へ向かった。ポストに封筒を入れて帰ろう、そしてその帰りにおしゃれなカフェでモーニングでも食べよう、そう思っていた。電車に二駅の区間揺られた後、閑静な住宅街を迷わずに歩いていく・・・15分程歩くと目的地の大きい一軒屋に辿り着いた。

持ち主

麻美は表札に書かれた住所が封筒の住所と同じであることを確認した。よし、ここだ!かばんから封筒を取り出して、ポストに入れようとした、まさにその瞬間、急に後ろから大きな声をかけられた。

「ちょっと、どうしました?」

麻美は悪いことをしているわけでもないの突然の声かけににひどく焦ってしまった。

「わっっ!!すみません、何もしていないです!封筒を拾ったので持ち主の方に渡しに来ました。」

ポストに入れようとしていた封筒を振り上げて、これだこれだと示した。

「それって私が先日落とした封筒ですか!?どうしてあなたが持っているんですか?」

「え、こちらにお住まいの方ですか?」

「えぇ、そうですよ。角野と言います。」

「失礼しましたっ!角野さんにお返しに来ました。」

麻美はしどろもどろになりながらも、昨夜家の近くで路上で拾ったことを伝えた。住人は温和な表情でこう言った。

「わざわざ持ってきてくれてありがとうございます。封筒の住所を調べて来て頂いたんですか?!お礼も言いたいので少しだけ中でお茶でもどうですか?」

裏切られた期待

麻美は断ろうとしたが、まぁまぁと住人にに諭され、家の中に入ることになった。玄関横の応接室に通され、重厚感のある革張りのソファに座った。

「封筒どこか行っちゃって困ってたんですよ、ちょっとお茶でも入れるので待っててくださいね。」

「はい、どうぞお構いなく。すぐに失礼しますので。」

麻美は持ってきた封筒を目の前の机の上に丁寧に置いた。黒光りする一人掛けの革張りのソファはとても深く、肘置きが高かったことも相まって麻美は沈みこむようにそのソファに座った。応接室の壁には洋画とシカの頭の剥製が飾られていた。天井の中央にはシャンデリア、壁にはいくつか間接照明が備え付けられていた。雨のせいで部屋は少し薄暗かったが、逆にそれが麻美を少し落ち着かせるのだった。

「丁度良かったです。叔母が美しい紅茶を送ってきてくれたので。一人だと飲み切きれないんですよ。本当にわざわざ届けに来てくれてありがとうございました。大事な封筒だったので見つかってうれしいです。何かお礼をしたいのですが。」

「いえいえ、私はただお返ししたかっただけです。お気持ちだけで十分です。私も無事に敦司さんに封筒が届けられて良かったです。でも、なぜ、二駅も離れた所に落ちていたんでしょうね?」

麻美は紅茶を飲みながら、ちらちらと気付かれないように敦司の顔を見るのだった。歳は同じくらいだろうか、好青年という感じでとても好感が持てる感じだ。ふーん、この人が手紙の書き主かぁ、夢中になってる女性はどんな人かな?そんなことを思いながら敦司と会話を続けた。

「誰かが拾って、価値あるものじゃなかったからそこに捨てたんじゃないですか?とにかく、あなたのような良い方に拾ってもらって本当に良かったです。」

「困った人が居るもんですね。人の持ち物なのに…。」

「ほんとそうですよね、困った人って居るんですね。ところで、申し遅れましたが私の下の名前は敦司と言います。先ほど、敦司さんって言いましたが、私の名前知ってたんですか?もしかして…」

麻美は心臓が止まる思いがした。そして、心臓の音が早まるのを感じた。ドクン、ドクン・・・表札には苗字しか無かった。名前を知っているということは中の手紙を読んだということになる。どうしよう…どうしよう…しかし、もう言い逃れできない。麻美は正直に話すことにした。

「すみません。実は封筒を拾った後、中身を確認したんです。中の恋文も読んでしまいました。とても素敵な手紙だったのでどうしても落とした方に早く返したいという一心でした。本当にごめんなさい。」

「やっぱりそうですよね、他人の手紙を勝手に読んではいけないですよ。特に恋文ですから。ちゃんと返してくれたとは言え、恋文を盗み読みするなんてひどいじゃないですか。」

「勝手なことをししまい申し訳あません。」

丁寧に謝ろうとしたが、意識が朦朧として言葉が正しく出てこない。頭を下げながらもう一度謝罪をする。

「もぅしぁけああませ・・・ん、んぁぅぁぅ」

「紅茶の味、気に入ってもらえましたか?麻美さんのために特別美味しい紅茶にしておきましたよ。麻美さん、あなたに読んでもらえて本当に良かったです。そして、あなたなら返しに来てくれると信じていましたよ。あなたは私の見込んだ通りの素敵な女性だ。この後、私の…しっかり…ください。全ての…言うこと…もらいますね。」
 
麻美は話の途中から意識が朦朧となり始め、敦司が何を言っているの理解できなくなった。そして、やがて完全に意識を失くしてしまうのだった。

<続く>

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