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好きな文体の御三方。

小説が好きだ。
詩が好きだ。
推敲の痕を匂わせる、言葉の連続が好きだ。

ひとつ前のエントリで、好きな小説を並べた。

だのに、『好きな作家』はあまりいない。
作品が好きなのであって、作者の人格・歴史・背景に興味を抱くことが少ない。

強いて挙げるなら、
■宮沢賢治
■森見登美彦
■有川浩
■森博嗣
くらい。文体で判別しやすいから。
それさえも、ファンだと胸を張れるほどには詳しくない。

文体と作品を区別している。
ストーリーが面白ければそれでいい。「じゃあ面白いってなーに?」に応えるクオリアは、ぼくの中にしかない。ヨソにもあるのだろうが、他人と答え合わせをしたことがないので主観としては「こんなの自分しか感じないんじゃねーの?」と見えているのが現状。

そこまでを積み重ね、積み重ね。
響いた言葉はある。
たとえば、『西の魔女が死んだ』における
「おばあちゃん、大好き」
「アイ・ノウ」
とか。無限に泣ける。
たとえば、『クビキリサイクル』における
「煙草は健康に悪いですよ」
「健康が煙草に悪いのだよ」
とか。なんてスタイリッシュな言い訳かと。

が。がよ。
これらは、単独の文としてはあまり響かないんじゃないかな。そこまでの人物描写や関係性があってこそのエモさというか。
アイ・ノウ。アイ・ノウ。健康が煙草に悪いのだよ。アイ・ノウ。
ほら、滅茶苦茶だ。

たったひとつ。たったひとつだけ、単独でぼくに響いた文があった。
『狼と香辛料』というライトノベルの第1巻、序章のガチで最初の一文。

この村では、見事に実った麦穂が風に揺られることを狼が走るという。

主人公も世界設定も、何もないところから。
どこか柔らかい風に、ササーッと稲穂(麦穂か)が揺れる情景が目に浮かんだ。のどかだ。それが「狼が走る」と呼ばれることにも合点がいった。
何しろ一文めだから、文脈も何もない。一気に世界観に飲み込まれた。この衝撃は一生忘れない。
だけど、それくらいだ。ぼくはきっと、特定の作者の書き味に惚れることはないんだな。

…って思っていたのに。
3名だけ、好きな文体を書く人がいる。

①男色ディーノさん


②肉欲棒太郎さん


③amphibianさん


以上。

何が好きか、なんで好きなのかは知らん。
ただ、「次もあなたの文を待ってるよ!」というテンションがいずれも数年単位で続いているので。
ぼくは確かに、この方々の文体を愛していて、少し先に読めるであろう文章を待ちわびているんだ。

つまり好きってこと。

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