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シュガーランプ

人は死んだら角砂糖になる。

死者の角砂糖は、火をつけると強く甘い香りを放ち、それを嗅ぐと亡くなった者との思い出が蘇る。


ランプストッカー

死者の角砂糖を管理、保管する者。

亡くなった際、故人は角砂糖をランプストッカーに預ける。
名前と生没年を明記した小瓶に入れて、直射日光や湿気を避けて大切に保管してもらう。

年に1度の命日や、故人が希望する時に、角砂糖を少しだけ削って火を灯す。
残された故人はその香りを嗅ぎ、死者を弔う。
ランプストッカーの名前はここから由来するとされる。

死者の角砂糖の複製は不可能、
食べることも法律で禁じられている。

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1人のランプストッカーが逃亡した。
ある死者の角砂糖を持って行方を晦まし、未だ見つかっていない。
同時期に、持ち出された角砂糖の故人も行方不明となっている。


「ランプストッカーさん、どこまで行くんですか」

「もっと奥だ」

「そんなこと言ったって、もう充分山奥ですよ。
もっと奥まで行ったら人が住める土地じゃない」

いくら言ってもランプストッカーの足は止まらない。
様々な種類の植物が鬱蒼と生い茂り、虫や動物たちが珍しい来客にじっと警戒している。

「ついたぞ、ここだ」

草木を掻き分け進んだ先には小さな家があった。色々な疑問が湧き上がるが、聞く前にランプストッカーは答えてくれた。

「祖父が遺してくれた隠れ家だ。祖父は死者の角砂糖について研究していた。
私も小さい頃はよく連れられてね、研究の手伝いなんかをしていたのだ」

たしかにこの現象は不思議である。
人間の肉体が角砂糖になっているのか、魂が形となっているのか、未だ解明していない。
生前、ランプストッカーのおじいさんがその謎に迫っていたらしい。

首にかけていた鍵を取り出し、戸を開く。
しんとした家の中は、そこだけ時が止まっているようだった。

さっそく中に入り、荷物を下ろした。
白い雪のような砂埃がふわっと舞い上がり、光を浴びてきらきらと輝いている。
ランプストッカーはおじいさんの研究材料なのであろう角砂糖たちや、いたる所の戸棚を見て回り、一つ一つ確認している。
雨漏りも問題なさそうだな、とつぶやいて勢いよく私の方を向いた。

「言っておくが、ここの角砂糖は身元不明者や罪人のものだ。お前の愛しの想い人にかさ増ししても、誰かも分からない他人でぐちゃぐちゃになっているだけで、決して彼女は戻ってこないからな」

整った口元に人差し指を当て、真剣な顔で忠告した。

「そんなことするわけないじゃないですか、角砂糖の複製は御法度ですからね。…まあ気持ちはわからなくもないですが」

ランプストッカーの顔がはっとして変な顔で緩む。そう、私はそんなことは決してしない。


私はこれから彼女を食べるのだから。



早速持ってきた荷物から、卵、りんご、小麦粉、バター、角砂糖を取り出す。
無論、彼女の角砂糖である。

オーブンが使えそうで良かった。
ランプストッカーから薪のオーブンがあったような気がする、とふんわりとした記憶で言われたときにはどうしようかと思ったが、手入れをすれば使えそうなオーブンが見つかった。
薪も家の外にあり、もし湿気って使えなそうであれば周りからいくらでも切って取れる。

隠れ家に来てから、初めて森に囲まれていることに感謝した。

ランプストッカーにオーブンの手入れを任せ、私はさっそくパイの生地を仕込む。

アップルパイは、私の誕生日の時に彼女が焼いてくれた思い出の食べ物だ。彼女が作ってくれたアップルパイは、歪な形で、ところどころ焦げていた。しかし私は、この世の食べ物の中で1番美味しいと本当に思った。
好きな人が自分のために、一生懸命作ってくれたものは、こんなにも美味しいのかと驚くくらいだった。

不器用でそそっかしく、明るくて、太陽みたいな人だった彼女。大人しくて、病気がちだった私と妙に馬が合い、私の手を引いて色々な場所に連れていった。表情豊かな彼女を見ているのは楽しくて、いつしか心を寄せていた。彼女も同じ気持ちだったと思う。


『きっと私は死ぬ瞬間も、君と一緒にいるんだろうね』

『なんでそんなことを言うの。
もし私の目の前で死んでしまったら、きっとあなたの角砂糖を食べてしまうわ』

『駄目だよ、君まで死んでしまう』

『死者の角砂糖を食べると死ぬって話、本当に信じているの?
大丈夫よ。死んだりしないし、私も一緒に死んだほうがあなたと一緒にいられるわ』

『隣にいなくなったら寂しいわ』



ゲホゲホッという苦しそうな咳で我に帰った。
いつの間にか生地はペラペラに薄くなっていて、横からバターがひょっこりと顔を覗かせている。

「おい、そろそろ作業を変わってくれないか」

すすだらけになっているランプストッカーを見て、思わず吹き出してしまう。

「だめですよ。これは私が作らないと意味がないんです。それにそんな格好じゃ、アップルパイがすすだらけになってしまいます」

顔まで真っ黒にしたランプストッカーは、不服そうな表情をしてまた作業に向かう。

昔のことを思い出していたらすっかり伸ばしすぎてしまった。
私も再びバターのかたまりを真ん中に置き、生地をぱたんぱたんと折りたたむ。
意外と難しいことを作ってから身を持って知った。相当苦労したんだろうな、と苦戦している彼女を想像すると可笑しくも愛おしい気持ちになる。


彼女の死は突然だった。暴走した馬車に轢かれ、救命措置も空しく、最期は静かに息を引き取った。
彼女は私に大きな呪いをかけた。


『隣にいなくなったら寂しいわ』


あのときの声が頭の中で響き渡る。まさか彼女が先にいなくなるなんて思いもしていなかった。

私はそれ以降、沈みがちになっていった。周りからどんなに励まされようと、彼女がいない世界に何を見い出せばいいのか、生きる意味とは何なのか、すっかり分からなくなった。

最初に角砂糖の香りを嗅いだとき、私はあることを思いついた。

『ランプストッカーさん、私に彼女の角砂糖を渡してください。彼女のいない世界なんて生きる意味がない』

『なぜ角砂糖を欲しがるのだ。ランプストッカーでもないお前が火を灯しても彼女との記憶は蘇らないし、彼女を複製することもできないぞ。
それはお前もわかっているだろう』

『それは百も承知です。私は彼女の角砂糖を食べて死にます。彼女と同じところにいけるのであれば、喜んで命を捧げます。どうせ死ぬのであれば、彼女に殺されたい』

『死者の角砂糖を食べるのは禁じられている。法を犯したお前が死んだとて、彼女と一緒のところへ行けるとは思えないがな』

『それは…』

『……まあいい。その話に乗ろう。
ただ、今すぐ食べさせることはできない。
死後処理は面倒だ。ここでのたれ死んでしまわれてはかなわん。

それに、食うなら美味いほうがいい』


そして現在。
協力的な理由はわからないが、おかげで滞りなく死への準備ができている。

型に生地をセットし、次はりんごのコンポートを作る。鍋にりんごをゴロッと入れて、少しだけ水を加える。そこにまた彼女の角砂糖を加え、くつくつと煮込む。甘酸っぱい香りが部屋中を包み、空気を柔らかくする。
密かに彼女との思い出が蘇らないかな、と期待していたが、甘い香りがするばかりで蘇りはしなかった。

コンポートの粗熱を取っている間、ついに聞きたかった質問を投げかけた。

「ランプストッカーさんは、なぜ私にここまで協力的なんですか?」

「なんでだろうなあ、ただの気まぐれかなあ」

「気まぐれでこんなことしますか?もし見つかったら、私もあなたも大変なことになるのに」

「それは分かっているんだがなあ」

いくら聞いても、答えにならない答えが返ってくる。

「そろそろ粗熱も取れただろう。さっさと焼いてさっさと食え」

話を上手くはぐらかされてしまったが、充分に荒熱は取れていたため、作業を再開する。
型にセットしたパイ生地にコンポートを敷き詰め、上に格子状になるよう、余った細長い生地を交互に編んでいく。その上に卵を塗って仕上げは完了。表面がぴかぴかと眩しい。
ランプストッカーが火を焚いてくれたオーブンに入れ、焼けるまで待機だ。

その間、ランプストッカーのおじいさんの話を聞いた。
死者の角砂糖の謎、研究内容、身内から変人扱いされていたこと、そんなおじいさんが大好きだったこと、おじいさんの死…。

「…もうとっくに角砂糖は底をついているが、思い出はいつも自分の中にある。私は祖父の研究を継ぎたくてランプストッカーになった」

「そうだったんですか…。
それにしても、ランプストッカーって希望すればなれる職業なんですね」

「…まあな」

そんな話をしているうちに、アップルパイが焼き上がった。熱々のアップルパイはバターとりんごの甘い香りを放ち、ナイフを刺すとさくっと脆く音を立てる。
いただきます、と手を合わせてゆっくりと食べ始めた。
口に入れると、あたたかく、甘い優しい香りが鼻を抜ける。一口ごとに彼女を想い、涙を流しながら食べた。

私は食べながら殺されている。愛おしくてたまらなかった彼女を食べて殺されている。死んだ彼女に体を侵食されているようだった。


今すぐそっちにいくからね

私は彼女を食べた後、眠るように静かに倒れた。





私の目を見て、困ったような顔で笑っている。


『隣にいなくなったら寂しいわ』


懐かしい大好きな彼女だ。

大丈夫、今すぐいくから…。



「おい、目が覚めたか」

上から声が降ってくる。
ここはどこだろう。私は死んだはずなのに。

「ここは寝室だ。急に気を失って私が運んできた。人1人抱えるのは結構重かったんだからな」

頬を膨らませるランプストッカーにすみません、と答えるも状況がまったく掴めない。
私は彼女の角砂糖入りのアップルパイを食べてとっくに死んでるはずなのだ。
それなのにこうして息を吹き返している。
混乱している私を見かねて、ランプストッカーが説明を始める。

「死者の角砂糖を食べて死ぬという話、あれはデマだ。
本来なら角砂糖を削って、香りを嗅いで思い出を蘇らせるだろう。当然、角砂糖は削る度に減っていき、いつか終わりがある。しかし、それによって死への悲しみから解き放たれ、人は前向きに生きることができる。

死者の角砂糖を食べると、死者との思い出が死ぬまで消えない。食べた者はその悲しみに耐えられず、自死に進む者も多い。それがデマ話に繋がったのだろうが、食べただけで死にはしない」

呆然とした。
私がこれまでしたことは一体何だったのだろうか。結局彼女の元へは行けず、法を犯し、死ぬまでただ息をする生活に逆戻りだ。

「死者の角砂糖を食べた我々のような人間には2つの道がある。死刑に処されるか、ランプストッカーという職業に就くか、だ」

「え、我々…?」

我々、ということはランプストッカーも食べたということなのだろうか。ますます私は混乱する。

「そうだ。お前はどちらを選ぶ」

「あなたも死者の角砂糖を…?もしかして、おじいさんの…?
でも、とっくに底はついたって…」

「ランプストッカーになる方法は極秘なのだ。それを食べた者しか知らない」



「お前はどちらだ。このまま死ぬか、彼女の思い出とともに生きるか」


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深い深い山奥に、小さな隠れ家があるという。
そこでは、死者の角砂糖を調理して、美味しく食べられるのだとか。

訪れたければ材料と角砂糖を忘れずに。




おしまい







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