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妄想昭和歌謡 く 「唇よ、熱く君を語れ」 渡辺真知子

昭和55年 歌 渡辺真知子 作詞 東海林良 作曲 渡辺真知子

昭和歌謡を思い出そうとすると、70年代後半から80年代前半の化粧品のキャンペーンソングが次々浮かんでくる。

これは多分自分の思春期に入る頃で、キレイな人や当時最先端の広告がキラキラして見えたこと
そもそもその頃日本の女性が色々なものから解き放たれ出し、経済的にも自分の意思で口紅の1本や2本や3本買える層になったこと
で、資生堂やカネボウなど大手化粧品メーカーの黄金期(特に広告)が重なっていること

などの理由がありそうだ。

そしてそこに登場するイメージガール達は、モテメイクとかナチュラル(に見えるが実は作り込んだ)メイクを狙う路線ではなく、強く新しく主体的でお茶目な女子受け寄りの要素を全面に出していた。
ちょっと怖いくらいに主張したメイクのCMもあったが、その頃の女子は男受けを度外視してそれもカッコいいと思っていた。
それは今のようなエイジングに抗う層をターゲットにすることなく、ファッションやシーン別、個人のタイプ別に似合うメイクを提案するでもなく、ブルベもイエベも関係なく今年の春はオレンジの唇、来年秋はパープル系の目元、と若い女性の顔を季節ごとに塗り替えようとしていた。

ではなぜ80年代後半以降のをさっぱり私が覚えてないのかというと、
大人になって流行りより自分が好みの方が大事になったこと
その頃から国生さゆり、浅香唯などアイドルがモデルと歌を兼ねるようになり、憧れや有り難みが自分には無くなったこと
そもそもあまりメイクをしなかったこと
があると思う。
奇しくもというかその頃から、今年の色は〇〇みたいな一斉塗り替えではなく、機能を謳う方がメインになったように思う。
そして完全にバブルに入ると、海外限定のシャネルとかエスティローダーとかに日本の女子は飛びつき始めたというのもあるのかな。


昭和の歌謡曲は得てしてそうだが、イントロが特徴的で聴く人の心をつかむ。
シングルヒットベスト3 の「迷い道」「かもめが翔んだ日」もそうだが、この「唇よ熱く君を語れ」のオープニングも、まるで抜けるように晴れた日の小高い海辺の道を、軽々と駆け上がって行くようだ。
そして開けた先、下には真っ青な海、上には青い空があるところまで来たら「🎵南風は女神」と歌が始まるような爽快感がある。

87年にネパールのゲストハウスで知り合った日本人の女子大生と意気投合してカトマンドゥの安宿の屋上で日本の歌を熱唱していたことがある。
会っていきなり
「真っ赤な秋の上のパート知ってますか?私下のパート歌えるので一緒に歌いませんか?」
と宮崎訛りで誘われたのだ。小学校の音楽でやったからもちろん知っている。紅葉もカラスウリもないけど、カトマンドゥの秋にもぴったりで、一緒にいた1週間は毎日二人屋上で日本の歌を歌った。
真っ赤な秋もカエルの歌もなぜか隅田川も合唱し尽くした頃、彼女が膝を叩きながら
「チャッチャッチャ チャッチャチャッチャ チャッチャチャ ターン」
とこのイントロを歌い出したのだ。
全く迷わず「南風は女神 絹づれの魔術(今気づいたけど衣擦れじゃないんだ!)」と声を合わせていた。これを歌う時は二人とも顔は自然に空に向き、蚊に刺された膝を叩いて笑っていた。
晴れた空と自由な若い女子(当時)二人は、まさしくこんな気分だった。


「唇よ熱く君を語れ」という部分だけを見ると、高校野球の「君よ八月に熱くなれ」や西城秀樹の「君よ抱かれて熱くなれ」みたいだ。
これはこの年のカネボウレディ80の春の口紅のコピーだから作詞の東海林良はそこは決まった上で作詞したに違いない。
「君よ唇で熱く語れ」ではないのは、‘語れ‘と命令文になっているが、対象を君としていなくても「君=対象としている女性たち」は自明であり、「自分で自身のことを自分の言葉で語っていくんだよ。いいんだよ」と後押しして肯定している。(と思うがこの解釈であっているかな?)
正直なところ覚えていたのは一番だけで、今二番を聞くと「誘いかけたつもりが深追いをされて」とあってちょっとストーカーとか心配になるが(昭和はスートーカーという概念がないが、ストーカー行為がなかったわけではなく、かえってしつこいのが愛の深さだと勘違いしている人も多かった)、このメロディと歌唱なら心配はいらないと思うほどリズミカルで伸びやかで前を向いていた。
更に作曲した渡辺真知子が歌っているものだから、自身が一番ステキに表現できる曲になっている。自由に向かって歌い上げている。
曲といい、歌唱といい、私の中ででは顔を自然に上げてしまう⤴️ソングのトップだ。

そして極めつけは、レディ80として公募された中から選ばれたキャンペーンガールの松原千明のまぶしさだ。
キャンペーンによっては曲ばかり覚えているものと(セクシャルバイオッレットNo.1の桑名正博とか、君に、胸キュン。のYMOとか)、キャンペーンガールと曲が切り離せないもの(マイピュアレディの小林麻美とか)が私にはあるが、「唇よ熱く君を語れ」は完全に後者だ。

写真を探していたけれど、動画の方が当時の松原千明のとびっきりのイキイキが表れているように思う。
敬礼する松原千明が新しい時代を象徴するように見える。
1980年、こんなに輝いていて、60代になっても娘のすみれさんとの写真の中ではあと15年したら彼女自身が「レディ80」を体現できる80代になれそうな美しさだが、亡くなってしまったことが残念でたまらない。

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