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#15 第3段階【統合2】

新しい住まいに引っ越した日に友人から長くても三月いっぱいまでかなと言われた。


歩いて二十分ほどのところに川がある。その川は白鳥の飛来地になっているのでたくさんの白鳥が来る。

海も近いのでウミネコもいる。数種類のカモもいる。春には川沿いに桜が咲くとても気持ちのいい場所だ。


散歩中の思考が一ヶ月前、二ヶ月前、半年前と全然違うことに気づく。もちろん感情も全然違う。

ゆったりしていて安心している。

問題だったことがすべて解決したわけじゃない。ほとんど変わってないと言ってもいい。だけど気分が違う。とても穏やかで静かだ。


とはいえなかなか受け入れがたいこともある。
私たちに対して好意的に接する人に対しては楽にいい気分を維持できる。
でも好意的ではない人が目の前に現れると、反射的に体に緊張が走る。
胸の横に一本の鉄板が入ったかのようにピーッと冷たく固い感覚が走る。喉が詰まる。

でもこれもきっと徐々に受け入れることができていくのだろう。

無理に受け入れようとせず、瞑想をして本当の私の視点からすべてを観ることを意識してみる。



Linpが私たちのコンサルをリニューアルするアイディアを話してくれた。

それは私たちのクライアントさんにとってもとてもいいアイディアのように感じた。

数日後その名前はI・consultingとなり、サイトも出来た。I・consultingのIは「私」だそう。とてもいい!

私なりのヒーリングもI・healingとなりそのサイトも出来た。直観で動く時のLinpは決断と行動が早い!


I・healingは私一人でやるのだけれど、私の中にまた出てきた思い「私に出来るかな。」

I・healingはQEと同じように宇宙の高い波動が乱れた波動と干渉することによって勝手に相手を癒すものなので私がなにかをするものではない。

だから「出来るかな」という思いはそもそもおかしいのだけれど、その感情をよくよく見ていくと、結果を出したいとか批判されたくないとかいう自我の心が見えてくる。

とにかくヒーリングする時もしてない時も本当の私と同一化していること。

これが目標。いつも本当の自分と同一化していれば、いつもにそばにいる存在を勝手に癒すのだから。

この境地にはまだもう少し時間がかかりそうだ。



二月半ば。久しぶりに友人と会った。とても楽しかった。

翌日、突然「つまらない」という感情が湧いた。
これは昨日の友人とのことではなく、何かわからないものに対する感覚だ。

え、なに?

なんだこの感情?

ずっといろいろな本を読んできたけれど、もう知識はいらない。本も読みたくない。つまんない。
なんでここにいるんだろう。なんでこの土地にいるんだろう。


なるほど。自分では気づかない小さなストレスが溜まって、水風船が割れるようにパンッと弾けるのだろう。

久しぶりに全身にじんましんも出ている。


おしゃべりは楽しい。そのおしゃべりによって相手が何か気づくことがあったりしたら最高で、そういう時間を多くとりたい。

自然の色彩豊かなところに惹かれる。ずっとそこに留まるのか、一時そこに行って自然のエネルギーを浴びるのか。
とにかく自然の色彩豊かなところに滞在したい。


つまらないという感情も、こうしたいという思いも全部受け入れる。




引っ越して来てから数日経った頃、友人から三月末の予定から二月末までとのことを告げられ急に予定が早まった。

友人宅の家庭環境が変わってきたとのことで本人もいたしかたなくそうせざるを得なかったのだ。

私もそれは仕方がないことだとすんなり受け入れられた。



次の引っ越しまであと十日となった頃。

どこに引っ越すことになるかな。自我からの思考はいろいろ湧くけど、以前より心配してない自分が不思議。


出掛けた日、帰りのバス停でふと湧き出てきた怖れの感情。

引っ越し先が見つからなかったらどうなるだろう・・・

引っ越し先どうなった?探してる?と聞かれたらどうしよう・・・

バス停で立ったままその怖れと向き合う。

あー、怖いんだな。聞かれるのが怖いんだ。責められるのが怖い。怖いね、嫌だね。


バスに乗り、目を閉じて引き続き向き合った。

悲しみを受け入れたときと同じように、怖れが私を飲み込んでしまうかのように大きく膨れ上がった。

やばい、やばい、やばい、やばい、

それでもその怖れの感情と向き合い続けた。

怖いね、怖いね、怖いね、うぉーーー


大きく膨れて喉まで上がって口から出そうになった怖れは、そこから風船に針をプスッと刺したかのようにプシュ~っとどんどん小さくなり、スーっと消えていった。


静寂ーーー


そして至福感。


目を開けると、本当の私が喜んでるのを感じた。

「やっとわかってもらえた!気づいてもらえた!」という感覚。


どんな感情であれ、そのまま感じきるということが大事なんだ。

避けるより受け止めるほうが、すんなり消えていった。

童話の北風と太陽みたいだ。



私の中の不安や心配、さまざまなストレスの心を見る。ただ見る。

受けとめる。そして過ぎ去っていくのを見る。

それが「統合」だよとLinpが言った。


!!

なるほど、これが統合!


統合なのだと認識すると、今の不安や心配すら和らぐ感じがする。

また統合できるチャンスがきた。

認識してからのほうが統合がさらに深いようにも感じる。



三月一日。
結局行くところが決まらないまま友人の車に荷物を積んで友人宅を出た。

荷物だけをトランクルームに入れてあとはどこか他に寝泊りする場所を探そうかともしたけれど、Linpが実家に荷物を置いてもらおうかと考えてると言う。

実家からは以前滞在については「お断りします。」と返信メールがあったことを聞いていた私は、それを聞いてザワッとした。

荷物だけ置いておくのもダメだと拒否されるんじゃないかと思ったからだ。


「トランクルームと実家、どっちがいい感じがする?」

と聞くとLinpは、

「いい感じがするほうは選ばない。」

と言った。


なぜいい感じじゃないほうがいいのかよくわからないまま、

「じゃあトランクルームじゃなく実家に行こうか。」

と言った。


着いてみるとメールで返ってきてた反応とは違いすんなり荷物は置いてもらえることになった。

連絡してなかった間のことを少し話しながら、シュークリームまで出してもらった。おいしかった。

実家に来て話ができてよかった!

そして私たちは必要最低限の荷物だけを持って実家を後にした。

あのときLinpがなぜ「いい感じがするほうは選ばない。」と言ったのかあとから聞いてみた。

そうしたら、
「”いい感じがするほう”って自我の心だと気付いたんだ。つまり、迷惑をかけないことだったり嫌なことを避けられるってこと。

今必要なのは、自我の心が怖れるほうだよ。今まで両親との関係がうまくいってなかったことをここにきて見つめ直す時期だと思ったんだ。

前に師に沖縄に来てください。と言われた時に”いい感じがしたから”と言って沖縄に行くことにしたのとは今回は全然違うんだよ。

つまり、自我の視点で見た”いい感じ”の選択は安易な道で結果的に成長には繋がらないってこと。

本当の私である愛の視点で見た”いい感じ”とはこれまで排除してきた怖れの感情を統合していく自我にとっては険しい道のほうだからね。」


あー、確かに怖れてた。

怖れてたほうをやれたから受け入れてもらえて、関係も少し改善できる結果になったんだ。

#16 第3段階【真の自己との一致】へ続く


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