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かかと #132

私はハイヒールしか履かなかった。
単純に背を高く見せたかったからだ。

10代20代の頃は、ヒールしかなかった。
岩がゴツゴツした河川敷にミュールを履いていった。
歩きにくいということよりも、ヒールに傷がつくのがちょっと嫌だった。

ヒールでも走れる。走れない靴は履かない。
7センチ以上はマスト。
立ち仕事でも、搬入作業でもいつだってヒール。

自分で踵の修理もした。
合うリフトを選ぶ。
頼んだら高いけど自分でやったら簡単だしすぐできる。
失敗したら持ってけばいい。
カチャカチャとではなく、コツコツとならなければヒール失格。
金具が出てるようなすり減ったヒールの人を見ると目を覆いたくなる。

スニーカーにも、ペタンコブーツにもヒールのインソールを仕込んだ。

ペタンコだと歩きにくい。

昔大女優の誰かが、はなまるマーケットという番組で「ヒールしか履かないの。家でも。アキレス腱縮まってるの。」みたいなこと言ってた。

ヒールとペタンコ靴では使う筋肉が違う。
ヒールはヒール用の筋力が必要。
後は、無駄に力を入れないために脱げない工夫を靴内に仕込むことも欠かさない。
こだわりがあった。
豆ができても、そこをケアすれば足が慣れてくる。
靴に足を合わせることが重要だ。

ルブタンのソールが赤いのは、履く人が傷をつけない生活をしているからだと聞いた。
真意は定かじゃない。
迎えがきて、ジュータンの上を歩き、迎えが来て帰る。
ゴツゴツのコンクリートを歩く必要がない。

少なくとも私はルブタン側の人間ではなかった。

今もヒールは一応ある。かなり捨てた。
本当に必要になったら、今は安いのがいっぱいあるし。

デヴィ夫人みたいにずっとヒールで過ごすのは理想だし素敵だけど、残念ながら私はセレブではない。

ヒールではスケボーも乗れない。

大人になってだいぶ経ってからやっと、踵を地面につけるようになった。

ヒールがしんどくなったことが理由ではない。

ありがちだが、ごまかす必要がなくなった。
よく見せようとしなくても良いって、やっとそういう生活を送れるようになったのかも知れない。

体調は未だ万全ではなく、とても疲れやすい。
踵をつけてゆっくり歩く。
背後の自転車に必要以上にビビったり、風で帽子が飛ばされそうになったり、散歩中のイッヌを見たりする。

外を歩くだけで、こんなに心が揺さぶられる。

何十年かかかって、自分の一部を開示させることに成功した。

歩くたびに衝撃を受けまくった踵自身は、これからは穏やかな日々を過ごすことになるだろう。

私の体はなんでも知ってる。


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