観光大国タンザニア オーバーツーリズムで危機に立たされる生態系
タンザニアといえば、豊かな自然やゾウ、キリン、ライオンなど多様な野生動物に恵まれた国を想像する方が多いのではないでしょうか。実際、タンザニアはアフリカでも随一の観光大国として知られています。セレンゲティ国立公園の大移動や、キリマンジャロ山の壮大な景観、ザンジバルの美しいビーチなど、多くの観光客が訪れる魅力的なスポットが数多く存在します。
しかし、この観光の成功がさまざまな恩恵をもたらす一方で、過剰な観光客数が自然環境や生態系に深刻な影響を与え始めています。新型コロナウイルスでのパンデミック以降、オーバーツーリズムは、世界的に大きな問題となっています。
今回はタンザニアにおける観光業の概略と課題について中心的に見ていきます。
タンザニアの観光業はどのように発展してきたのか
まずはタンザニアの観光業がどのように成長してきたのか、その影響とともに概観していきましょう。
世界銀行のデータ等によれば、タンザニアの観光客は以前から徐々に増えており、特に経済発展が顕著になった2010年代からはさらなる伸びを見せています。2020年には、世界的な新型コロナウイルスのパンデミック発生があり、来訪者数は大きく落ち込みましたが、2019年までタンザニアへの観光客は概ね増え続けていた傾向にありました。
2023年には、新型コロナウイルス流行以前の数値を上回り、年間180万人以上の観光客がタンザニアを訪れています。
タンザニアの観光業がGDPに占める割合はかなり大きく、2019年時点では10.6%、2025年には19.5%にも達すると見られています。
実はタンザニア政府は独立後、社会主義政策を推し進めていた時代では、観光業は文化的汚染に繋がるとして積極的な投資対象とはされてきませんでした。
しかし近年の観光業の著しい発展を鑑み、タンザニア政府も国として積極的に観光業を推進しています。2022年4月には、タンザニアのハッサン大統領が「The Royal Tour」という名前で観光ドキュメンタリーを公開しており、 エミー賞を受賞したジャーナリストを迎えて撮影するなど、力を入れた内容になっています。
動画の中でも紹介されていますが、タンザニアといえばやはり野生動物の生活をそのまま見ることができるサファリが有名です。タンザニアの自然資源・観光省が毎年行っている調査でも、サファリの観光が圧倒的な人気となっています。
タンザニアには複数の国立公園や保護区があり、特に有名なのが北部にあるセレンゲティ国立公園とンゴロンゴロ保全地域です。
セレンゲティはマサイの言葉で”果てしない草原”を意味し、その名の通り広大な草原でヌー、チーター、ライオンなどの野生動物を見ることができます。
ンゴロンゴロは世界最大級のカルデラを有し、乾季でも水があるという特殊な環境のため、フラミンゴをはじめとする多くの鳥類やクロサイ、ゾウなどを見ることができる人気スポットとなっています。
セレンゲティは毎年20万人、ンゴロンゴロに至っては毎年50万人もの人が訪れており、その数は年々増加しています。
タンザニアはオーバーツーリズム?その影響とは
近年、観光客が増え続けているタンザニアですが、実際のサファリはオーバーツーリズムなのでしょうか。結論からいうと、タンザニアの国立公園はまさにオーバーツーリズムの弊害を受け始めていると言ってよいでしょう。
タンザニアの隣国、ケニアの南部にはマサイマラ国立保護区という世界的に有名な野生動物の保護区が存在します。これは前述したセレンゲティ国立公園に隣接しており、ヌーなどの野生動物はこの2つの場所を行き来しながら生活しているとも言われます。
実はセレンゲティに比べてマサイマラは10分の1ほどの広さしかないにもかかわらず、キャンプ場やロッジの数はセレンゲティの2倍あり、違法な建築や過密に繋がっていると言います。
ある研究によれば、こうした観光業の成長と人口や家畜の増加が原因で、ケニアでは1977年から2013年の間に野生動物の70%が失われています。マサイマラは特に大きな影響を受けており、キリンの個体数は95%、イボイノシシは80%、インパラは67%も減少しています。
こうした状況を受け、徐々にケニアからタンザニアに観光客が移りつつあるという意見もあります。タンザニア側でも徐々に観光客の増加による弊害が出始めています。
例えばセレンゲティでは、マサイマラからのヌーの川渡りを見るために川に車が殺到し、本来の川渡りには適さない地域へとヌーたちが移ってしまっていると言います。
また、観光客の車がスピードを出したことにより、チーターが殺されていることも大きな問題になっています。国営タンザニア野生生物研究所によると、2016年から2018年の間にセレンゲティでは8頭ものチーターがスピード違反の観光車両と接触したことにより亡くなっていると言います。チーターの数は徐々に減少しており、現在東アフリカでは2,300頭ほどしか生息していないと言われています。
ンゴロンゴロでは、多くの観光客から「保護区のクレーターの中に入る車が多すぎて観光の邪魔になっている」という苦情が寄せられていることから、保護区のクレーター内に入る車の数を制限する方法を検討しています。ンゴロンゴロのサファリは通常車でしか見ることができないため、必然的に数が増えており、その数は1日で400台にも達します。
セレンゲティで行われたインパラの研究では、こうした道路や交通状況が原因で、インパラに”顕著な生理的ストレス”が確認され、雌のほうが多く生まれたり、繁殖率が低下したり、休息時間が減少したりするなど、実際に個体数に影響するような変化が見られました。
参考:Tanzania to reduce number of vehicles in Ngorongoro Conservation Area(Wild Whispers Africa)
参考:Tanzanian experts raise alarm over killings of cheetahs in Serengeti by tourist car(Xinhua)
参考:Overtourism back on the radar in Serengeti-Mara(Daily Southern & East African Tourism Update)
観光業の地元コミュニティへの影響とは?
これらの観光業の拡大は、タンザニアの人々の生活にどのような影響を与えているのでしょうか。
実はこのような国立公園があるタンザニア北部は、伝統的にマサイが住んでいた土地で、彼らはそこで放牧をしながら暮らしていました。しかし政府が国立公園等に指定後は、立ち退きや定住化を迫られるようになっており、マサイの中には抗議を続けているものもいます。
タンザニアでは、国立公園や保護区などの土地はすべて国有化されています。2023年には、セレンゲティ国立公園に隣接するロリオンド(Loliondo)という場所で、1,500平方キロメートルの放牧地が政府によって動物保護区に強制的に変えられるという事態が発生しました。政府はマサイの立ち退きに対して何の補償も行わず、マサイと警察の間で暴力沙汰も発生しています。
実際、セレンゲティ国立公園に隣接するンゴロンゴロでは、マサイの人口は急増しています。1966年には約8,700人でしたが、2017年には約93,000人にも増加しました。さらに、2027年には161,000人に達すると予測されています。
世界銀行は、タンザニア北部の自然環境保護のため、政府が南部地域の他の国立公園を整備する資金として1億5,000万ドルを助成していましたが、前述した大規模な立ち退きや暴力などの人権侵害の告発を受けて、このうちの5,000万ドルを撤回することを発表しています。また最近では、ヨーロッパ連合がマサイに対する人権侵害を理由に、タンザニアへの資金提供を取りやめました。
出典:Tanzania: “We have lost everything”: Forced evictions of the Maasai in Loliondo(Amnesty International)
参考:Serengeti Tourism at a Crossroads: A Call to Action for the Travel Industry(ADVENTURE TRAVEL TRADE ASSOCIATION)
タンザニアの持続可能な観光への道とは?
観光業はタンザニアに多くの経済的恩恵をもたらしており、政府もさらなる観光資源の開発に熱心ですが、一方で野生動物が人間の干渉を受けたり、現地住民が立ち退きを強制されたりなど、持続可能でない成長重視の姿勢には国際的に厳しい目が向けられています。
日本も新型コロナウイルス後、円安も相まって多くの観光客が訪れる人気スポットとなっていますが、ゴミ問題や渋滞、マナーや文化の違いなどが多く取り沙汰されるようになっており、国や自治体の取り組みが待たれます。
日本とタンザニアは観光業が大きく発展しているという共通点があります。両者がこの分野で知識やノウハウを連携することで解決できる問題もあるのではないでしょうか。
タンザニアは治安も安定し、資源も豊富ですが、日本企業の進出はまだまだ多くないため、この機会を逃さず検討してみるのはいかがでしょうか。
LINDA PESAでは、タンザニアや東アフリカ諸国に進出したい日本企業のご相談も承っています。お気軽にお問い合わせください!
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[ライター紹介]
上杉 桃子(Momoko Uesugi)
大阪大学外国語学部卒。2019年に株式会社ZUUに新卒で入社、大手企業のオウンドメディアのコンサルタントとして従事した後、経営企画に異動。IR、M&A、海外子会社マネジメント等の全社プロジェクトに関わる。また、他社との共同メディアの運営統括として子会社のジョイントベンチャーで取締役を務める。その後、UPSIDERに入社し、マーケティング責任者としてマスマーケティングからデジタルまで幅広く管掌。現在は、東京大学大学院国際協力学専攻にてタンザニアにおけるマイクロファイナンスの研究に取り組む。