月が出た出た
今年初の「炭坑節」は車の中で聴いた。
「炭坑節」。曲名だけ書いてもきっと伝わらないだろう。私もラジオのパーソナリティーが紹介するのを聞いて、はじめてその名を知った。
月が出た出た 月が出た(ヨイヨイ)
盆踊りの定番だ。黙読するにしても、つい節をつけて読んでしまう。朗らかで元気いっぱいな女性の歌声が聞こえてくる。
そして頭の中を流れるその歌声はいつでも少し割れていて、それは盆踊り会場のスピーカーの音質が悪いせいだ。曲が盛り上がり、サビ(であろう箇所)の高音に差し掛かると、音はさらに豪快に割れる。
あんなガビガビの音質では、歌詞を聞き取れない。ましてや盆踊り会場は喧騒に包まれているし、私は祭りの雰囲気に胸を躍らせ、横にいる友だちや握りしめた百円玉の使い道を考えるのに夢中なのだから。
だから「月が出た(ヨイヨイ)」以降の歌詞はわからない。
そうであっても、子ども時代の私にとって「炭坑節」は、祭りの思い出と共にある楽しい曲だった。
カーステレオから聴こえてくる「炭坑節」は澄み切っていた。
声の抑揚や息遣いまでもがはっきり聞こえる。歌詞にも耳を澄ます。どうやら、意外にも女性の焦がれる恋心をうたった歌らしい。
そして三番に差し掛かった時、聞き取った言葉に「もしや」と思う。
これ、ひょっとして春歌じゃなかろうか。
「通わにゃ 仇の花」の言葉に、想い人を待つ遊女の姿を思い浮かべる。あるいは、不倫の恋に焦がれる愛人かもしれない。
調べてみると、やはりその説はあるようだ。
子どもの頃から親しんできた曲の、おそらくの真実にたどり着き、ひとり驚く。そんなに色っぽい懊悩にあふれた歌だったのか。
明るいしらべがかえって切ないが、夏の終わりのノスタルジーとは、不思議とよく合う気もする。
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