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セレブ亀の恩返し⑤

「なぜ、つるかめ算を公立の小学校で教えないかわかりますか?」

黒Gジャンの男の声には力がこもってきた。

「分かりません」

N氏は煙草をふかして、首を振る。

「つるかめ算が分からなくとも、中学校で、連立方程式を習えばその問題は解けてしまうからです!」

「はあ、、」

さらに黒いGジャンの男はどんどん感情的になってゆく。

「だが、当時の塾にも行ってないぼくにはそんなことは分からなかった!
中学受験につるかめ算はほぼ必須と言ってよい、、でもツルには足が2本、カメには4本、それらを同時に処理することがどうしてもできない。今でもです、連立方程式でなら解けるのに!
さっきもアキレスとカメのお話をしましたね?!あんな高等数学の演算ができるのに、ぼくは!ぼにはつるかめ算ができないんだ!!」

黒Gジャンの男は、泣きながら絶叫していた。

「なぜですか?!なぜぼくが、いつまで経っても、つるかめ算ができないのだと、思います?!」

男はN氏の足元にすがりつき、見上げながら、尋ねた。ちょっと迷惑そうにN氏は、煙草の火種を彼の頭に落とさぬよう、身をのけぞらせる。

「さあ、つるかめ算というものが、どういうものかぼくも分からないので、、」

「つるは足が2本ですよね、カメは4本です、足の数を手がかりに、つるとカメの頭数を求める問題です、、」

N氏はちょっと相手をするのが、面倒になってきた。
「さあ、あなたに足が2本しか、ないからじゃないですか?」

「え、それは一体どういう意味です?」

男は青天の霹靂というように、N氏を見た。

「カメは足が4本なんでしょ、カメの気持ちに、なればわかるかも知れませんね」

そうか、と男はつぶやき、上着を脱ぎはじめた。黒いGジャンをN氏に渡した。反射的に受け取ってしまった。

そのまま、男はデニムも脱いでゆく。

「ちょっとちょっと何してるんすか!」
N氏はびっくりした。

「カメの気持ちになるのです、、」

「いやいや、、」男はパンツを脱いだ。
それは、ボクサーパンツではなく、グンゼのブリーフパンツだった。

そして、全裸になり、フェンスを乗り越え、N氏を一瞥した。

「ぼくがカメの気持ちが分かるまで、助けないでください、、」
N氏が呆気にとられていると、見事なフォームで全裸の男はため池に飛び込んだ。

「うわ!汚ない!」
緑の飛沫が、飛んできた。

そばでは、甥っ子が、退屈そうに、アスファルトのうえの石を拾っている。

N氏は甥っ子に話かける。もう帰ろっか。
うん、と甥っ子は頷き、ふたりは池を後にした。

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