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大企業で部長だった人が定年後、ホテルの清掃係になっていた

少し前の話になる。私は会社の先輩と駅のホームで電車を待っていた。

「あれ?Ⅰさん。」
「おぉ、久しぶりやね。元気?」

先輩が声をかけたのは、数年前までお世話になっていた方だった。
スーツ姿のIさんしか知らない私には、ポロシャツにリュックサックを背負ったIさんがとても新鮮に映った。

私はソフトウェア開発の会社に勤めているのだが、自社業務というのはほとんどない。大手企業で”派遣”という形で仕事をしている。

その、派遣先の会社で部長という役職だったⅠさん。物腰が柔らかい方で、私が新人の頃からお世話になっていた。いつもニコニコしていたイメージがある。

定年を迎え、大手企業を退職したのち、同じ系列の別会社のセンター長になったと人づてに聞いた。その後はどうされていたのか知らなかった。

「俺、今はホテルの清掃してんだよ。」
「えっ!そうなんですか?」
毎日怒られてんの。」ニカッと笑うIさん。

「”とろいよ~”とか”パッパとやってよ~”って言われるのよ。この年になって若い人に怒られるなんて新鮮でさ。」
「ずっとデスクワークだったでしょ、だから体使う仕事がしてみたいなぁって。家にいてもつまんないし。」
「清掃業始めるって家族に言ったら、娘に「お父さん、掃除のノウハウ身につけて、家の中も掃除したらいいんじゃない?」って言われたよ。なるほど、いい案だよね。」
「清掃業って面白いんだよ。ちゃんと手順があってね、順序よくしていかないとすぐに時間になっちゃうから、手際よくしなくちゃだめなんだ。」

ニコニコ笑いながら、楽しそうに話すIさんを見て、うかつにも私は涙がこぼれそうになった。感動で胸がいっぱいになったのだ。

なんて素晴らしいんだろう。大企業で部長という地位にまでなったにも関わらず、定年後、また新たな場所で頑張っている。そして、自分より若い上司に怒られても、「新鮮だ」と言って楽しんでいる。
いままで自分が培ってきた経歴とか全部とっぱらって、また一から新たな道を歩もうとしている。その潔さが、とても眩しかった。

私の親ほど年の離れたIさんに、「素晴らしいですね」なんて言うのはおこがましいと思って、「そうなんですね、そうなんですね。」としか言えなかった。

「それじゃあ、またね。」
そう言って、Ⅰさんは去っていった。その後ろ姿を目に焼き付けた。

いくつになったって新しいことは始められる。人生は楽しんだもの勝ち。
Ⅰさん、ありがとう。勇気をもらえました。

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