時速80kmのおばあちゃん

ユキオのおばあちゃんは、緑色のシニアカーに乗ってよく出掛ける。買い物とか荷物を積めるので便利だそうだ。

ある休日の昼、ユキオはスズキのカタナというバイクに乗り、幹線道路を走っていた。制限速度は時速60kmだが、だいたいみな70kmは出していると思う。

前を走る白のハイエースがものすごいクラクションを鳴らしている。

−何に対してのクラクションだ?−

指示器を出し、ハイエースを左側から、追い越して、前にでると、そこに緑色のシニアカーが走っていた。

「おばあちゃん!!」
ユキオはあ然とした。スピードメーターを見ると時速70kmでている。

−このままでは危険だ−

ユキオは焦る。安全な経路を俺が誘導して、幹線道路から出よう。ユキオはおばあちゃんのシニアカーにいったん並走し、左側から追い越し、おばあちゃんの前に出た。

左手で、手信号の要領で、おばあちゃんに、左車線に行くように誘導したが、付いてこない。

−免許持ってないし、わかるわけないか−

おばあちゃんは更に加速する。

−なんで、シニアカーがあんな速度出るんだ!−

ユキオは加速しながら、思いだす。たしか、おばあちゃん、北方謙三のハードボイルド小説が好きだった、おばあちゃんちにレーサーの小説あったな。

しかも最近ディアゴスティーニで、F1のプラモ集めてたし、、

−まさか趣味が高じてこうなるとは!−

ユキオはおばあちゃんのシニアカーの前を走っている。
依然として時速80キロは出ている。

さっきのハイエースを中心とする、車の集団はとっくに後ろだ。

ユキオはシニアカーの前にでて、徐々に速度を緩めてゆく、しかし、おばあちゃんのシニアカーは速度を緩めず、ユキオを煽ってくる。

−シニアカーに煽られる日がくるとは−

シニアカーからクラクションの音が聞こえる。

−クラクションついてんの!?−

ユキオは思いだした。お金を多めにもらい、弟の車を違法改造していた整備屋がある。

しかもそこはおばあちゃんの家のすぐそばだった。

おばあちゃんは弟にいつもシニアカーが遅いと、言っていたそうだ。

シニアカーはいまだユキオのバイクを煽ってくる。もはやシニアカーの前カゴが、ユキオのバイクの後輪すれすれの位置だ。

ユキオはとりあえず回避のため速度を90キロにあげ、車線変更し、シニアカーと大きく距離をとった。

幹線道路の出口はもうそろそろだ。そこで、警察がよくネズミ捕りをしている。ユキオは後輪ブレーキを踏みながら、徐々に60キロに減速した。

案の定、警察がネズミ捕りをしていた。
ユキオはハザードランプを点灯させながら、徐々に左側に移動し、警察官のところに停止した。

「あの?」
「何?」

警官は無愛想だ。

「あれ、うちのおばあちゃんなんだけど止めてくれない?」
言うやいなや、おばあちゃんのシニアカーが、測定機械の前を通過した。

警官は即座に、測定器を見て、何やら書き込んでいる。先の方に、大きな赤い旗を持った女性警官がいる。

彼女が笛を吹いて、おばあちゃんのシニアカーを減速させ左側に誘導していた。

「あれ君のおばあちゃん?」
若い警官が訊く。
「そうです」
「すごいなあ」
警官は苦笑した。

彼の話によれば、シニアカーは道路交通法では電動車椅子と同じく歩行者の扱いで、どのような法律が適用されるのかもこの場合分からないとのこと。

というか、と警官は付け加える。「シニアカーってバッテリーとモーターで走るのに時速65キロもでるってどういう仕組みだ?」   

−65キロ?−

おばあちゃんは、ネズミ捕りを見つけて、きっちりと減速していたのだった。

「いや80キロは出てました!」

ん?と警官は眉をひそめる。

「それは君が時速80キロ出しておばあちゃんと並走してたってこと?この道、制限速度60キロだよ」

いや、なんでもない。おばあちゃんに注意しておいてくださいと言い、ユキオはバイクに跨がってその場を立ちさった。

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