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へべれけの町

住み慣れていて好きだけど、別にこれといった魅力もないわが町。
いや、魅力どころか、客観的に見れば欠点のほうが目立つ町かもしれない。
おしゃれな喫茶店は当然なく、観光スポットなんて滅相もない。それどころかちょうどいいスーパーすらない。治安もそこそこに悪く、駅前の酔っ払いたちが繰り広げる殴り合いの大立ち回りも、見慣れたものである。爆竹の爆ぜる音を子守唄に眠る夜もしばしば。

だけど転居の選択を考えるたびに、やはり寂しく、離れがたいのだ。

吐瀉物を避けて歩かないといけないけれど、その横に座り込む吐瀉物の主らしきお兄さんが「夜遅いからね、気をつけて帰りなよ」と声をかけてくれたりする。

道端のカマキリを眺めていたら、缶チューハイ片手にへべれけのおじさんが「そいつはメスだな」と教えてくれたりする。

こんなやりとりにハートウォーミングさを感じるのは、地元民の贔屓目だろうか。
昼だろうと夜だろうと、酒のにおいがほのかに漂うこの町。行き交う酩酊した人々。そのせいか他の町よりちょっと、人と人との境界線が曖昧な気がする。かといって望まなければ踏み入られることもなく、薄く張られた膜に包まれたまま、すれ違いざまの交流があったりなかったりする。

治安が悪い悪いと言いながらも、怖いめに遭ったことがないからこそ言えるのかもしれない。
だけど私はやっぱり、この小汚い町が好きだ。

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