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終わった後のはなし (3)


3. 好き。

彼女が1年E組、出席番号6番
我が校の新設専攻科の数少ないメンバーである城野まいこ さんだということを知ったのは、あの出来事から3日後の事だった。
なんで3日経ってから知ったかというと、
それから3日間、僕が登校していなかったからだ。

「初っ端から来る気ねぇヤツだなって思ってたけど、筋金入りだねぇ、篠宮クンよ。」
副担任の小出 琉(りゅう)は、比較的自分たちと歳の近い教師だった。
3日ぶりに登校して速攻、生徒指導室に呼ばれた。
僕は座ったままそっぽ向いて窓の外を眺めていた。
「まぁ、別にここに呼んだからって俺はちゃんと登校するように!って言うつもりちっともないんだけど。」
本当のことかハッタリか、見極めるためにチラリと先生の顔を見ると、こっちの考えはお見通しなのか、ホントだよ。と言いたそうな顔をしていた。
「一応ね、呼んで指導しなさいっていう、俺に課せられたタスクだから、これ。」
だからしばらくここで時間潰して戻ろうぜ。と
先生は言った。
まだ新任なんだからちゃんと仕事しろよ。
「篠宮さ、来たくない理由がなんかあんのか?」
僕は口を開かない。
「立場上来いとかやれとか言わなくちゃなんねぇけど、おまえの味方になるつもりはあるから。」
僕は考えた。
先生が理由を知って、頭ごなしに口を出してこないのは、僕にとってメリットかもしれない。
「E組の城野が、なんか関係してるか?」
「は?」
思わず口に出てしまった。
どうしてその名前が出てくるんだ?
「いや、なんか数日前におまえがE組の城野に詰め寄られてて、その次の日から3日来なかったって聞いたから。」
「誰がそんなこと言ってたんですか?」
「うちの部のヤツら。」
小出先生は確かどっかの運動部の顧問だったな。あれを誰かに見られてたってことか。
「違います。第一、あの人知らないし。」
僕がそう言うと、先生は目を丸くした。
「知らないの?!篠宮ってほんと学校に1ミリも興味無いんだな。」
そう言うって笑う。
「なんか有名な人なんですか?」
まさかこんな田舎の学校に有名人の子供や芸能活動とかやってるような奴がいるとも思えないし。
「新設の専攻科に1番手で受かったヤツだよ、城野まいこは。」
新設の専攻科。
うちの学校は田舎にあるくせになんか変わったことをしたがる癖があるようで、元々男子校だったところを共学にしたり、中高一貫だった時代もある。一般的な学ランやセーラー服ではなく、どこを歩いていてもうちの生徒だとわかるような形、色の制服を拵えたり、校歌もまるでポップスみたいな曲だった。
そんな変わった学校が新たに作った専攻科というのが…
「音楽専攻科。それがあることくらいは知ってるか?」
「…一応、入学式にはいたんで。」
ちょっと、興味があった。
本腰入れて音楽を学びたいとかそういう考えはなかったけれど、練習室などの設備が良さそうだなと思っていた。

(みんなにとっては欠点だよね、そうだよね…)

ふと、何日か前に城野さんに言われた言葉を思い出す。
「あの…もしかして…」
僕はひとつ思い当たった。
「その城野さんっていう人…」
この予想が当たっていたら、僕は彼女になんてことを言ってしまったんだ。
「楽器奏者じゃなくて、歌う、人ですか?」
先生は僕の青ざめているだろう顔を見て少し驚いている。
「そうだけど…どうした?」
僕は生徒指導室を飛び出した。

彼女が歌う人ならば
声が通ることは長所であり武器だ。
それなのにぼくはそれを「欠点」だと言って彼女に突き付けてしまった。
授業中だということも忘れて無我夢中でE組まで走る。
自分の足音とずれて別の足音がしていたので、先生が後ろが追ってきているのはすぐにわかった。
E組の教室札が見えてくる。
僕は全力で入口のドアを開けた。
「E組は体育だぞ。」
がらんとした教室を見て、後ろから先生が言う。他のクラスに騒がしさを気づかれないように声を押し殺していた。
「急にどうしたんだ?」
あの日彼女を泣かした罪悪感が僕の中で猛烈に渦を巻いて、どうしたらいいか分からなくなる。
「このまま教室に戻るか?」
反射的に僕は首を振った。
今、教室に戻ったとて、何にも手につくまい。
「じゃあ、指導室戻るか。」
先生はニッと笑って僕の耳元で小さく言った。
「うちの制服目立つからな。昼間に生徒が街中ウロウロしてるって、警察から連絡入ってんの。せめて校内にいろ。」
帰りたいって心、見透かされてたのか…。
僕は静かに頷いて、生徒指導室までの道を戻った。

「わぁ。潮が引いたらここ、降りられるんだ。」
僕と城野さんはカレーを平らげた後に散歩に出た。
地震だ津波だ世間では言われるが、僕は地元みたいな目の前が海である場所を次の街でも選んだ。
別に海が好きなわけじゃなかったけれど、あればなんだか安心する。
「なんか懐かしいなぁ。地元と少し似てるね、ここ。」
城野さんは大きく両手を広げてその場でクルクルと回っている。
「前来た時は海なんて見てる場合じゃなかったからな。」
「ほんとそう!」
「城野さんのせいで。」
「私のせいじゃないもん〜!だってあの時凄い進路変更だったじゃん。あれが私のせいならもう天気操れちゃうよ!」
城野さんは笑う。
前に城野さんが前この街に来た時、超大型の台風がこの辺りを直撃した。
僕はまた日を改めようと言ったんだけど、城野さんはうんと言わなかった。
「篠宮くんに会えると思って楽しみにしてたから延ばすのいやだ!」
子供かよ。そう思った。
でも、自分に会うのを楽しみにしてくれていて正直嬉しかったのをよく覚えている。

「前会った時は、まだ大学生だったよね?」
「同い歳なのになんでそんな聞き方すんの?」
「私大学生してないから、なんか歳の感覚わかんなくて。」
「まぁ、でもわかんなくなって当然か。僕休学してるから、本来の年じゃないだろうし。」
あまりよく見えない砂の上を僕達はゆっくりと歩いていく。
「そうだったの?また、学校行くの嫌になっちゃった?」
「また、って言うのやめてくれる?大学は自分で選んで自分で行ったんだから、嫌になってません。」
「じゃあどうして休んだの?」

前に城野さんに会った22歳の夏は、ちょうど休学期間が終わる手前だった。

「全国を回ってたから。」
城野さんは、思い出したと手を叩いた。
「そうだ!劇団で!」
そうそう、と僕は返事をする。

今しか出来ない、と思った。
だから休学届を出して1年間、劇団員として一座に加わった。
たぶん、高校で3年間城野さんを見てきた反動だったんじゃないかと、僕はまだ密かに思っている。

「なんでやってる時に教えてくれないかな〜見たかったな〜」
行ったら絶対見に行くって言うだろうから敢えて黙っていたに決まってるじゃないか。

僕はほぼ裏方でセットを組んだり小道具の整備をしたり、誘導員として人を捌いていたけれど、演目によっては生演奏で舞台に上がっていた。

親に押し付けられた数々のものの中で、
唯一、気に入ったものがヴァイオリンだった。
本気で何かを目指していたわけではなかったけど、自主練習もレッスンも、やりたくないと1度も言わなかったのはヴァイオリンだけだった。
だから、城野さんのいた音楽専攻科のレッスン室に入学前から興味を持っていたのだ。

「今でも弾くの?」
「いいや。もうしばらく触ってないな。」
僕は目を閉じて、弾いていた時の感覚を思い出してみる。
「持ってきてるの?」
なんだか嫌な予感がしたので、僕は答えなかった。
「…持ってきてるんだ。そう言ったら私が弾いて!すって言うのが嫌だから答えないんでしょ?」
先を歩いていた城野さんが戻ってきて僕の前に立つ。
「弾いて?」
「嫌だからってわかってるのにそれ言うんだ。」
「そうだよ?"それを言うのがわたし"でしょ?」
あぁ、そうだったね。
確かに昔、僕はそう言った。
あの時は、何を弾いたんだっけ。

「劇団の旅は楽しかった?」
静かに吹いた風の中で、僕は頷く。
「あの頃抱えてたいろんな感情を、あの1年間の経験で乗り越えられた気がする。」
悩みや迷いもとても小さくて内向きなことが分かったし、嫌いなことを好きになることができた。好きなことは、もっと好きになった。

「その後戻って、卒業して就職したの?」
普通は、そうだろうね。
「いいや。戻って来て、親に内緒で休学してたことがバレて、もう全部面倒になったから大学辞めた。」
城野さんは驚いて振り返る。
「辞めちゃったの?!」
「また行くの嫌になっちゃった、で合ってたね。」
城野さんは小さくごめん、と言った。
大丈夫。城野さんに悪気がないのは分かってる。
あの頃、僕だって君の気に障ることをいくつも言っただろう。
「あの頃の僕こそ、ごめん。」
気づかない内に声に出ていた。
「それは大人になってまた会った時に、全部許した!ってしたじゃん。」
「そうだったね。」

まるで、今の自分の昔の話じゃないくらい、果てしなく長い時間が過ぎていってしまったような気がする。
城野さんが今、目の前にいるということが"現実"の証だった。

「城野さんは?」
問いかけると城野さんは驚いた顔をした。
「えっ?篠宮くんの話、もうおしまい?」
申し訳ないけど、そんな大層な人生歩んでないから。
「おしまいだよ?他に聞きたいことでもあるの?」
聞くと、目を逸らして言いにくそうにしながら小さな声で彼女は言う。
「好き…になった人の話、とか。」
なんだ、その趣味の悪い話。
やだよ。なんでそれを城野さんに話さなきゃなんないの。
「ほぉ?じゃあ、城野さんの相手の話を聞こうか。」
僕は切り替えて形勢を逆転させた。
たぶん、なんの躊躇いもなく彼女は話すだろう。
「私の相手の話はつまんないよ?私の事、好きじゃないから。」
意外な言葉だった。
僕は今から、いかに自分が今幸せで、こんなことがあってあんなことがあっての、壮大なストーリーを聞かされるものだとばかり思っていた。
「どういうこと?」
「とりあえず、受け入れて置いておいたら都合いいからさ、私。そうやって置いとかれて、要らなくなったら初めから何も無かったみたいにされて、」
「ちょっ、ちょっと待って。」
僕は思わず割り込んだ。
「あの頃の"城野まいこ"はどこいっちゃったの?」
城野さんは恥ずかしそうに「わかんない」と哀しく笑った。
「私が好きになった人には、私の気持ち、いつも届かないみたい。」

それは、違う。
思わず口に出そうになって飲み込んだ。
あの時、僕が自分の気持ちをちゃんと受け入れてれば、彼女はこんな顔をしなくて済んだんだろうか…

「東京で、自分の思ったこと、やれた?」
話題を変えようとして振った質問の答えを聞いて、僕は何となく分かってしまった。
彼女が、なぜ事故にあって、なぜここに来たのか。
なぜ、他の誰でもなく、最後かもしれないこの時間で僕に会いに来たのか。

「私、なにしてるのか、わかんなくなっちゃった。」

彼女は、きっと、自分を棄てたんだ。

城野さんに初めてハッキリと「好き」だと言われたのは、高校1年の冬だった。

「まぁ…予想はしてたけど。」
2月14日。
ホームルームが始まる前に呼び出されて出た廊下で、僕はそれを受け取って気が重くなった。
「どうぞ。」
城野さんは大変に嬉しそうだった。
この僕の顔がまるで見えてないかのように。
しかし、いつもは予鈴が鳴るまで僕を拘束し続ける彼女がこの日は少し違っていた。
自分の横を通る人をえらく気にしているように見えた。そして僕が差し出されたものを受け取ると、そそくさと教室へ戻って行ったのだ。
「……?具合でも悪いのか?」
あまりにも様子が違いすぎて、追いかけようかと思った矢先、後ろから僕は手を引かれる。
「待って。」
富岡だった。
「城野さんに先越されちゃったな。篠宮、こういうの好きじゃないとは思ったけど…」
富岡も僕に何かを差し出してくる。
「そう思うなら持ってくんなよ。」
富岡が少しその手を引いたので、鬱陶しくなって僕は奪うようにそれを手繰った。
「…誰かの後だと、きっと機嫌悪くなると思ったから、1番に来たかったんだけどな。」
富岡もまた、「じゃあ」と足早に去っていく。
「へぇ?モテるじゃん。」
次に声をかけてきたのは、小出先生だった。
「これのせいで授業受ける気失せた。」
僕がそう言うと、先生は
「自分から生徒指導室に行きたいってヤツもそうそういないぞ?」
と笑う。
「俺が怒られちゃうから、ちゃんとあっちで自習してくれるならいいよ。」
先生も鍵開けとくわと言って、ヒラヒラと手を振って行ってしまった。
適当に自習したら帰ろ。
そう思いながら開けてもらった生徒指導室で、
どこに捨てようかと貰った2つの包みを出してみて、気がついた。

城野まいこからの手紙に。

面倒臭い。
メールが送れるこの時代に
わざわざ手書きで手紙を添えてくるのが鬱陶しい。しかも、ちょっとしたメッセージカードとかでは無い。封筒に入ったちゃんとした手紙だ。
絶対にろくな事が書かれていないことは外観から予想できた。

「俺が読んでやろうか?」
小出先生は冷やかすように笑う。
「先生、自分の仕事しなくていいの?」
「俺の仕事はお前を見張ること。適当に時間経ったら帰るつもりだったろ?」
先生には、僕が学校に来たくない理由を話した。
全てが気に入らなくて、全てが受け入れられなくて、それでも自分の力だけでどうにも出来ない、そんな自分ごと全部嫌だと。
「授業中が、誰にも見つからずに門を抜ける絶好の機会だからな。」
小出先生は僕の話を聞いて言った。
昔の俺に似てるからおまえの気持ちはわかるぞ、と。
「篠宮、たまに出る授業と自習だけで勉強してんのか?塾とか行ってんの?」
僕は首を横に振る。
「ほとんどここで自習してて、あんだけ成績ついてくるなら、そりゃ誰も何も言えなくなるわ。大したもんだよ。」
僕は2度の中間・期末と、学年総合4位につけた。
初めての中間はみんなまぐれだとか、たまたまだと言ったが、続く期末、2度目の中間と同じくらいの結果を出したら、授業に出ろだの真面目にやれだの言ってくる先生はほとんど居なくなった。
小出先生だけが、警察沙汰にはならない方が将来のためだと、こうして生徒指導室によく見張りにやって来た。
「警察はマジで話わかんねぇやつばっかだから。目付けられない方がマジでいいから。」
経験者が言うと、えらく説得力があった。

「何もらったの?チョコ?」
先生が興味津々そうなので、ぼくは箱を2つ積み上げて先生の前へ差し出す。
「あげるよ。」
先生はすぐさま溜息をついて僕の両肩に手を置いた。
「篠宮、おまえそれはちょっとひどいって。」
「そうですか?だって要らないもん。」
「いや、要らないとか、そういう事じゃなくてさ…」
「富岡なんて、篠宮こういうの好きじゃないと思うけど。とか言いながら渡してくるんすよ。分かってんなら持ってくんなよ。」
「おまえ、まさかそれ言ってないだろうな?」
「え?持ってくんなって?」
先生は僕の目を見てゆっくりと頷く。
「言ったよ。」
すまんね。信じてるぞ…っていうその目を裏切って。
「篠宮……。」
先生は頭を抱えている。
どうだっていいじゃん。、僕のことなんだし。
「それで?その手紙は?」
箱を差し出したことで手元に残ってしまった城野さんからの手紙を先生は指さす。
「あ、そうだ。先生今日城野さん見かけた?」
僕は様子がおかしかったかどうかを確認しようと尋ねた。
「見かけた?って、おまえさっき会ったんじゃないの?」
「会ったけど、なんかいつもと様子がえらい違ったから。」
そういった僕の言葉に先生はなにかピンと来たようで、僕の手を取って真剣に言う。
「篠宮、これは俺との約束ってことで、頼むから聞いてくれ。この手紙はちゃんと持って帰って読んでやってくれ。1回読んだ後はどうしたっていい。破っても捨ててもなんでもいい。
ただ、読まずに捨てることだけはせずに、ちゃんと、受け取ってやってくれ。」
僕は眉間に皺を寄せた。
えぇ、面倒臭い。
先生はもう一言付け足した。
「俺との約束を守ってくれたことで、明日、気が向かなかったら、1日休んでもいい。俺が許すから。」
休むも休むで、それはそれで母が面倒ではあるんだけど。まぁ、先生がそんなに言うなら、とりあえずこのまま捨てるのはやめておくか。
「あと、これもさ。1個ぐらいは食ってやれよ。甘いもん嫌いか?」
「別に、食えなくは無いけど…」
今、食おっか!と先生は言った。食わずとも中がなんだったのかくらいは見て把握しておけと言う。
たぶん、今までの人生で中身も見ず捨てて、失敗したことがあるんだろうな、と僕は思った。

中身は見事に被っていた。
「手作りの生チョコとか、手混んでるな〜。」
先生は覗き込んで美味そうと言う。
「約束通り、1個ずつは食べるから、あとはあげる。」
僕は間髪入れずにそれぞれのチョコを口に入れて、後を全て先生の前に差し出した。
先生はもう一度溜息をついて、ふたつの箱に対して丁寧に合掌した。
「今のおまえに言っても響かないかもしれないけどさ、こうやって誰かが自分を想ってくれることって、当たり前じゃないからな、篠宮。それだけは覚えとけよ。」
それぞれのチョコを口にしてどっちも美味いじゃんと先生は言う。

家に帰って、僕は先生との約束をちゃんと守った。便箋3枚にも渡る、城野さんの手紙をちゃんと読んだ。
読んで、ちゃんとメールで返事をした。

「ありがとう。
でも僕は城野さんのこと好きじゃないから。」

これが1回目のバレンタインだった。

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