短編⑨

 気が付いたら1週間以上経ってたのでボツにしてたものを放出します。何故没にしたかはお読み頂ければ…若干R-15味、一人称視点、異世界転移モノ、なろう風味、ファンタジー、約9000字です。

 短編って一体…って感じですが、一応連載で無いものは短編という認識でございますので悪しからず。

* * * * * *


 最初は良かった。酷い根暗でも顔と能力さえあればハーレムも築けるし、仲間もついてきた。
 だけど、これはどうしたことか。

「ふざけんなよマジで。俺が何のためにチート能力もらったと思ってんだよ…」

 俺は一人、薄暗く湿っぽい鍾乳洞のような通路を進む。
 いや、通路、という表現は正しいが、俺が横並びで十人は優に歩けるレベルの巨大な空間だ。それもこれも、ここに出現する敵が見上げるようなデカブツから俺より小さいマメツブまで様々だからだ。

「詐欺だろ。どこが簡単なんだよ…」

 最初こそ芸術的なまでの美貌を持つ女神を崇めたが、今では恨みしかない。俺は視界の隅に透過表示したマップに表示された光点を見て大きくため息をついた。

無題
(仮題:チートで楽したかったのにラスダンが深すぎて楽出来ない)

 このダンジョンに挑んだ当初、俺たちは5人パーティだった。
 嘘みたいに露出度の高い魔鎧を身に着けたAランク冒険者の剣士マーシャ、弓と補助魔法が得意な出るとこ出ている美麗エルフの姫君、シャルラ、一方、ボーイッシュでロリ体系が実はコンプレックスなSランク冒険者の魔法使いロカ、常にニコニコだが年齢に触れると怖い美聖女、リリーエ、そしてチート無双で異常な昇進速度を見せる俺、Sランク冒険者の魔法剣士アキラ。

 まさにハーレムで、誰もが俺の隣を狙う、そんなパーティだった。
 あ、いや、ごめん、一つ嘘がある。ロカだけは俺が誘って入ってもらった。何しろ、周りが余りに俺を持ち上げるもんだから、一人はそういう人材が欲しかったんだ。
 いや、それはともかく。

 割と色々な冒険を潜り抜けてそこそこのレベル上げはしたし、世界基準で見ればかなりの高ランク…のはずだったんだ。

 歯車が狂い始めたのは地下100階でラスボスを見かけ苦戦しながら内心あっさり倒した後のことだった。

「…ちょっと、こっち来てアキラ」
「ん?どうしたロカ。宝でもあったか?」

 そう言われて押し黙るロカに怪訝な表情を浮かべながらそこへ行ってみると、そこには…下へ続く階段があったんだ。俺は首を傾げてそこを覗き込み、感知能力を広げる。このパーティに斥候職がいないのはその能力があるからだ。
 そしてその先は宝物庫や、ラスボスに付随するような遺跡のようなものでは無いようだった。特徴だけ見るのなら、そこは地下101階だ。つまり、このダンジョンはまだ続いている。

 だが、俺は女神様にそんなことは欠片も聞いていなかったし、この世界の常識でもダンジョンは100階が最深のはずだった。
 俺が黙り込んでいると、ロカが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「大丈夫?」
「あ、あぁ」

 彼女は普段は不愛想だが、付き合う内に心根の優しい少女だと分かっている。と言っても、自分の実力に並び立つ、あるいはそれ以上に位置する相手にしか好意を抱かないようだが。
 しかし、いつも無表情な彼女が僅かに眉尻を下げている様子は中々来るものがあるな。

「皆、ちょっと来て欲しい」
「何?お宝でも見つかった?」
「…なんでございましょう?」

 そこで、俺は皆を読んで緊急会議をすることにした。もし、これ以上先が続いているのなら、探索を続けるか、あるいは引き返すか、を決めなければならない。
 だが、俺は当時、かなり楽観的に物事を考えていた。
 何しろ、ラスボスは特に苦労もなく倒せたのだから、きっとこの先も大丈夫だろう、と。
 根拠も無くそう思っていたんだ。

 結果として、賛成3人、反対1人として俺が意見を言う前に多数決でなし崩しに決まってしまった。
 賛成したのは元より気が強い剣士のマーシャと、ラスボス戦であまり活躍できなかったエルフのシャルラ、ダンジョンに先があることに危惧を隠せない聖女リリーエで、反対は慎重を期して一度戻ろうと示唆した魔法使いロカだ。
 …ロカにはいつも苦労を掛けている。と思いながら俺は先へ行くことを決定した。

 だが、そこから先は不穏の一言だった。

 進めども進めども終わりは見えてこず、それどころか敵は強くなるばかりで、ダンジョンも俺の目の錯覚で無ければ道幅は広く、天井は高く、巨大になって行くようだった。
 最初こそ勢いづいていたマーシャとシャルラも地下120階を越える頃には失速し始め、リリーエの方も緊張はいつまでも続かないのか、俺と共にいても怯え始め、地下150階。とうとう賛成組もこれ以上進むことに疑問を持つようになってきていた。

 それだけでなく、敵も順当に強くなっている。
 地下100階までの敵は分かりやすい強さ、いわゆるパワー型や体力型が多かったが、地下100階を越えると、いやらしい敵、つまり状態異常型や物理/魔法無効型などが現れるようになってきた。
 これに対した仲間達のストレスもかさみつつある中、地下155階でとうとうマーシャが音を上げた。

「…ごめん。アキラ。あたし、もう無理かも」
「……マーシャ?」

 彼女が弱音を吐くのはこれが初めてだった。どんな敵でも剣一本でなぎ倒してきた彼女が一番最初に折れるのは正直意外だった。

「まさか、あたしの剣が通用しないヤツがいるなんて…もし、今後そのタイプの大型の敵が出てきたら、あたしは前衛を張れる気がしないよ。知ってるだろ?あたしは攻撃特化だって」

 まるで今まで我慢していたかのように一気に言葉を吐き出して、彼女は疲れたように笑った。確かに、彼女は魔鎧とはいえ軽装で、しかもその効果は全て攻撃的なものだ。むしろ、ほとんど紙のような装甲でよく今までやってきたと思う。
 …いや、だからこそ、一撃で致命傷を負う可能性がある状況でそんなことを言ってきたのかもしれない。彼女もまたふざけた格好をしてはいるがAランク冒険者だ。引き際を見極めることもできる。
 これまでしてこなかったのはする必要がなかったからだろう。

「…分かった」
「…本当にごめん」
「謝る必要は無いよ」

 そう言いながら俺は彼女を地上に送るための魔法を準備する。彼女たちをこんなところまで連れて来たのは、これがあるからでもあった。けれど幾らチートとはいえ、世界に干渉する魔法の発動には時間がかかる。
 …本当はもう少しいて欲しかった。彼女が場にいるだけで多少、気持ちが軽くなっていたから。
 快活な人はいるだけで効果がある。…根暗な俺とは違って。

 その後は一気に瓦解した。せめて空中分解で無かっただけマシだろう。その1階後でシャルラが音を上げ、地下180階でリリーエの体調に限界が来て脱落。残ったのはロカだけで、彼女も地下180階移行は俺の戦闘を見ているだけになってしまう。
 実力が、足りなくなってしまったのだ。

 確かに俺と彼女はSランク冒険者ではあった。けれど、彼女は順当に実力をつけてSランクになったのに対し、俺は規格外のチートの力で高速昇格したのだから、その差は歴然だ。
 ロカは最後まで俺の元に付いてこれたことを最初こそ誇りに思うように表情が彼女にしては緩やかだったが、いずれ敵との実力差が開き始め、その知識もろくに役立たなくなると苦い表情を隠さなくなってしまった。

 俺としては、彼女に戻って欲しくはない。今も、守ることは出来ている。けれども、地下200階に到達し、そしてそこに別段ボスもおらず、その先へ続く階段が見えている今、俺は彼女の精神状態も気にしなければならない段階ではないかと考え始めていた。
 俺の我儘は、俺が我慢すれば済むことだ。彼女の命を危険に晒す必要は無い。

「……」
「……」

 無言の、食事だ。食事は俺のインベントリから出来立てのものを取り出しているはずだが、それでも、2人して沈痛な無言の雰囲気を醸したまま食べる食事はとても美味しいとは言えなかった。

「ありがとう」
「っ!」

 その一言で、賢い彼女は理解したようだった。目を見開いて俺を凝視した後、唇を噛むようにして俯いた。ぽたりと雫が垂れる。その雫は赤い。悔しさに唇を噛み切ったのかもしれない。
 そんな彼女に、俺は何もしてやれなかった。

 俺が魔法を準備する間も沈黙は続く。その間に俺が出来たことと言えば、必ず戻るという約束だけだった。魔法発動の光の中、一瞬見えた彼女の表情は今にも泣き出しそうで、俺は思わず手を伸ばし…
 その手は空を掻いた。そこから俺のソロが始まった。


 なんて感動的に書いてしまったけれど、それはそうでもしないとこのやさぐれた心が悲鳴を上げるからで。

 …俺にも純粋な頃はあったさ。ちゃんと自力でプレイしてラスボス倒して、裏ボスに挑んであっさり負けて涙をのんで鍛えなおして辛うじて倒して歓声を上げたことだって。
 だけど、中身がもう大人の俺はもう、そういうのはいいんだ。
 新鮮な気持ちで楽しめたあの頃の俺はもういない。
 物語はコンテンツとなり、レベル上げは作業に、あれだけ色鮮やかに存在したはずの世界は、液晶が発する色が付いた光の集まりとなってしまった。

 それが嫌だとは言わない。戻れるならあの日に戻りたいとも思わない。ゲームはゲームで楽しいし、実在しないならしないで別にいいからだ。
 俺がそれを体験しなくても楽しいなら楽しいでいいじゃないか。そんな割り切りをするようになった。

 だからチートはその一環だ。楽しむための一環。
 ゲームが現実になったなら。死ぬリスクを排除して楽しくやりたい。誰もがそう思うだろう。何しろ死ねば復帰不可能なゲームオーバーだ。
 ゲームにして言えば一度ゲームーオーバーになれば壊れるか、あるいはデータが消えるとかで二度とプレイできなくなる。そんなもの、誰がプレイしたいと思うのか。いや、一部の物好きにはいるかもしれないけど。

 だからチートを望んだし、だからお気楽旅を望んだ。っていうのに。

「地下501階はまだあると。そろそろ勘弁してくれないかなぁ」

 そうやって俺は一人でぼやく。敵の強さは地下200階でガッと上がって、後は微妙に強くなってきているかな?というそんな感じだ。そしてチートであっさり、というわけには行かない。
 というか、チートで渡り合えている。チート前提の強さ、そんな感じだ。

 俺だって、元はそこそこRPGやアクションゲームをやっていた。だから素人じゃない。戦略も考えようと思えば考えられるし、敵が新しい能力を使ってきてもそれなりの対処はできるつもりだ。
 酸を吹きかけられれば、シールドで防いだり、アルカリで中和したり。敵が弾幕を張ってきたら障害物を作って回避したり、隙を見て反撃したり。

 危ない場面も無いではない。でも、俺は自力で治癒魔法を掛けられるから、リジェネフィールドを展開していればそれなりに緊急事態は回避できている。

 けれども、だ。ゲームは長時間すれば疲れるもの。これまでチートで楽をしてきた俺はもうへとへとだ。そのお陰で休憩の時間が増え、攻略が遅々として進まない。ここまでくるのも何日かかったか分からないほどで。
 もしかしたら優に1年は経っているかもしれない。そんで、地上に残した美女たちはもう他の男を…
 …。

 もう、ほとんど。俺の気力を支えるのはそのことぐらいだ。
 結局一番長続きしたモチベーションが性欲とは、若い体も捨てたもんじゃない。
 ちなみにだけど、ロカまで彼氏を作っていたら俺は二度と立ち上がれないかもしれない。実は憎からず思ってたんだ。…最初は気難しい友人ポジだと思ってたけど。

 そうやって、女の子のことを考えながら次の階層を目指す。
 …最深層まで俺の正気が保たれることを願って。


 光が見えた気がした。気のせいかもしれない。
 もう、地下何階なのかは分からない。999を越えた時、数えるのをやめた。何年たったのかも分からない。そもそも時計も陽の光もないのでは数えられなかった。
 だけど、そうか。やっと終わりか。

 そう、思ったのに。

 そこはいつか見たような真っ白な世界で。
 あのクソ女神がにこにこしてこちらを見ていた。

「ふむふむ、中々いい感じに育ってるわね。それじゃあいただきまーす」

 俺は一瞬何が起きたのかが分からなくて。

 次の瞬間、俺の中に圧縮していた緊急時のためにため込んだ魔力が暴走して女神を消し炭にした。


 俺はこれを魔法の新しい形、魔沌と呼んでいる。別に羊肉とは関係ない。
 単純な魔力の暴走だが、それを制御し"適切に暴走"させることで従来の数千倍の威力を出すことが出来る。地下999階以降はずっとこれでやってきたのに…女神は見ていなかったんだろうか。
 いや、もう暫定女神で、女神の形をした何かと言った方が正しいのかもしれないけど。

「おーい、女神さん?って、返事しないか。流石に」

 ちなみに、俺が正気を保っていられたのは前世の放置ゲーのお陰だ。
 あれは数字が増えていくのを楽しむ作業ゲーだから、その感覚でやっていたらあっという間だった。明鏡止水、無我の境地。色々言い方はあると思うが、要は思考停止、ってやつな。

 もしかしたら、これまでに食われたヤツは正気を失ってたのかもしれないけど…残念。俺は正気でした。自分でもよく正気でいられたなと思うわ。不思議。
 やっぱり根暗特有の生活習慣の崩壊による時間感覚の消失をよく経験してたからだろう。いや、かっこよく言って見たけど、ただの引き籠りだったってだけの話。

 ところで…。

「これ、どうすればいいんだ?」

 周囲は相変わらず距離感覚が掴めない真っ白な空間。歩いても現在地から進んだからさえ分からない。
 はた、と、もしかして次はここを延々と歩かなきゃならないのか…?と最悪の想定をしたところで、上空がくぱぁ、と開いて、そこから何か降ってきた。…そこ、卑猥とか言わない。俺は正気を保つので必死だったんだ。

「おや、おやおやおや!ありがとうございます!」
「…はぁ」

 にこにことアルカイックスマイルを浮かべる男性の神様っぽい人。いや神様なら人じゃないか。そんなくだらない突っ込みを内心でやりながら、如何にもで怪しい男を眺める俺。
 そいつは俺の視線に方を竦めて改めて頭を下げた。

「超展開でお困りのところ申し訳ありませんが、事情を説明しますね」
「…はぁ」

 その男が言うには、自分が元々その世界を収めていた神様だったのだが、他の知り合いの神のところが忙しいということで、そっちを手伝いに行っていたらしい。
 そこで、後任、というか一時的に自分の子供たちの一柱(神様はそうやって数えるらしいぞ)をこの世界を管理する神として就けたところまではよかった。

 しかし、その神がポカミスをやらかし、神界への邪神の侵入を許してしまい、その結果、乗っ取られて数百年もの間、こんなことが繰り返されてきたのだとかなんとか。
 先日、手伝いを終えた神様が取り戻そうとどうにか頑張っていたところ、俺が登場して邪神を吹き飛ばし…ということらしい。

「質問というか引っかかることは山ほどありますけど」
「なんでしょう」
「俺をここから出してもらえません?ダンジョン?の外に」
「ほほぉ…真相には興味が無いと」
「正直どうでもいいです」

 そもそも俺の目的はさっさと攻略して戻ることである。
 俺はさっさとあのハーレムの中に戻りたい。
 ところが、神様は肩を竦めて申し訳なさそうに言った。

「ですが、本当に申し訳ありませんが、最後まで聞いて頂きます」
「なんで?」
「っ!その凶悪な力の塊を収めては貰えませんか!?」
「理由次第で収めます」
「この度のことを例のダンジョンと共に神話として後世に語り継いで欲しいのですっ。そもそも今回の件は私の力不足も原因の一つ、地上で信仰心が高まれば私の力はより増し、子供たちの裁量も増やすことが出来るっ。今後、このようなことが起こらないように私は__」
「俺は別にどうでもいいけど」
「そこで…取引をしたいのです」
「分かった。これをしまってやるから引き換えに俺を帰せ」
「わ、私が消滅すればこの世界も消滅するのですよっ!」
「…それは困るな」

 俺が手の先で魔力が解けるように操作すると、それは散り散りになって周囲に溶けた。もちろん、回収できる分は余さず回収している。そんな俺をみて神様は、まさか人の子に脅される日が来るとは…と、戦々恐々としていた。

「神様でも、これが怖いのか」
「そう、その力が問題です」
「…つまりこれを封印しろと」
「いえいえ、逆です。それを封印しないでいいので、神話をお願いします」
「いや、別にいらないし封印してもらってもいいけど」
「…その場合は申し訳ありませんが、魔法が使えないことになりますけど」
「…」

 神様が言うには魔力の暴走の制御は魔法の素質によるもので、魔法が使えるなら誰でもその境地に辿り着く可能性があるらしい。ただ、エルフのような長命な種族でもそこに至るには凄まじいセンスと経験と才能が必要らしく、理論上可能だが、現実的には不可能、ということらしい。
 俺がこれを出来るようになったのは邪神のダンジョンの時空が歪んでいて、さらに俺がチート持ちだったことに起因するのだとかなんとか。というか似非女神は邪神で確定なのか。我が子なのに随分な言い様だな。
 いや、的は射てるけど。
 …そういえば。

「チート、というかこの才能も邪神からもらったものなんだけど」
「ええ、その能力が無ければこれほど早期に助かることもなかったと思うので、いいですよ」
「…」

 そう言われると取引に乗ってもいいような気がしてきた。何しろ俺は顔と才能しかない男だ。どっちか一つでもなくなれば彼女たちが離れていってしまうかもしれない。それは嫌だ。
 それに。切実に早く帰りたい。俺はもう面倒ごとはたくさんなんだ。

「分かった。神話の内容は?」
「コチラの冊子に纏めております。読むのも面倒でしょうし、今から知識を流し込みましょうか?」
「そんなことして大丈夫なんだろうな?」
「ええ、あなたは計らずとも邪神ダンジョンで強化されておりますので、これぐらいなら大丈夫のはずです」

 …一体俺は何年あの場所にいたんだろう。いや、実際には時はそれほど経ってないらしいから、身体年齢は重ねてないはずだけども。そう思うとなんかちょっと怖くなってくるな。
 まぁ、ほどほどに、と許可を出せば、丁度本一冊分の物語が頭の中に流れ込んできた。なんかアニメでも見てる気分だ。割と優しい感じで助かった。頭痛とかしなくてよかった。
 と思っていたら。

「慎重に、ゆっくりと流しました。いかがでしょう」
「あ、あぁ、ありがとう」

 案の定手加減されていた。先に言っといてよかった。
 神様から手渡された冊子もインベントリに入れれば準備万端だ。

「ではこれで」
「ええ、神話の件。よろしくお願いします」

 俺はにこにこ顔で手を振る神様に見送られて神界を後にした。


 地上に戻って。
 最初に俺の元に駆けつけたのはなんとロカだった。

 約束通り神話を広めるために教会にこっそり神話の本を置き、寝入るシスターさんたちの枕元に立ち、ぼそぼそと神話の断片を呟いて記憶に刻み込み、教会を出た直後。
 俺は何者かに体当たりされて、とうとう刺されたか!?と思った瞬間、聞き覚えのある涙に濡れた声に固まった。

 まだ誰にも戻ったことは伝えていなかった。先に各地を回って神話を広めてからにしようと思ったんだ。皆に会ってからこっそりやるのは大変そうだし、俺は夏休みが始まる前に宿題は済ませておくタイプだったから。
 どうして、俺がここにいると分かったのか、と尋ねようとして、顔を上げた彼女に目を奪われた。

 それは俺が女日照りだったからか、それともロカに好意を寄せ始めていたからなのか。その涙に濡れ、鼻水も垂れているはずなのに、頬は上気して月の光が反射して輝く瞳を見て息を呑む。そんなのは少女漫画か、あるいは恋愛物語にしか無いと思っていたのに。俺はその泣き顔に一目で惚れた。
 彼女が何か言う前に、俺は彼女に唇を押し付けていた。色気も何もないそのやり方に驚いたのか、彼女は両目をいっぱいに見開き、俺を突き飛ばした。

 彼女の荒い息が聞こえる。月明かりの先で彼女が俺を睨みつけ、すぐに目を逸らせた。

 沈黙だ。気まずさも当然ある。けれども、俺はそれに懐かしさを感じた。

「ありがとう」
「っ!」

 すぐにその言葉が出て来た。彼女は一瞬言葉に詰まって、俯いた後、小さな小さな声で呟いた。

「おかえり……なさい」


 ハーレムなんていうのは若気の至りだったと今でも思う。
 大事なのは気持ちと、どれだけ互いを想い合っているか、だ。

「愛してるよ、ロカ」
「…もう、急に言うのは止めて」

 そんなことを言いながらも俺の愛する女性は唇の端がニヤけるのを止められないでいる。
 彼女と俺は今、二人旅をしている。結局、とうとう迎えに来なかったかつての仲間たちを置いて。
 もしかしたら、いつか会うかもしれないが、その時はその時だ。

「無口だと思ってたらただの人見知りだったなんてな」
「何だよ。嫌なのか?」
「嬉しいよ。俺に心を開いてくれて」
「っ!」

 彼女は意表をついた時が一番表情豊かだ。今でも表情は大分分かりやすくなってきたが、やっぱり驚いたときの顔が一番いい。

「そうやってからかって、楽しいか?」
「俺はいつだって真剣だぞ」
「そんなこと言って、目が笑ってるぞ」
「バレたか」

 神話を広める旅には誰も連れて行かないつもりだった。
 でも、彼女には全て話したし、俺の嘘みたいな話も信じてくれた。
 だから…

「なぁ、ロカ。この旅が終わったら…」
「魔物だ。話は後で」
「…ああ」

 この度が終わったらどこか一所に落ち着いて、小さな結婚式を上げて、共に暮らそうと思う。

 終わり

* * * * * *

後書き ※この後書きはネタバレを含みます。

 

 超展開に次ぐ超展開。元々の神様が妙に緩いのは仕様です。お前、そんなだから我が子が邪神化するし、数百年もそのまんまなんだよ!って話。というのは後付けで書いてるときは全く辻褄合わせとか考えてませんでした。

 それでもここまでまとまった…まとまった?のは珍しいと思い、消さずに残しておいたものになります。僕が書く超展開ものは大抵、ん…これラブコメか?という内容に落ち着きます。無意識に飢えてるんだろうな…。

 ではまた、機会があれば。

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