見出し画像

忘れがたきうどん店(2) 松下製麵所

がもううどん体験から10年が過ぎた。
その間うどんは日常的に食べていたが、香川県のお店に行く機会はなかった。
これからはなるべく節約しなければいけないから、旅の行き先は絞り込むようにしなければと思いかけていた。

2022年9月。
美瑛町の白金青い池を見に行った帰りに、旭川空港から日本航空羽田行き558便に乗った。座席に置いてあった機内誌「SKYWARD」が運命を変える。香川県、さぬきうどんの特集が掲載されていた。自分の体力、経済力、世の中の情勢や近い将来に予想されていることなどを勘案すると、今楽しんでおかないといずれ心身が衰弱した時に後悔するように思えた。

機内誌で紹介されているお店は車でないとアプローチできないところにあったり、高級店だったりで敷居が高そう。記事にとらわれず、自分のアンテナに響くお店をいくつか巡ってみようと思い立った。

翌2022年10月、ジャンボフェリーの新船「あおい」が就航。まさしく香川県のうどんに呼ばれているかのようだった。
e5489サイトで「サンライズ瀬戸」の予約状況を調べて、寝台が空いている日に出向くことにした。もちろん帰りは「あおい」に乗船する。

東京21時50分発。大阪までよく眠り、いつものように夜明け前の須磨・舞子を眺める。翌日6時31分、「サンライズ出雲」との分割作業を見物する若い人たちが数十人集まっていた岡山を出る。あかね色の空の下、霧が低く流れる児島の町を越えて瀬戸大橋に入ると太陽が顔を出した。海が金色に輝く。作家の故・宮脇俊三さんが瀬戸大橋開通前「橋が完成したら本州からやってくる観光バスが四国の狭く険しい道路で事故を起こすのではないか」としきりに懸念していたと、不意に思い出す。幸いそのような仕儀にはならなかったが、本州からの車の流れはいつのまにか淡路島経由がメインルートになってしまった。連絡船廃止後も長らく営業を続けてきた宇高(うたか)国道フェリーは力尽き、瀬戸大橋を経由する高速バスも今はほとんど運転されていないという。

坂出を発車するとすっかり明るくなり、国道沿いのうどん店や工場から蒸気が立ち上る中を快調に走る。定刻7時27分高松に到着した。駅構内は改装工事中で、有名だった宇高連絡船由来のうどん店も姿を消していた。その脇のセブンイレブンが今の時代を象徴している。

高松駅近辺はうどん目当ての観光客に挑みかかるかのようにラーメン店の看板が目立つ。私は歩みを止めずに高松琴平電鉄の高松築港駅へ向かう。一日乗車券を購入して、琴平線の黄色い電車に乗り込む。晩秋の朝の陽射しが忍び込んでくるお堀に見送られつつ出発。栗林公園駅で下車した。

目的地は中野町の「松下製麺所」。栗林公園脇の国道11号線につきあたるまで5分ほど歩く。かつて宿泊した、見覚えあるホテルの姿が目に入った。朝食バイキングで当然のようにうどんが用意されていて感心したことを思い出す。さらに住宅地の道を7分ほど歩くとたどり着いた。

松下製麺所(2022年11月)

ご覧のように街中の小さな食堂の構え。看板にあるように、古くから近隣向けに麺類を卸している店である。一方老舗ゆえメディアの取材を受けることも多く、著名タレントも幾人か来店したようで、店内にはサイン色紙が十数枚展示されていた。

近年は検索で上位に出てくる民放グルメバラエティ番組で知られているようだが、私はその種の番組を全く見ていない。テレビ東京系のBSで放送された「空から日本を見てみよう」と、公共放送局で制作されたローカル鉄道でお酒を楽しむ番組で情報を得ている。後者の番組でも「サンライズ瀬戸」を使って高松入りしていた。

「松下製麺所」は7時から開店しているので、既に10人近くのお客さんで賑わっていた。並ぶほどの混雑ではないが、さすがに店内を撮影して回るのは失礼にあたるだろう。ゆえに写真はほとんど撮っていない。

このお店はある面「がもううどん」以上に客任せ。うどんの玉数(1~5玉)と、取る予定の天ぷら類の数をお店の人に告げると支払い額を計算してくれる。お金を渡すと引き換えに、生麺をそのまま渡される。これを店内備え付けのテボに移し、お湯が沸騰しているゆでめん機につけて各自適当にゆでる。だしは隣の槽で温められていて、各自適当にかける。大都市圏の駅構内立ち食いそば店や、名古屋駅ホームのきしめん店で店員が手をかけるパートまで客が行うといえばわかりやすいだろうか。田舎スタイルと都会スタイルが隣り合わせになっている。

薬味は小口ねぎ、しょうが、天かすが自由に取れる。私はうどん1玉とちくわ天を注文した。うどん250円、天ぷら100円で350円。「空から日本を見てみよう」では、最初お湯だけすくって丼を温めてから麺を入れるという技が紹介されていたので、私もそれに倣った。壁に沿ってカウンター式のテーブルが備え付けられていて、椅子に座っていただく。

うどん1玉とちくわ天

だしの色は薄く、いかにも西国風。しかし薄味ではなく、いりこがよく効いている。麺はいかにもさぬきうどんという感じではなく、控えめながらしっかりとコシを効かせている趣。食堂というよりも立ち食いスタンドに近い。今のご時世で350円という価格面からも、地元で普段づかいしている人たちにはこれくらいがちょうどよいのだろう。

食べ終わったら床に置いてある青い箱に丼を入れて店を出る。おいしくいただきました、ごちそうさまでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?