校則トマト

ワシは高校で生徒指導を担当する教員だ。
校則を確実に守らせることで、可愛い生徒たちを真っ当な人間に育て上げるのがワシの役割だ。
校則を守れる人間こそがまともに生きていけると信じている。

頭髪検査に引っかかる者がいたらクリアの基準を満たすまでピンセットで髪を抜き、スカート丈で引っかかる者がいたら膝小僧に目印線のタトゥーを入れさせ、肌着の色で引っかかる者がいたらその肌着を回収して漂白剤で脱色し、美術の庵美加(アンミカ)先生がOKを出す白色となってから返却した。

そうやって業務を遂行していたら、ワシは刑務所にぶち込まれていた。
知られているように、刑務所では規律正しい生活が求められる。
しかし、ワシがしっかり規律を守るたびに刑務官に嫌な顔をされた。
ワシはその理由を尋ねた。
「どうしてワシはちゃんとやってるのに険しい顔をなさるのでげすか?」
「お前は、規律を守る意識が強過ぎるがためにぶち込まれたんだ。そんなお前が規律を守り続けてたら更生できんだろうが!たわけが!」
「は、はい…」

ルールを守って怒られるなんて初めてで、ワシはしゅんとしてしまった。
だけど、少しでも早く刑期を終えるためには立ち止まってはいられない。
断腸の思いで少しずつ規律を破ることにした。

まず、毎朝5分ほど寝坊するようにした。
そのようにして一週間ほどが経過した頃、刑務官に呼び出された。
「コラァ!」
ワシは頭を一発しばかれた。
「何をするんです!?」
「お前の寝坊の仕方は規則正し過ぎるんだよ。毎朝毎朝きっかり5分寝坊しやがってからに。もっと不規則に寝坊せんか!あと、次の規律破りのバリュエーションも早くやれよ」

ワシは不規則に寝坊することにした。
そして次は昼食を少し残すことにした。
前回の反省を踏まえて、残す量や種類をランダムにした。
しばらくは順調だったのだが、ある日、また刑務官に呼び出された。
「コラァ!コラァ!」
ワシは頭を二発しばかれた。
「何をするんです!?」
「貴様、今日トマトを残していたな!?トマトは美味いだろうが!普通トマトを残すやつなんていないんだよ!常識の範囲内で残せや!」
ワシは、トマトを残す人はいないことを学んだ。

ある日、何やら言い争う声が聞こえてきた。
「なあ看守さんよ、どうしてあの野郎はルールを守らないのにお咎めなしなんだ?はっきり言ってくれ!」
「はい…ええとですね、その…」
「なんだ!?はっきり答えておくれや!」
「うーん、そうですね…なんというか…であるからして…大変なご心配とご迷惑がですね…」
看守はしどろもどろだった。

ワシは看守に呼び出された。
「コラァ!!…あっ、コラァ」
そしていきなり2発殴られてしまった。
「お前のせいで囚人に叱られてしまったじゃないか!」
「え…ワシのせい?」
「当たり前だ!なんで気持ち伝わらない?馬鹿!」

ワシは結局、扱いが難しいということで釈放されることになった。
いっぱい殴られたけど、早く出られたので結果オーライだ。

ワシはとりあえず、仕事を探すことにした。
とりあえずファミレスのアルバイトの面接を申し込んだ。
面接当日、ワシは刑務所で学んだことを活かすべく、ちょっとだけ遅れて到着してみた。
「失礼致します。店長様、本日はどうぞよろしくお願い申し上げます」
「ああ、よろしく。君、少し遅かったようだけど、何かあったのかな?」
「ええ、ワシはあえて数分ほど遅刻させていただきました」
「失せろこの野郎!!あえて遅刻だ?そりゃ犯罪だよ犯罪!犯罪!犯罪者なのかてめえは!?犯罪者ってのはよ、裁判でよ、ガベルでしこたま頭ぶん殴られんのよ!」
ワシは刑務所で習ったとおりにしたのに怒られてしまい、驚きと悔しさが込み上げてきた。
「す、すみません、店長様…」
「謝るの遅えよ馬鹿野郎!また遅刻か?あ、ちなみにガベルっていうのは、裁判長が『静粛に〜』とか言う時に叩くミニハンマーみたいなやつです。あ、ちなみに日本の裁判ではガベルは使われないらしいですよ」
「そうなのですね、店長様…」
「失せろ!!まだ失せてねえのかよ?また遅刻じゃねえか!犯罪!犯罪!犯罪!」
「すみません…。ではワシ、失礼します」
「はい、せっかくお越しいただいたのに恐れ入ります。今後のご活躍をお祈りします」
そして、帰ろうとしたとき、店員が皿を運んでいた。
そこには、食べ残されたトマトが乗っかっていた。
「あの!…トマト、残した人がいたんですか?」
「あ?トマト食うやつなんかこの世にいねえだろ、何コイツ。店長ぉー?なんか変なやついるんですけどー?」
「何だ?おいこのクソバイト!てめえの頭のキャパは何byteじゃ!?わざわざ面接に足運んでくだすった方に何てこと言うんじゃボケ!謝れ!!犯罪!犯罪!」
「…どーも、すんませんした」
「はいどうも」
ワシは泣きながら退店した。
怒られて悲しいのと、刑務所で学んだことが社会では全く通用しないことへの悔しさに泣いた。

その後、店長が言っていたガベルの情報はやっぱり正しいことを知った。
また、トマトの件については、残す人もいれば残さない人もいるようだった。
店長だけが正しいことを言っていた。
店長みたいなカッコイイ大人になりたいと強く思った。

ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。