クラブ説明会の内容を大公開〜Girls be ambitious!
こんにちは。LINDA SMILES 代表の久保田です。
3月より「プレスタート」と称し練習や練習試合などの活動は始めていましたが、2023年4月1日をもって、改めて正式にスタートという形になりました。
まずは、これまでご支援ご協力いただいた皆様に心から感謝申し上げます。
これに先立ち、3月11日(土)にはホーム・新横浜公園お隣の日産スタジアム会議室にて、クラブ説明会を実施しました。
クラブの理念や趣旨、指導方針などを選手たちや保護者の皆様に共有していただく目的で実施したのですが、当日参加できなかった方、また参加した方々への備忘録としても残しておこうと思い、説明会でお話しした内容を動画として編集し直し、ナレーションも入れてクラブのYouTubeに限定公開という形で先日アップしました。
しかーし!その中に入れた複数の映像が何と天下のFIFAから著作権の申立てを受け、あっさりBANされてしまいました。
FIFAさんごめんなさい許して下さいもうしません(泣)
と、いうわけで
動画としてYouTubeに残せなかったので、今回このnoteに改めて内容をまとめてみたいと思います。
メンバーの皆さんだけに見れらる形にしようかとも思ったのですが、決して恥ずかしい内容ではないですし、当日お話ししたオフレコの内容はもちろんここでは書かないので、思いきって全世界に公開しますw
それでは、正直かなり長いですがどうかお付き合い下さい。
目次もあるので、読みたい項目だけ読むこともできます。
第一章 〜 クラブのこと
LINDAのモチーフになったもの
クラブ名である LINDA SMILES の LINDA は、言わずもがな
THE BLUE HEARTS の名曲「リンダリンダ」から。
これらの歌詞をそのまま体現するクラブにしたい。その想いを強く持ちました。
この曲は、人が持つそれぞれの美しさを謳ってる歌。
LINDA はスペイン語で「美しい」という意味でもあるんですよね。
サッカーでも、選手一人一人が持つ美しさ、そしてそれそれが想う美しさを表現してもらえたら。そう強く思っています。
また、このリンダリンダをモチーフにつくられた「リンダリンダリンダ」という映画があります。
この映画で描かれる女子高生4人の物語は、まさにLINDAの理想像そのもの。
こんなクラブをつくりたい。この映画を観て、その想いがさらに強まりました。
女子クラブをつくるなら
この画像はホームページにもそのまま載せているものですが、この中でも特に強調したかったのが「必ず更衣室のある場所で練習をする」「希望者には送迎も」という点です。
中高生年代の女子を対象にするクラブなので、このようなハード面や安全面は、決して蔑ろにしてはいけない部分ですよね。
自分はこれまで長く女子サッカーの現場で仕事をしてきましたが、更衣室がない会場がとても多く(というかほぼない)選手たちは外やトイレなどで着替えることが普通でした。倉庫の中とか⋯ 更衣室として倉庫を用意してくれるだけマシですが。
外で着替えるときは女子の必殺技「服の中で服を脱ぐ」やつ(どう表現していいかわからないけど、いわゆるアレです!笑)で、みんな体をクネクネと捻りながら着替えるんですよね。あとは最初から下に着て来るとか。
電車に乗って街を歩いてくるのなら普通に好きな私服を着てくればいいと思うし、中高生たちなので平日は学校からそのまま制服姿で練習会場に来ることも多くなるでしょう。だから最初から下に練習着を着てくるのも不便じゃないですか。なので更衣室は必須なんです。
「女子サッカーの人口を増やしたい」と日本サッカー協会はよく言います。
「だったら更衣室のあるグランドを増やして下さい、でないと増えないですよ」というごく当たり前の要望はなかなか届きません。
こういったハード面の問題に対してもクラブの活動を通して発信し、改善に向けての一翼を担っていければと思っています。
会場の最寄り駅まで一緒に歩くとか、現地集合が難しい選手とは一緒に行くとか。それも「当たり前のこと」として、普通にやっていければと思います。
リーグ戦への参加
中学生たちは神奈川県サッカー協会主催のU-15リーグに参入が決定し、うちは新規クラブなのでまずは4部リーグからのスタートとなります。
僭越ながら、久保田が4部リーグの事業担当も仰せつかりました。せっかくなのでこれを機に他チームの方々との関係性をさらに深め、LINDAの今後のスムーズな活動へと繋げていければと思っています。
中学生だけでなく新高校1年生も3名加入してくれたので、当然彼女たちにも「公式戦」を経験させてあげたい。なので、年齢問わず参加できる「県リーグ」への参加を検討しています。そこにも、中学生たちは出てもらうことになります。
リーグ戦だけでなく良き相手との練習試合も多く実施し、県協会や市協会、また民間主催によるカップ戦やフェスティバルなどにも参加していきます。
3つの理念
サッカーの勝ち負けや技術の上達も大事かもしれませんが、それ以上に大切にしなければいけないことがある。それをわれわれスタッフは常に意識し、選手たちにも感じ取ってもらい、自然に無理強いなく、それぞれを表現できる場所になっていければ。そうすればより応援されるクラブにもなるでしょうし、それぞれにとって安心できる居場所にも、きっとなっていけるのだと思います。
ユニフォーム
ユニフォームはこんな感じです。Chapeuさんにお願いしデザインもしてもらいました。ホームが紺、アウェーが赤。シャツ〜ソックスまで一色で揃えて着る日もあれば、紺・赤・紺 みたいにコーディネートして着る日があってもいいと思い、組み合わせても不自然でない色を選びました。GKは黄色と水色です。
第二章 〜 サッカーのこと
日本で一番、ゲームをするクラブ
これはぜひ強調したいところなのですが、サッカーは結局ゲームです。複雑な練習メニューであたかも「練習やった」感を与えられるのではなく、ゲームの中でいろんなシチュエーションが生まれるように条件やルールを多様に設定し、そこに選手はトライする。そうしてゲームに没頭し、楽しんで真剣勝負をし、気づいたら勝手にレベルが上がってる、、この理想を目指します。
それだけでなく、もう中学生で大人なので「気づいたら勝手に上達させられていた」だけでなく、選手自らが「自分は今こういうことがうまくなりたい。だからこのゲームの中でそれを練習する」という内発的動機マインドで、日々のゲームに臨んでくれたら最高です。多種多様なゲームを用意しますので、お楽しみに。
うまいという言葉をなくす
「うまい」という言葉があるから「うまくない」「ヘタ」という言葉が生まれ、それが劣等感や変な序列を生み出してしまうのではないでしょうか。
「うまい」という言葉の概念や定義って、考えてみたら無限ですよね。でも日本では「ボール扱いがうまい」というような目に見える表面的な部分に対してどうしても「うまい」という評価をしがちです。もちろん専門家はそういう見方はしないでしょうが、サッカーに限らず、球技全般そういう傾向はあるでしょう。
ボール扱いがうまくできなくても
・ポジショニングが良く、ジャストなタイミングでボールを受けられる
・守備の対応がべらぼうに得意
・味方の囮になり、スペースメイクのために走ることができる
・コーチングが的確
・ドリブルで相手を抜けなくても、相手のラインを破るパスが出せる
・その他、たーくさん色々
このように、選手それぞれ「出来ること」「得意分野」があるはずです。
そこを見つけてあげて、さらに引き出してあげて、磨いてもっともっと伸ばす。コーチの役目はそこにあると思ってます。だからLINDAでは、簡単に「うまい」という言葉を使いたくない。この言葉に安易に逃げたくない。
極端に言えば、ボールにさわらなくてもサッカーはできます。
ボールは友達じゃない
「ボールは友達!」と大空翼くんが言っていましたが、ボールは決して友達ではありません。友達を蹴ってはいけない。ボールは道具。大事な道具ですね。
だからこそ忘れずに持ってくるし、綺麗に拭いてあげるし、ボロボロになるまでとことん付き合って、大切に使うもの。
でも、やっぱりボールは友達ではなく道具。本当に見るべき友達は、ピッチの中に何人もいるじゃないですか。
日常で使う道具は、見つめていては使えません。鉛筆は勉強の道具ですが、文字を書くときに鉛筆は見つめないですよね。お箸を持つときもそう。自転車も中高生には欠かせない道具ですが、自転車に乗るときに自転車を見つめていたら事故ってしまいます。
サッカーもそれと同じ。道具であるボールを真っ先に見つめ、ボールから目を離さずにプレーしていたら、味方と相手が入り混じるピッチの中では何もプレーができなくなってしまう。
ピッチにはボールよりも大切な友達がいて、ボールよりも見るべきものがある。これを、普段の練習の中でしっかりと伝えていかなければなりません。
これを伝えるのは、サッカー指導者に課せられた絶対的な責任です。
しっかり教えること
うまいという言葉から解放してあげて、本当のフットボールを体感させてあげながらレベルを上げさせてあげたい。そうしていくことでサッカーの楽しさをさらに知り、楽しさがさらに増していく。そんなサイクルの日々を過ごさせてあげたいのです。
そのためには、サッカーの仕組み(原理)を知る こと。
仕組みを知り、それに慣れていく。その中で自分がどう振る舞えばいいのかを身をもって体感し、学んでいくということです。
だからこそ、巷でよく見かける風景そして「こういう指導がいい」と言われがちな「どうする〜?考えてごらーん?」なんていう指導は最悪だと自分は思っています。ご意見は多々あるでしょうが、これは声を大にして言い続けたい。偽善的な指導は指導者の自己満であり、責任放棄だと思うのです。
指導者は、選手がそのとき何を教えて欲しいのかをしっかり感じ取り、それをタイミング逃さず教えてあげなければいけない。
それは試合でも同じ。前半うまくいかず、ハーフタイムになりベンチに帰ってきた選手たちは、監督やコーチに一体何を言ってほしいのか。それは決して「叱ってほしい」ではないですよね。そんな選手一人もいないはず。どうすれば後半うまくいくか、それを教えてほしいと思っているはずです。
それを感じ取ることもできず感じ取ろうともせず、選手たちを救ってあげることを言えないのならば指導者として失格。ただただ気持ちの部分にフォーカスして叱り飛ばす人、結構多いですよね。いや気持ちも大事ですけど、気持ちにアプローチするのなら、選手のハートに自然に火がつくような言い方があるはずです。
ピッチをどう見るか、どっち側から見るか。
この状況をどう考え、どう解決に導いていけるのか。
何を思いながらプレーするのか。
考えてごらんと言うのなら、このように見方や考え方、そしてマインドの部分ををしっかりと伝えてから。
ただ楽しくやるだけじゃない。ただ、居場所になるだけじゃない。
サッカーの仕組み(原理)を知り、見方や考え方を知っていきながら、段々と
キモ、いわゆるコツを知る。それを自分なりに利用していく。
フットボーラーとしての階段を上がっていくためにここは決して外せません。
それは「どうする〜?考えてごら〜ん」だけでは決して辿り着けない領域。
だからこそ、ちゃんと伝えて教えてあげないといけないのです。
例えばこんなこと
例を挙げればキリがないですが、その中からほんの少しだけ。
例えば
「さわるから、ミスる 」
これは原理ですよね。ボールは勝手にミスをせず、ボールをさわる人がミスをする。だから転がってきたボール(パス)をさわらずにターンできるならばそのままターンしたほうがいいですし、ミスも起こりません。となると、さわらずにターンできるかどうか、その前にスペースを確認することが必須になってくるわけです。いつ見るか、どこを見るか。そこをしっかり教えてあげないといけない。
パスをさわらずにターンして相手を置き去りにしてしまう。ベルギーのルカクのプレーがわかりやすいです。
(ルカクのノータッチターンは2:30〜)
さわるからミスる、とは少し毛色が違いますが、記憶にも新しいカタールW杯ドイツ戦、堂安の同点ゴール。
(堂安のゴールは9:13〜)
動画で確認するとよくわかりますが、堂安は目の前にこぼれてきたボールにそのまま向かっていきシュートを打つのではなく、寸前に「タタン!」と細かいステップを入れて調節しています。このおかげで、ボールをふかさずに打てた。
ボールにさわる前のステップはマジで大事だということを自分はあらゆる指導現場で伝えているのですが、この堂安のゴールはとてもわかりやすい例でした。
ファーストタッチの前にファーストステップ。こういうこともしっかり伝えなければ、選手が可哀想です。
「 ドリブルの考え方 」
ドリブルは相手を抜くためや前進するためだけではなく、相手を引きつけるため、相手の意識や視線を集めるため、つまり味方をフリーにさせてあげるためにするとさらに効果的。
この考え方を知っていれば、ドリブルに入る最初のタッチが違ってきます。方向も違ってきます。何より、頭と心が変わってきます。
技術は脳と心が出すものです。
この後に味方へスルーパスを通すためにどういうコース取りやタッチをするのか、これは脳。
自分がこうしてドリをしていくことであいつがフリーになる。あいつのために、今あえてドリをしているんだ。これは心。
メッシがW杯の準々決勝オランダ戦で見せた1点目のアシストがまさにこれでした。メッシはドリブルを効果的に使う、世界最高のパサーなのです。
(メッシのスーパーアシストは2:11〜)
「パスの考え方 」
パスにもいろんなパスがあります。
相手の間を破るパス、味方の足元に出すパス、渡すパス、預けるパス。
一見その場では意味のないような些細なワンツーや横パスでも、それを繰り返すことでジャブのように相手の目を揺さぶり、蓄積させて疲労させるジャブのようなパス。「預けるパス」と書きましたが、預けるということはもう一度どこかで返してもらう前提になりますね。だからパスの後にどう動くか、という引き出しにもなります。渡すパスなら、投げたり蹴ったりしてはいけません。文字通り「渡す」んです。優しく、丁寧に。
パスはそれが通れば成功なのではなく、そのパスを受けた味方にアドバンテージを与えられるかどうかが大事ですし、受けた選手がその後のプレーを成功できるかどうかで決まるもの。
だから「自分が苦しくなったから」といって放り出すようにパスを蹴ってしまう子がまだ多くいますが、そのようなパスはしてはいけないし本当のパスではないということを、ちゃんと伝えてあげるべき。これは心の領域でもあります。
「ミラーパス」
ボールを持ったAさんが後ろを向いている。それに対して前向きなBさんが一旦パスを預かり、Aさんの背後を走るCさんへパスを通す。これを「ミラーパス」と言います。BさんがAさんの鏡になってあげるということですね。
横ミラー、斜めミラー、縦ミラーもできる。
(7:18〜ミラーパスからのゴール)
このミラーパス、LINDAでは意図的にめっちゃ練習してもらいます。
サッカーは人と人が人の間でやるもの
人は、こうなればほぼこうなる
そんな「人間の原理」をサッカーに置き換えプレーに活かす。これを一流選手たちはみんな知っています。例えば
自分がこういうタッチをすれば、相手はこっちに一つズレるとか。
人は味方同士で並んだら必ず譲り合ってしまう生き物。だからセンターバック2人の間めがけてドリブルすれば簡単に割っていけるとか、そこにボールを放り込めばフリーでヘディングできるよとか。
このように
「こうすれば、ほぼこうなるよね」
というアイテムをたくさん織り交ぜながら、練習していければと思っています。
デブライネはサッカーを知っている
そんな一つの例ですが、この画像はロシアW杯準々決勝「ベルギーvsブラジル」でベルギーのデブライネがシュートを打とうとしているところ。目の前に対峙するのはブラジルのマルセロです。
この時点ですでにボールひとつ分のシュートコースがありますよね。でもこのコースが、もうちょっと空くんです。それをデブライネはちゃんとわかっていた。
それはなぜか。実はこの右側にもう1人ベルギーの選手が走っていて、その選手に気を取られたマルセロがそっち側に釣られてしまいコースが空くんです。
走ったその選手はそれが目的で走っている。このゴールを生んだ功労者。こういう走りを意図的にできることも「サッカーを知っている」と言えるのでしょうし、さらにそれをちゃんとわかっていて活かしたデブライネも、サッカーを知っている選手ということです。
(デブライネのゴールは2:39〜)
こういうことは練習の中でちゃんと伝えてあげて、選手自身が身をもって体感しないと永遠にわからないこと。考えてごらーん、では一生辿り着けない領域。
これを、うちでは笑いながらアハ体感させてみせます。
日本で一番、ロンドをするクラブ
ロンドとはいわゆるボール回しのことですが、ロンドをしながら、自分がこういうタッチをすれば相手はこうズレる、だからこうなる⋯的な、これまでに書いてきたようなサッカーの仕組み、原理、キモやコツを、うちでは「ロンド」の中でたくさん練習したい。ウェーイ!ぎゃーっ!チャリーン、などと一見笑いながらやっているように見せかけ、実はロンドの中でフットボールをめっちゃ練習してるそんな日常。ゲームとロンドを両立させながら、笑いとフットボールを高いレベルでリンクさせ両立させていきます。
少しだけ種明かしをすると
「ロンドはボール回しじゃなくて相手回しだよ」と言うだけで選手たちのプレーがガラリと変わります。ボールを動かすのは相手を動かすため。相手に穴を開けるため。
これがまさにフットボール。ゲームと同じく多種多様なロンドを用意していきます。これもお楽しみに!
ちょっとした視点の変換
ここで問題です。
「あお」
これを一瞬であかくして下さい。
これは実際クラブ説明会の日にも皆さんにやってもらったのですが、頭の中が柔軟な子どもたちはこれすぐにわかっちゃうんですよね。でも頭の中が凝り固まっている大人はなかなか解けない。僕も最初はまるでわかりませんでした。
青を赤くして下さいではなく、あおを、あかくして下さい。
・・・
あ、かくして下さい。
・・・
はい、もうわかりましたね。そういうことです。まだわからない方は一生モヤモヤし続けて下さい笑
これは一つの例ですが、このような「ちょっとした視点の変換」を選手たちにはたくさんしてほしいのです。そしてそれを活かした指導をしていきたいとも思っています。
例えば
「相手よりも先にボールにさわる」
これを、意味を変えずに別の言い方をしてみて下さい。
答えは「相手に先にボールをさわらせない」です。結果として、急がずとも自分が先にさわれることになりますよね。
この変換ができれば、プレーが変わってきます。
「相手よりも先にボールにさわりたい。だからボールに足を伸ばす!」のではなく「相手に先にさわらせなきゃいいのだから、まずは相手を抑えよう」となり、足の行き先が変わってきます。
脳内変換でプレーが変わる。サッカーがもっと簡単になる。スピードに頼らずに相手に勝てる。これを、たくさん実感させてあげたいと思っています。
歩くようにプレーしよう
これまで書いてきたようなさまざまな考え方やキモ、コツ、プレーをする上で大切にしなければならないことを実践していけば、急がずとも慌てずとも走らずとも、きっと歩くようにサッカーができるようになります。
人間の最も自然な動作は歩く動作です。道を歩いていて、何もないのにいきなり転ぶ人はいない。走ると転ぶことはありますが。
ピッチ上では、味方と歩調や呼吸を合わせ、相手の動きを観察し、見切り見極め、相手を動かしそれを利用して先をいく、逆を取る。バレないようにいろんな仕掛けを散りばめ、ジャブを蓄積させて相手を翻弄して自由自在にプレーをしてほしい。それらを走りながらやるのは大変ですし、それをできるようになればきっと「歩くようにプレーする」光景が増えるはずです。
ゆっくりプレーしているように見せかけて、頭の中は高速で動き先を行っている。「ゆっくり」とは「いつでも速くできる」ことの裏返し。
自由自在で、しなやかに。
そんなフットボールを、必ずや表現できるようになると信じています。
美しさはシンプルなプレーから生まれる
この動画はカタールW杯準々決勝で魅せたネイマールのゴールなのですが、最後はGKをも抜いてゴールするという、とても派手な美しいゴールでした。しかしこのゴール、よく見たら抜け出すまではワンツーを2回しているだけなんですよね。預けて走る、また受けてまた預ける、また受ける。受けた味方もしっかりと「返す」ことを忠実にやっている。基本に徹したシンプルなワンツーをふたつ組み合わせた結果、大会屈指の美しいゴールとなったわけです。
「美しさ」とは派手なプレーや即興のアイデアやアドリブからしか生まれないということでは決してなく、こういったシンプルで堅実なプレーからも生み出せるもの。そういったことも、しっかりと伝えていきたいです。
さあ、美しいサッカーをしよう。
熱さ必須。本当のチームワーク
美しさだけじゃない、楽しむだけじゃない。チームメートを信じて熱くプレーすることも、サッカーにおいて絶対に大切なこと。
2006年ドイツW杯での準決勝、延長後半の試合終了間際。ドイツのクロスを弾き返したイタリアがカウンター。その時、最後方にいたデルピエロは迷わず一心不乱に走り出し、ボールが来ると信じて走り続けます。この時、デルピエロはもうベテランの位置付けでピークは過ぎ、もう終わったとも言われていた選手。そんなかつてのスーパースターが、この時間帯にあの位置から必死に走り続けた。
それを、チームメートたちもちゃんと知っていた。
その結果、どういう結末を迎えたか。この動画は昔からあらゆる指導現場で見せているものです。これからのLINDAでも、決して外さずに伝えていきたいこと。大切にしたいものがたくさん詰まっている本当のチームワーク。
どうか最後まで見て下さい。(動画内、0:50〜)
サッカーにおける自由とは
クラブ説明会にて「10円玉を書いて下さい」というお題を出し、選手たちに描いてもらいました。10円玉の表側を描く子もいれば裏面を描く子もいた。縦から見た細い10円玉を描く子もいたかもしれません。
これも視点の変化ということに繋がるのですが、試合で言えば「10円玉を描こう」はチームの共通理解。ゲームモデルと言えるかもしれません。
でもその10円玉をどう描くかはそれぞれに委ねられている。個々が好き勝手に好きなものを描いていいわけではなく、あくまでも「10円玉を描こう」で一致している。皆でそれを目指す。でもその表現方法や実現の方法は選手が自由に選んでいける。そこに選手の個性が出る。表現方法や実現方法は違っても、皆で描き達成を目指しているものは同じ。だから決してバラバラにはならない。
いろんな意見があるかとは思いますが、僕はこう思って、選手たちに「自由とは」を伝えています。これからも、きっとこれは変わりません。
「10円玉を描いて下さい」というお題の後、引っ掛けのつもりで「500円を描いて下さい」とお題を出しました。500円玉、ではなく500円、です。ほとんどの子が500円玉を描いている中、1人だけ100円玉を5枚描いた子がいた。
「だって、500円だから」と。
・・・
引っ掛けようと思ったのに!全員が500円玉を描いてこちらドヤ顔したかったのに!笑 彼女が披露してくれたこの「真実を見抜く」着眼点、サッカーには必要なことなんですよね。自由にそして賢くプレーするには欠かせない要素の一つです。
遊び半分
遊び半分。こう聞くとどこか緩かったりネガティブな印象を持ちますよね。でもこれ、サッカーをプレーする上でかなり適した言葉ではないかと思っています。
遊び半分。つまり半分は遊べるんです。半分は自由にできる。でも見方を換えれば、半分しか遊べないし、半分しか自由にできない。
つまりもう半分は、したくなくてもしなくちゃいけないことを見つけてしていかないといけない。だからこの遊び半分という言葉はサッカーの本質を見事に言い表した言葉であり、育成年代の選手たち、特にこれから大人の仲間入りをしていく選手たちには、この言葉の本当の意味をしっかりと伝えていかなければと思っています。
守備したくない!でもいま自分が守備に帰らないと失点しちゃう。ならやるしかないじゃないですか。アイツがボールを奪われた。そばにいるのなら、そのアイツよりも先に自分が奪い返しにいかなくちゃいけません。奪われたの自分じゃないからむりー、なんて言ってたらフットボーラー失格です。
正直に言えば、うちのクラブでもまだプレーに「遊びしかない」子も何人かいます。したいことだけして、したくないことはしない。そんな子に対し、遊びだけで埋まったその子の円グラフをこれからギューっと半分にしていかなくちゃいけない。それは大人の役目です。もちろん無理矢理じゃなくですけどね。
その半面、これまでの習慣なのか「まるで遊ばない」子もいる。それはそれでもったいないことなので、僕ら大人が「もっと遊んでいい、もっと自由にやっていいんだよ」と、その子の円グラフを逆に押し戻して「遊び半分」にしてあげなくてはいけないわけです。
サッカーで大人になっていく
サッカーは自由なスポーツ。その自由という定義をどう考えるかは先ほど書きましたが、いま自分は何をするべきか、自分の欲求や喜びのためだけにやるのか、味方のために動くのか。
自由にプレーすること。でも、それだけじゃやっていけない。でも、義務だけではサッカーがつまらない。だから遊びもふんだんに織り交ぜながらサッカーしたほうがいい。でも、したくないこともしていかないといけない。
大人になるって、でも、でも、の繰り返し。
その辺のサジ加減や折り合いをどうつけていくか。でも、でも、を繰り返しながら自分の中で葛藤して、新たな喜びを見つけて、仲間を助けて、仲間に助けてもらって、だんだんと自分の本当の喜びを知っていく。
それが「サッカーで大人になっていく」ということ。今はそう思っています。
第三章 〜 もっと大切なこと
ただ勝てばいいのか、ただうまくなればいいのか
決してそんなことはないですよね。それ以上に大切なものがたくさんあるということを、日々の活動の中で選手たちに自然に伝わるようにしていきたいと思っています。さらに
・どうせやるならカッコよく
・どうせやるなら美しく
・どうせサッカーを選んだのなら、本気でやろうぜ
これも、合言葉の一つとして定着させていければと思います。
ミスは笑い飛ばせ
サッカーはミスのスポーツ。ミスは誰でもする。メッシも当たり前のように何度もミスをします。大事なのはミスした後にどう振る舞うかであり、そのミスをどう考えて次に繋げるか。だから自分のミスにがっかりする必要もないし、こちらがそれを指摘する必要もない。仲間のミスにイライラするのももったいない。舌打ちなんてもってのほか。
動画は乃木坂46のライブで起きた「振り付け間違い」なんですが、いくちゃんこと生田絵梨花さんが思いっきり振り付けを間違えた。4万人くらいいる観客の前で、です。でもそのミスを、周りのメンバーがみんな微笑ましく笑ってます。白石麻衣やんも、齋藤飛鳥ちゃんも。このメンバーたちの笑顔、嘘のない本当の笑顔ですよね。
ミスは笑い飛ばせ。LINDAの試合や練習で仲間がミスった時、周りのメンバーたちの間でこれくらいの笑顔が自然と溢れるようになってくれたら最高ですね。
フラットな関係性
コーチが上で選手が下ということでは決してなく、同じ場所で同じサッカーを通じて同じ方向を見て進む仲間同士。だから上から目線なんて最悪ですし、そんなことしたら一瞬で心を閉ざされてしまう。
上からではなく横から目線。話すときも向かい合うと構えてしまうし緊張しちゃうから、できれば横並びで話したいものです。
余談ですが、うちでは、挨拶はかしこまって「こんにちは」「さようなら」じゃなくていいよと選手たちに言ってます。友達や家族に「こんにちは」って言わないでしょ、と。だから会ったときも別れるときもハイタッチで、とお願いしているのですが
「30歳以上のおじさんには素手でさわらないという自分ルールがある人は寸止めでもいい」と冗談めかして言ったつもりがアイツら冗談を通り越しそして寸止めをも通り越し、さまざまなテクニックを駆使してハイタッチを避けようとしてくるのです。毎日戦いです。そんな彼女たちの華麗なハイタッチ回避術をいくつか紹介します。
・裏拳でタッチ
・ボールでタッチ
・華麗にスルー
・タッチしてくれる、と見せかけ憎たらしく笑いながらスルー
いかがでしょうか。華麗すぎます。そして最近ではついにスマホでタッチしてくる猛者も現れました。アイツはきっと僕のことを自動改札かなんかと勘違いしているのでしょう。以上、LINDA版・フラットな関係性の充分すぎる説明でした。泣
大人として接する
彼女たちは皆、自分で考え、悩んだ上で「LINDAでサッカーをする」と大きな決断をしてくれた子たちばかり。それだけでももう、立派な大人なんです。
だから決して子ども扱いをせず、大人として接したい。
「こんな話、子どもだからわからないよね」ではなく「大人だからきっとわかってくれるよね」というスタンスで話しますし、大人同士だから、余計にフラットな関係性もできやすい。
第一、中高生女子に子ども扱いをしたら失礼ですよね。大人として接すること、これも約束です。
クラブの存在意義、3つ
サッカークラブとしての活動
・日々のトレーニングや試合を通して、サッカーを目一杯楽しむ!
・フットボーラーとして成長する
あったかいコミュニティー
・選手だけでなく、保護者の皆さん、スタッフ、地域の皆さん、応援してくれる方々⋯みんなが幸せになれるような場所
社会性を持ったクラブ
・女子サッカーの普及、環境改善の一翼を担っていく
・いろんな大人と接することで、世界には、社会にはサッカーよりも大切で素敵なものがたくさんあることも知っていける、そんな場所に。
ちょうどいい存在
うちにはいろんな境遇の子が来てくれています。レベルの差もまちまちです。サッカーで世界一になりたいという子もいれば、初心者の子もいる。本当に、さまざまな経緯や背景を持った子たちが集まってくれました。どちらかや誰かに合わせて練習しその他全員はそれに合わせてもらうというやり方ではなく、それぞれの子にとってそのとき一番必要なものを一番いいタイミングで、できれば1対1で話す。アドバイスも、サッカー以外のことも。決して一括りにせず、それぞれに合ったことを、必要なタイミングでそれぞれに伝える。これはなかなか難しいことではあるかもしれませんが、指導者としてさらに大人としての懐の大きさが試されるところでもあるので、僕らはそこにトライしていきます。
あらゆる子にとって「ちょうどいい」そんなクラブで在れるように。
ケイコ目を澄ませて
「ケイコ目を澄ませて」という映画があります。この作品で主人公・ケイコを演じた岸井ゆきのさんは日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を取りました。これ本当にいい映画で僕は4回観に行ったのですが、ケイコは生まれつき耳が聞こえない女子プロボクサー。でも決して「障害を乗り越えて!」とか「お涙頂戴」のお話でもなく、どんでん返しも劇的なラストもない。でも、全編に流れるあったかさがたまらなく涙を誘うんです。ケイコを優しくそして大きく包むジムの会長(三浦友和)やジムの仲間たち、ケイコのお母さんや弟、弟の彼女。ケイコの周りにいるそんな人たちが、決して同情ではなく自然に仲間として、家族として、ケイコを囲んで見守り、ともに日々を過ごしていく物語。
こんな自然なあったかさを、必ずLINDAでも実限させたい。三浦友和さんが演じた会長さんのように選手を優しく包み強く守る、そんな存在に自分もなりたい。僕は心からそう思いました。きっともうすぐ配信も始まると思います。
ぜひ、観てみて下さい。
自分をこんなにも見てくれる他者
この言葉は、監督の三宅唱さんがこの作品でボクシング指導の監修をされた松浦慎一郎さんについて語ったものです。こういう想いや安心感を、LINDAの選手たちにも実感してもらえるような。そんな場所を必ずつくります。
最後まで絶対に味方でいること
「自分をこんなにも見てくれる他者」という観点では、乃木坂46に対するバナナマン、も同じような存在かもしれません。この動画はファンから暴言をされた事を明かす星野みなみちゃんに対し、バナナマンの設楽さんが珍しく感情をあらわにして彼女を守るというファンの間では伝説の回なのですが、この設楽さんのように、自分も何があろうとLINDAの選手たちの味方でいるし、世界中の誰が向かってきたとしても自分は最後まで彼女たちの味方でいる。最後まで、必ず守る。
それを、ここで強く約束しておきます。これは選手たち一人一人に渡した手紙の中でも、約束として書きました。
(動画内、1:55〜)
この前、齋藤飛鳥ちゃんに対して話している内容もズシリと響くのでよかったら最初から観てみて下さい。
もちろん設楽さんだけでなく日村さんも、同じくらいメンバーたちへの愛を感じさせてくれます。
違いを認めること
先ほども書いたように、うちにはさまざまな経緯や背景を持った選手たちが集まってくれました。みんな生まれた場所も環境も性格も全て違う。そんなの当たり前。その当たり前をしっかりと受け入れ、お互いが違うことを尊重し、その上で
・味方と合わせる
・お互いさま
・持ちつ持たれつ
この3か条を忘れずにサッカーをしてほしいと思います。もちろんこれは僕らスタッフも同様です。彼女たち一人一人が違う人間なのだということを忘れず、繰り返すようですがけっして一括りにせず。
ONE PIECE
そうして仲間同士で違いを認め合い受け入れ合い、その上で大切な仲間だと確信するようになったとき、ベタすぎますがONE PIECEのような理想郷が生まれる。
同じ船に乗った仲間同士、もう誰一人として欠かせない。俺にできないことはお前がやってくれ、俺はお前ができないことをやる。お前のことは死んでも守る。
そんな船を、必ずつくっていきます。
最後に
沖縄からのメッセージ
沖縄からクラブをサポートしてくれる高田優作さんからのメッセージです。
4月1日のキックオフパーティーにも駆けつけてくれて、彼女たちのハートをあっさりと掴んでまた沖縄へと帰っていきました笑
リンダリンダリンダ
冒頭でも紹介した映画「リンダリンダリンダ」は、劇中でほぼ何も起こりません。彼女たちの日常が繊細に描かれていくだけ。でも僕らが生きる現実の世界でも、ほぼそうですよね。劇的なことはあまり起こらない。でもそんな毎日の中で、ちょっとした喜びや笑い、友情、行き違い、迷いや悩みを繰り返していく。LINDAの彼女たちは、その中にサッカーもある。
このラストシーンを見て、僕は号泣しました。
このラストシーンのように、自分たちが選んだもの、喜べるもの、打ち込めるものとしてのサッカーで、自分たちを目一杯表現してほしい。そう思ってやみません。それを僕らはそっと見守りたい。舞台袖で彼女たちを優しく見守る、あの先生のように。
これでおしまいです。長々と書いてしまいすみませんでした。
最初から全て読んで下さった方は偉すぎる!本当にありがとうございます。
ここまで偉そうに書いてきましたが、ひょっとしたらこれらは全て「理想論」と言われるかもしれません。しかし理想を追わなくなったら何も実現できませんし、僕はこれらを実現不可能とも思いません。むしろ全て実現できます。
理想を追いかけ、理想を現実のものへと塗り替えていく。
彼女たちとのそんな旅がこれから始まります。皆様、どうか応援して下さい。
見守っていて下さい。約束は必ず守ります。
これから、どうぞよろしくお願いいたします!
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