逝く…
逝く、逝きからず、逝かねば、逝きけり…
ネットの言葉図鑑に目を通す慎介
気になる言葉を調べていたのはまだ30代半ばくらいの
青年。青年というには歳はいってるが。
死に場所…死に方…いけない。
俺は何を検索してるんだろうか。
こんなことをして半年になるだろうか。
眠ろうにも寝れず、寝付けずにいた。
こんなことなど今まで考えたことすらない。
俺はいったい何のために生きているのだろうか。
人がこの世に生を受けて生まれて育ち散っていく。
この世に何か残せたのだろうか。
しみじみ思う。人生とはなんなんだろうかと…
「おっちゃん…死によったらあかんで」
は?慎介の目の前にいつのまにか立っていたのは年端もいかない少女だった。歳の頃は14〜5だろうか。
…おまえみたいなガキに何がわかるんだよ。と言いそうになるが何とか耐えた。
「俺はそんな顔に見えるか?」
「うち見えてんねんで」
この子はさっきから何を言ってるんだ。
「俺の何が見えてる?」
「おっちゃんの輝かしい未来や」
「はは…笑える、俺にそんな未来なんてあるものか」
「そんなことはあらへん。おっちゃんが大勢の人を笑顔で満たしてる姿が見えてんねん」
「その人たちの喜びも悲しみも苦しみもおっちゃんが笑顔に変えてんねん」
「いまの俺にそんな気力も体力も度胸すらない」
すると少女は正面から俺を抱きしめてきて放さない。
「もう無理せんとき、楽にな。楽に生きたらええ。うちが支えてやるきに。な?もうええんや。」
その少女は温かかった。彼女は抱きしめながらも俺の背中に手を当てがい優しくトントン…と叩いてくれる。
彼女の温もりが俺の神経と精神に全体的に行き渡るようだった。パワー?俺はこの娘からパワーをもらってる。そう考えると慎介の目からは止めどもなく涙が溢れてきた。
「あれ?俺どうしたんだ。何で泣いてるんだろう。」
「おっちゃんが無理して生きてきた証拠や。苦労も苦しみも悲しみも涙に変わって流れて出てきてるんや」
「ええな…おかしなことを考えたらあきまへん」
彼女の温かな心が俺の中に染み入る。
顔を上げて見つめると輝かしいオーラすら感じられる。
その可愛らしく愛くるしい笑顔に魅了された。
「すまない…ごめん…ごめんなさい」
この子は俺より20近くも離れているはずなのに、敬語になってしまいそうだ。しばらくこうしてていいか?
「ええよ…」
俺は少女の胸の中に顔を埋めて泣き叫んだ。
抑えようにも抑えきれなかった。
俺は妻を半年前に亡くしていた。
意気消沈し生きる気力さえままならない。
どこか死に場所を探して生きる日々が半年続いていた。
妻は活発で明るく陽気な関西出身の歳下の女性だ。
俺たちは運命に引き寄せられるように出会い結婚した。
家庭は明るく陽気な雰囲気で日々が楽しかった。
そんな矢先…。妻は妊っていた。
もうすぐ産まれようとする矢先の事故だった。
酒に酔って運転した高齢者に…。
高齢者は妻の安全を確かめるどころか、車の凹みを心配していた。
「ふ…ふ…ふざけるな!このクソジジイ!」
俺はどうしようもない衝動に駆られて…しかし、周りから止められた。そんなことをしても奥さんは帰っては来ないよ。
「ああ…確かにな。確かに妻はもう戻らない。じゃあ俺はどうしたらいい?この先どう生きていけばいい?いっそのこと…」
裁判には勝ちはした。しかし、高齢者ということもあり禁固刑が言い渡された。
そんな最中、俺の前に突然現れたのが少女だった。
まさか…まさか妻が生まれ変わって俺の前に現れたのか?
そう思いもしたが、似ても似つかない顔…姿形さえまったくの別人。
俺は悲しさのあまりに自暴自棄になり、見えないものまで見えてしまい、妻でもない女性を妻の生まれ変わりだと勘違いしていた。
「俺が周囲を笑顔に…?ありえない。」
「今のこの俺にいったい何ができよう…皆無だ。」
「おっちゃんがそんな悲しい顔しちょったら奥さん悲しむで」
「君…君はいったい…?」
「うちか?うちは、楓っていうねん。」
「楓…ちゃん?…かえで…ううッ…うわわわぁ」
俺は人目も憚らずに泣き叫んだ。
楓…俺は彼女を強く抱きしめた。楓…ごめんな。ごめん。
ごめんよ。俺はなんて愚かだったんだろう。
自分ばかりが不幸で自分のことしか考えてなかった。
俺は愚か者だ…
楓は、うちの妻が大好きだったスピッツの曲だ。
妻はいつもこの曲を聴いていた。
そんな妻は、うちらに子供が産まれたら楓ってつけんねん。
そんなことを言っていたのを思い出した。
楓…楓か?君は。
少女は抱きしめていた俺を振り払い、目の前に立って言った。
「今ごろ分かてんか?おとん…」
「分かったんならその命、なくしたらあかん。ええな…」
「さっき言ったやろ?うちが支えていってやるきにな。」
「楓…!妻は、お母さんは?」
「お母はんか?おかんなら心配せんでええ。あの世で暮らしとる。おとんのことを心配しとるで。おかんとうちのぶんまで、おとんは、今を精一杯生きねばなんね。なぁ?分かったらシャンとセイ!いつまでもメソメソしとったらあかん。きちんと前見て歩かなあかん。なぁ?おかんからの伝言は聞かんでええな?おとんが精一杯この世を生きて生き抜いて、天寿を全うして、あの世に行ったら聞けばええ。自分の口でな。ええか?」
そういうと楓は、俺の中にすぅ…と入り込んでいった。
楓は俺の守護霊だった。
正解にいうと、産まれてくるはずだった楓は俺を支えていくために俺の守護霊になった。
「ありがとう…楓。いつも一緒だな。これからは。俺を支えて俺は楓とともに生きていく。」
「沙苗…俺たちの子は俺たち以上に素晴らしい子だよ。またな。沙苗。俺もそのうち、そっちにいく。それまで待っててくれ。まだしばらくは行けそうにないがな。」
著者 星野彩美〜
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