医師に必要な能力


世の中に医師に必要な能力を解説した記事は沢山ありますが、多くはコミュニケーション能力等のありきたりな内容に終始しており、読んでも何の役にも立たないというのが現状です。
これはそうした記事を執筆した方がそもそもまともな医師ではないか、医師としての経験が浅いか、医師としての視野が狭いことに原因があります。
また、残念ながら多くの医師は医師という仕事に無駄な優越感を抱いており、これが眼を曇らせることも多いです。


本稿では、公平な視点から医師に必要な能力を掘り下げていきたいと思います。

1. 医師より素晴らしい職業は世の中に溢れている


私が書く記事に一貫する姿勢の一つです。
そもそも医師に必要な能力を論じる時点で、「医師とは特別な職業であり特別な能力が必要なのだ」という一種の選民思想が透けて見えます。しかし、詳細は他稿に譲りますが、ひいき目に見ても医師とは少し高給なブルーカラーの修理工であって、本来は多くが憧れるべき職業ではありません。

現代日本では平均収入の多さから志望者は多いでしょうが、仮に収入が低ければ…というより、本当の収入や経費的な支出、そして劣悪な労働条件を公開すれば志望者は大幅に減少するはずです。
マクドナルドのバイトで月に40万円稼ぎ、税金に加えて月々10万円の所得控除されない経費的な支出があるというのと近いです。

職業別の平均年収ランキングを見ると清掃員や警備員、工場労働者、介護士の平均賃金は低いようですが、こうした低賃金の職業に必要な能力とは何か?と聞く人は少ないでしょう。それと同じ違和感を、医師に必要な能力を聞かれた際に感じます。

究極的に人を助ける職業だから尊いという意見はありますが、そもそも職業とは程度の差はあるとはいえ基本的に人を助けるものです。

製造業であれば製品を通して、サービス業であればサービスを通して困っている人を助け、あるいは困っていない人でも助けることで生活をよりよく高め、対価としてお金を受け取るのです。どの職業もその点については共通です。医師は単に直接的に人を助ける場合が多いというだけであって、その部分で尊いことはありません。

医師特有の事情といえば、美容整形外科医などの一部の自由診療医を除きますが、患者から全ての治療費を受け取る訳ではないということです。自己負担は多くて3割、入院などすれば多くは高額医療の上限にかかりますから、最大の顧客は健康保険ということになってしまいます。これにより実態はひとまず置いておいて、患者は客ではないという状況があります。インセンティブのない勤務医なら尚更です。

患者は客ではありません。

患者は客ではありませんから、患者の調子が悪くなれば労働基準法など無視して2晩徹夜してでもどうにか助けようと思いますし、それに対価を要求しようとも思いません。一方で「客扱いしろ」という自称患者がいれば、それなら平日の9時から17時の間でお願いしますといいたくなる先生方は多いでしょう。

この、医師患者関係の特殊性により自己犠牲精神を発揮して患者を治療とする姿勢が尊いと言われがちなのです。

つまり、自己犠牲精神を発揮しなければ尊くもなんともありません。

むしろ金に汚い医師として罵倒の対象にすらなり得ます。しかし、常に自己犠牲が求められる職業と言われるといかがでしょうか。働いた分の賃金を受け取るのは労働者の権利ですから、きちんと金銭的な契約があって働く他の職業の方が良い場面は沢山あるのが実情です。


2. 医師に必要な能力


医師という職業が特殊な職業ではなく、むしろブルーワーカーに近い上に自己犠牲を強いられるブラック労働だという事を知って、それでも医師に必要な能力を知りたいという奇特な人向けの項です。

さて、医師と一口に言ってもその労働形態は様々です。
病理の研究室に籠もって基礎研究に明け暮れるのであればコミュニケーション能力の比重は相当低くなるでしょうし、医師YouTuberとして活躍したいのであればプレゼンテーション能力や話の面白さなどが重要となるでしょう。
救急外来で急患対応がしたいのであれば酔っ払いに起こされても機嫌が悪くならないことが大事でしょうし、院長として病院経営を行うのであれば経営能力や先見の明が何より大事です。

このように、勤務形態や科によっても必要な能力は大きく違いますので、本来は医師に必要な能力というより、あなたが持っている能力に合わせて職場を選ぶのが当たり前かつ正しい姿だろうと思います。


そうはいっても、特に一般的な勤務医に絞るとすれば、必要な能力は以下の通りです。

・正確かつわかりやすい、再現性の高い記録を書く能力
・難しいことを簡単に、短く説明する能力
・自分で背負い込まずに他人に任せる能力
・怒らない能力
・新しい知識や技術の吸収を継続する能力
・健康管理能力
・強力なパワハラ/セクハラ耐性
・上から受けた理不尽を自分の代で終わらせる覚悟

必要と書きましたが、全部備えている先生は極めて稀です。
従って世の中には極めてわかりにくいカルテの記載や低レベルの手術記録が溢れ、患者離れできずに能力を超えた治療に失敗して訴訟になり、辞めたい辞めたいとぼやきながら悪い場合は健康を壊したり精神を病んだりする事になるのです。

こうした能力を全て備えている人は、医師になるよりも遙かに生活レベルを高くできる世界が間違いなくありますので、進路は真剣に検討すべきです。


3. 面接や小論文用の医師に必要な能力


論理的に、

医師に必要な能力は何だと思うか?

という設問は、受験生からすれば、「医師に必要な特別な能力が存在すること」に加え、「それを一般人は持たないこと」が前提であると考えねばなりません。

何故なら、受験生の立場では、全ての設問に対する回答に「自分を入学させろ」というニュアンスを含ませる必要があるからです。これが一般的な能力であれば、自分以外の誰でも医師になってよい事になってしまうのです。

例えば一般的な「コミュニケーション能力」という回答をすれば、当然にコミュニケーション能力が高い人は誰でも医師になってよいという議論になりかねません。その際あなたが自らのコミュニケーション能力が高いと客観的に証明できる根拠を持っていなければ、試験官が他者ではなくあなたを合格させなければならない理由にはなりませんよね。

つまりこの設問は受験生の立場から言い換えれば、

「医師には必須の特別な能力があり、それを一般人は持たないが、その能力とは何か」

なのです。
まず、このことに気づかなければなりません。

このことに気づけば、あなたが書くべき能力はほぼ自動的に決まります。
当然それは、あなたが持っている他者にはない能力です。

その能力を無理矢理にでも医師に必要な能力に結びつけ、更に本文中に自らの体験を混ぜることで最終的に「だから他人ではなく私を合格させろ」というニュアンスで回答するのが最も正しい姿です。こうした回答は当然に独創的で、実体験に基づいているため説得力も持ち、印象に残ります。

付け加えて、小論文や面接は他者との戦いです。
従って、必ず回答の中で「一般的な他の受験生が考えること」を否定する部分を作りましょう。例えば小論文であれば、「もちろんXXXXXXという意見もあるだろう。しかしYYYYYYY」というXXXXXXの部分に、一般的な他の受験生が考えそうな意見を採用するのです。面接でも同様です。

例えば先ほどのコミュニケーション能力を例に挙げれば、
「もちろんコミュニケーション能力が必要だという意見もあるだろう。しかし、社会ではコミュニケーション能力が高いことが必ずしもよい方向に捉えられていない点にも注意すべきだ。口八丁手八丁で患者を自分の望む方針に誘導する医師の姿は、ヘルシンキ宣言に鑑みて果たして正しいものであろうか。」

等と書かれては「コミュニケーション能力」と書いた他の受験生はたまりませんが、それを本人が知ることはありません。
一方で、あなた独自の回答をしておけば、知らず知らずのうちに他の受験生のこうした攻撃を回避することができるのです。


他者にはない能力を持たない一般人には書けないではないか!と怒る方もいらっしゃるかもしれません。
その場合は、「一般的に書かれる能力を否定すること」から考えてみる手があります。

この稿でも触れたとおり、医師に必要な能力など本来はないのです。
医師であっても他の職種と同じく、自らの能力に合わせて働く場を選べばよいだけなのです。

つまり、その設問に本当の意味での正解はありません。
ならば、自らの回答を正解にしてやればよいのです。他者との戦いということを意識して、他者の主張を潰して自らの論の正当性を高めるのです。

それを自らの文章能力で回答時間内でまとめられるような、書きやすい能力を選べばよいのです。


真実に医師に求められる能力と、受験の場で求められる回答とは分けて考えましょう。


皆さんの志望動機作成の一助になれば幸いです。

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