見出し画像

猫のうずは、天使になりました。(FIPドライタイプ)②

セカンドオピニオン~2020年10月末

かかりつけ医の先生は、FIPは対症療法しかなく、しかも完治は無理だと言いました。不治の病であると。
動物病院のやさしい先生が、どんな気持ちでその言葉を口にしたのか、私にはすべてを察することはできないでしょう。
(先生はとても優しくて、先住猫を拾った日、時間外だったにも関わらず、病院を開けてみてくれた方です)


夫は、諦めたくないと言いました。
もしかしたら、病院をかえたら他にも対処法があるかもしれない。ただの風邪が悪化しただけかもしれない。違う見解があるかもしれない。
そう言いました。


ある日、うずがまた非常に具合悪そうだったので(日によって元気度にも食欲にもムラがありました)、チャロの急患でお世話になった病院に行ってみました。
そちらは少し大きな病院で、数名の先生がされています。

連れていくと、うずの熱は39度もありました。

前回より高い…私は少しそれに不穏な気配を感じたことを覚えています。
血液検査の結果も持参し、かかりつけ医での見解や、経緯もすべて話しました。
でも、先生は不安そうな表情は一切せず、まだ決まったわけではありませんから、今できることをしましょうと言ってくれました。


点滴と、それに食欲を増やすお薬、そしてインターフェロン注射。
症状にもよりますが、4日間通ってくださいと言われました。
飲み薬の抗生剤なども処方されました。

帰宅後、うずは少し疲れた様子でしたが、元気よく走ったりしました。
ひとすじの希望が見えた気がしました。
帰宅した夫は、喜びました。
やっぱり、できるだけのことをやってくれる病院がいいと嬉しそうに言いました。早く元気になれよ、とうずの頭を撫でました。

実は、うずのメインの世話役は、私ではなく、夫でした。
先住猫であるチャロが私にベッタリなので、ストレスにならないようにそう決めたのです。最も、私が自宅でお仕事をしており、夫は帰宅が遅いため、必然的に私が一緒の時間は長かったのですが。


元気になった!やっぱり風邪だったんだ!~2020年11月半ば


うずは、結局5日、点滴とインターフェロンに通いました。めきめきと元気になり、猫タワーを駆けのぼったり、チャロを追いかけたりして遊ぶ姿が見られるようになりました。クシャミのような症状も、涙も治りました。
初日にもらった薬が一週間ぶんだったので、7日目にまた診察に行きました。
診察台から棚へ飛び移った様子を見て、先生が「うん、大丈夫ですね!熱もないし、体重も増えてきているし、いい感じですね!また様子をみてくださいね」と言いました。
「先生、こんなに元気になったってことは、やっぱり風邪をこじらせただけだったんでしょうか?」そう私が聞くと、そうだと思いますよ!と笑ってくださいました。


嬉しくて嬉しくて、よかったねえ、元気になってよかったねえ、風邪でよかったねえと、私は診察室でうずに言いました。涙が出てきました。
帰宅後、家族にもそう言い、妹(よくLINEで状況を話していた)にも報告しました。
嬉しくて嬉しくて、感謝の気持ちでいっぱいでした。
治療費はとんでもない額になったけれど、治ったならそれでいいと思いました。

画像1


この頃には、うずはチャロと一緒に寝たがるようになっていました。チャロは迷惑そうで噛んだりしますが、うずは何度引き離してもチャロを追っていきます。幸せな光景だなあと、何度も写真を撮りました。
うずが治って元気でいてくれることが、幸せでありがたくてなりませんでした。

これから、少しずつ元気になっていくんだと、そう信じたかったのでした。

急変、再度の高熱~2020年12月初旬


小康状態だったうずが、また一切食べなくなったのは、12月に入って数日経った朝でした。

明らかに具合が悪そうで、夫に、今日なんとか病院に連れていってくれと言われました。インターフェロンの注射と点滴が再開しました。
でも、正直なことを言ってしまうと、私も夫もある程度気づいていました。
うずは、治ったわけではなかった。
食欲にも元気にもムラがある。インターフェロン入り目薬もずっとあげている。なのに、涙が出ることがある。


病院に着くと、うずは40度ありました。
……明らかに、段階を追うように、悪くなっていました。
はじめは微熱で38度後半。次は39度。そして、40度。
どうりで、床の間とか、冷たい床の上に居たがりました。
真冬の新潟だというのに。


また、インターフェロン注射による治療をしました。
貧血もひどく、鉄剤もあげることになりました。
でも、これをいつまで続ければいいのでしょうか。
家計が苦しくないと言えば、嘘になります。迎え入れて数日で体調が悪くなったうずは、保険にも入れませんでしたから。
それより何より、通院でうずにかかる負担やストレスも見ていて辛かったのでした。
大型犬にそばに寄られたり、病院の大きなBGMで震えたりする、小さくてやせっぽちのうずが可哀そうでした。

それでも、1週間通いました。
1週間通っても、うずは今回ばかりは、平熱に下がりませんでした。せいぜい39度くらいになっただけです。
「39度は、だいたい微熱ですから」と言われましたが、最初よりじわじわと悪化していることを、嫌でも悟らざるを得ませんでした。


ある日、うずはタール便をしました。
熱が下がらず、フラフラしていて、大好きだった子猫用チュールすら食べなくなりました。
私は、理解しました。

うずは、やはりFIPなのだ。
不治の病なのだ。
私が、はっきりとそれを悟った日でした。
もしかすると、2021年を、一緒に迎えられないのかもしれない、とも覚悟しました。


夫とも相談し、ずっと診療してもらっていた先生に、治療方針をかえるお願いをしました。

インターフェロンのみの飲み薬と、抗生剤をなるべくたくさん下さい。
あとは、家で漢方と、乳酸菌と、高栄養の食べ物をシリンジであげていくことにします。

そう伝えると、先生は納得してくれました。
帰り際、わざわざカウンターまで出てきてくれて、何かあったら、いつでも相談してくださいね、お薬とかも、いつでも出しますからね。そう言ってくださいました。
先生の優しさに、堪えていた涙が止まらなくなりました。お礼をいう事しかできませんでした。

うずの死が遠くないことを悟った時、私にはある不思議な声が聞こえました。これについては、後述します。


夫の奮闘~2020年12月後半から2021年1月頭


あなたも、覚えていらっしゃるかもしれません。
2020年末から2021年元旦にかけて、猛烈な寒波が襲ったことを。


夫の会社は、車で50分近くかかる距離です。
雪が降ればそのぶん早く出社し、帰宅も遅くなります。
それでも、夫はうずの世話を毎朝毎晩欠かしませんでした。
自分が(無理やりの投薬で)嫌われてもいいから、生きてほしい。
生きる希望が少しでもあるならと、お世話をしました。


うずの命は、夫が永らえさせたのだと、私は思っています。
それほど夫は、一生懸命インターネットで治療法を調べ、薬効成分を調べ、嫌がるうずにシリンジで投薬と栄養補給をしました。
睡眠不足と寒波の豪雪が加わり、夫の疲労はピークでしたが、うずの世話は投げませんでした。私は、感謝のあまり泣いたことがあります。

夫は自ら病院へ行って先生と相談しながら、うずの一番負担にならないような抗生剤の量を考えました。増やし方や減らし方も勉強しました。
0.01gまで測れる、小さな薬用のはかりも買い、それで投薬しました。
漢方を調べたり、もともと腸管コロナだから腸管で悪さするのだろう、それなら免疫を上げるために腸内環境をよくしてあげようと、栄養に色々な工夫をしました。
体重をきちんと測って、ちゃんと食べてるか確認したいと、人間の赤ちゃん用のスケールを買いました。

画像2


そして、この治療法は間違っていなかったのだと、今となっては思います。
うずは、インターフェロン注射をしなくなって、じりじりと悪くはなりましたが、それでもまだ元気でした。
食欲だけは一切ありませんが、時々は猫じゃらしで遊ぶし、調子がいいときは猫タワーに登って、自慢げにお腹を見せてくることもありました。

ここで、夫の考え実践した、うずの投薬内容を載せておきます。
1日2回は、下記の量を、嫌がるうずにシリンジであげていました。
何度も死にかけたうずが、それでも一緒に年を越してくれたのは、このおかげだったのではと思います。

【うず 1.7キロの頃の1回分投薬量】
・メニにゃん(サプリ) 1本
・抗生剤 0.03g
・粉のビオフェルミン 付属のさじ1杯
・新中森獣医散 0.3g
・スタミノール  2g
・子猫用ちゅーる 1本
これらを、ぬるま湯 2~3mlで混ぜる

それと、これも付け加えておきます。
うずは、末期のころ、ササミをとても好みました。
鶏ササミには、必要な栄養が入っていたのかもしれません。
もし、FIPで何も食べない猫ちゃんに悩まれている方がいらっしゃれば、一回試してみてください。ドライササミを本当に好んでいました。


続き↓



どうぞサポートのお気持ちは、ご自分へのご褒美に使ってあげてください♡