見出し画像

小さな棘とひっかき傷

テンションを上げて仕事するために、かわいい指輪をつけて作業をしているという話をした。収集したいくつかの指輪の内、その時最も心ときめく一つを選んで指にはめるのが、私の毎朝の楽しみだ。

その中の一つ、ある指輪の話がしたい。


色鮮やかに、自己主張激しくきらきら(ものによってはギラギラ)と輝く指輪たちの中で、ひときわ目を引く一つがある。それは赤いハートの石が乗った指輪だ。イギリスの電話ボックスのような、カズレーザーのジャケットのような、傷口からあふれたばかりの血のような、鮮烈なレッドである。

最近ガチャガチャで引き当てたばかりの品であり、指輪をしまう引き出しでは新人であるはずなのに、既に「あたしがボスよ」と言わんばかりに幅をきかせている。

パワフルで少し高慢そうなこの指輪が、私は好きだ。「正しいと思ったことをなさい」「言うべきことははっきり言いなさい」よく通る少しハスキーな声で、そんな激励を飛ばしてくれているような気がする。心ときめくだけでなく、私の背筋を伸ばしてくれる指輪だ。


そんな風にたいそう気に入っているこの指輪、一つだけ問題がある。ハート型の石のすぐ左、石を支える金属部分に、棘のように鋭い出っ張りがあるのだ。製造過程でやすりがけされるはずの箇所が、うっかり見過ごされて世に出てきたのだろう。人差し指にはめると、棘は中指の付け根に当たって、白く細いひっかき跡を残す。

(はは、棘があるなんてこの指輪らしいや。あとでヤスリがけして丸めよっと)

そう思いながら、なんとなく面倒くさくてヤスリがけをしていない。ヤスリは買わずとも家にあるのに。だけどその指輪を選び続ける。人差し指にはめ、その棘が中指を掠めると、少し指輪を回して棘が左を向かないようにする。石の重みで指輪はいつの間にかグルリと回転し、また定位置に戻って中指を攻撃する。その度にイテッと思いながらも、面倒くさくて対処しない。そしてそんな自分を正当化したかったのか「棘も含めてこの指輪なのだ」とすら思うようになってきた。痛いのなら、私が指に当てないよう工夫すれば良い。

かすかな白いひっかき跡は、ついに血を滲ませ、立派なひっかき傷になった。昨夜のシャンプーで猛烈にしみ、その痛みで私は正気に戻った。つけると怪我する指輪って何だよバカヤロウ。何が棘も含めて個性だ。数時間前までの自分に腹を立てながら風呂を済ませ、髪を乾かすと、タオルを片付けるその足でヤスリを取りに行って、棘を丸めた。たった数回のヤスリの往復で棘は平らになり、指輪は人畜無害になった。はめてみる。なんてつけ心地が良いのだろう。重たい腰を上げてやり始めれば、なんて簡単なことなんだろう。

夜の冷えた空気に湯上りの熱を冷まされながら、私は難しい顔をしてしまう。この一部始終が、あまりに教訓めいているように思えたのだ。

「積み重なる小さなストレスは、いつか大きな傷になる。さっさと解消しちゃいなさい」

「自分の怠惰を正当化するのはやめなさい」

よく通る少しハスキーな声で、赤い指輪が言っているような気がした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?