自分の心を待つ
東村にきて6年がすぎ、7年目に突入。
自然の近くにすみはじめたのは
屋久島に住んでいた頃から数えると10年になる。
***
村で切っていた木を焚き火用にと
もらってきて
庭においていたら
ある日の夕方、
子供とテント作りがはじまって
そこら辺に(庭や家の中に)あるもので
こうしたら?あの葉っぱがいいんじゃない?と
いいながら
焚き火でごはん作りまで。
(父ちゃんのマグロ、庭の月桃巻き)
楽しかった!
特別なことじゃなく、
がんばらないでも、
その瞬間の創造を
抱擁できるよーに
(JAZZ♪)
なってるんだー
と、屋久島の頃、自然となじもう、なじもうとして馴染めなかったときをおもうと
今は、ただそこで遊ぶ
タイミングがあるんだな~
そうか、そうか。
と思いました。
ここのところ、
悶々していたのは
すっきりしたくて
なんかいろいろ早く解決しようと焦って
自分を切り刻んでいたな~
と
なんか、ドわすれしていた。
焦らなくてもいいってことを。
そうやって生きようとしていた癖を
見直す必要があったんだと思いました。
すごくすごく、時間がかかる。
と感じてきたのは、だれかと比べて、ではなくて
自分の中のこうあるべき、という期待と比べて。
それでもずいぶんと
変わってきているわたしもいるんだ🥹✨
ここ2、3日、ブログを書こうとして
かきおわれず、便秘してたよーな感じでした。
今回は、かけました🙏
お読みいただきありがとうございます😊
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