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鞘師の帰還、その行く先に、ファンが願うこと。

近頃BABYMETALのサポートメンバーの一人として界隈で話題になっている元モーニング娘。の鞘師里保という人は、ハロオタやハロプロにとって特別な存在だ。

2011年に12歳で加入して以来、鞘師はモーニング娘。を大きく変え、牽引してきた。鞘師がいたから、モーニング娘。はダンスに重きを置いたパフォーマンスに傾倒していった。モーニング娘。の名前が世間に忘れ去られて久しい中で、ダンスに合うEDM路線に振り切った楽曲とフォーメーションダンスで話題を作り、メディアにも露出して、わずかな活路を切り開くことができた。
鞘師は楽曲の中でだいたいいつもセンターで踊るし、だいたいいつも歌割りがいちばん多く、舞台でもだいたいいつも主役か主役級を演じる。とにかく、常に鞘師がいちばん目立つ場所にいる。ステージを降りても、家で育てていたミントにカビを生やしたり頻繁にコケたりして目立つ。くわしくもない野球で例えると、エースで4番でキャプテンでマネージャーだ。それが鞘師里保という人だ。

ところが、2015年秋。17歳の鞘師は、突然、モーニング娘。からの卒業を発表する。卒業後は英語やダンスを学ぶために留学をしたいと言う。
ハロプロでは恒例となっている武道館での華々しい卒業コンサートもなく、発表からわずか2ヶ月後の12月31日、ハロプロ全体のカウントダウンコンサートへの出演を最後に、鞘師は表舞台からあっけなく去っていった。
「また皆さんの前に戻ってきます」という言葉を残して。

ファンは鞘師を信じて待つしかなかった。
だが、1年経っても2年経っても、芸能活動はおろかSNSでの発信さえなく、たしかな目撃情報もない。

そして3年後の2018年12月、突如として、ハロプロの公式サイトに鞘師に関するニュースが掲載される。
「弊社との専属マネージメント契約を終了いたしました。同時にハロー!プロジェクトも卒業となります。」
長い沈黙を破る唐突な発表に、ファンは絶望した。
しかし同時に、鞘師から3年ぶりに贈られたコメントに希望を見出す。「みなさんと再会する為に前に進みます。まだまだ歌いたい!踊りたい!演じたい!そんな夢いっぱいの私をどうか温かく見守ってください。」
公式サイトからは所属タレントとして掲載されていた鞘師の写真が削除され、ファンと鞘師を結んでいた唯一の繋がりが断たれた。ハロプロでの復帰は叶わなくなったが、きっといつかどこかで再会できる。鞘師から語られた前向きな言葉を命綱にして、ただ待ち続けるしかなかった。

その1ヶ月後、2019年1月23日。大海原をさまようような寄る辺ない気持ちで年を越したファンのもとに、毎年恒例となったハロプロ全体のライブイベント「ひなフェス」の新着情報が届いた。その告知文の中に、なんと「鞘師里保」の名前を目撃したのだ。
事務所を辞めたばかりの鞘師が、ハロプロのイベントにゲスト出演するという。急転同地。ファンはおろかハロプロメンバーさえもが事務所お得意の誤植を疑ったが、真実だった。
たった一回の鞘師の出演公演のチケットの当選倍率は、当然苛烈をきわめただろう。私はあえなく落選し、2人分のチケットをなんとか8万円超で入手した。

3月30日、ひなフェスの当日。開演前の横浜アリーナの大ホールでは、鞘師のメンバーカラーだった赤いTシャツに身を包んだ女性たちが、トイレ待機の長蛇の列を作った。もちろん男性にも赤Tシャツが多いが、ハロプロでこれほど女性が目立つ現場は他にない。トイレ待ちの列を消化しきれないままコンサートは開演し、やがて中盤に差し掛かる。
満を辞して、『Only You』のイントロとともに、鞘師がステージに現れる。悲鳴が会場を震わせた。鞘師が。鞘師がそこにいた。突き刺すような眼差し、目を離せないダンス、鋭い歌声。あの鞘師が、本当にこの瞬間に、あのステージの上にいるのだ。「きゃー」とか「わー」とかいう喜びの歓声ではなく、「ヒィイイイイイ」という畏れるような声が、自分の喉から出て止まらない。隣のブロックで男性が泣きわめく声がする。
鞘師が戻ってきてくれた。3年3ヶ月前の約束どおり、私たちの前に。

それから3ヶ月後。前日のBABYMETALのライブに、鞘師が出演したという一報を受けた。いつものオタの妄想だろうと、真偽を確かめることもなく一笑に伏した。しかし、またもや真実だった。
その数日後の6月30日、イギリスの大規模野外フェス「GlastonburyFestival2019」のステージで、BABYMETALメンバーとともに黒いアイメイクでダンスをする鞘師の映像が届いたのだ。

鞘師が、モーニング娘。のときには到底立てなかったステージで、BABYMETALという、アイドルから始まり今では世界的となったアーティストのパフォーマンスに参加している。SU-METALとの広島アクターズスクール時代の逸話は一部では有名だったから、ストーリー性も高い。
鞘師のこれからのキャリアにとって、二つとない選択だと思った。
と同時に、ここで止まってほしくない思いが湧き上がった。

鞘師には、鞘師自身がモーニング娘。時代に言っていたように、鞘師里保というジャンルを築いていってほしいのだ。「元モーニング娘。の鞘師里保」でもなく、「BABYMETALのサポートメンバーの鞘師里保」でもなく。マイケル・ジャクソンに「元ジャクソン5の」という枕詞が不要であるように、ただのダンサーでも、シンガーでもなく、強いて言えば「パフォーマーの鞘師里保」になってほしい。踊って、歌って、舞台もやってほしい。そしてできれば時々、ひとりの人間としてリラックスした姿も見せてほしい。
そのために、これからも私たちファンをどんなに一喜一憂させても驚かせても構わないから、もっと自由に多彩な経験を積んでいってほしい。
ファンとしては、鞘師がやりたい場所でやりたいことをやるのがいちばんだと思いつつも、一方ではそんな欲望を持ってしまっているのだ。

最近の私は、BABYMETALのファンが使いそうな「鞘師さん」という呼称でTwitter検索して、反応をうかがっている。当然、鞘師がハロプロにいた頃と同じく賛否両論あるようだ。
しかし、鞘師の出演が回を重ねるにつれて、態度を軟化させている人も多くなっている印象だ。「鞘師さんをBABYMETALの正式メンバーに」と歓迎してくれる声さえもある。
正直いって、モーニング娘。時代からのファンとしてはうれしい。だが複雑な心境だ。

鞘師はあの頃も、いつも口を逆三角形に開いて楽しそうに踊っていた。その姿が好きだった。
しかし実際には、歌割りが多いせいでダンスに集中できる瞬間は多くはなかったし、自分よりもスキルの低いメンバーに合わせた難易度のダンスがほとんどだったはずだ。完全に肩を並べられる実力があるメンバーはまだおらず、常にグループを引っ張らなければならない重圧もあっただろう。
そのままならなさや息苦しさもあって、17歳にして卒業して留学という選択に至ったのではないか。そう推測をするファンは多い。

もしも今、BABYMETALのサポートメンバーとして踊る鞘師があの頃より楽しそうに見えるとしたら、難易度の高いダンスに集中できることや、任せることができるメンバーに囲まれて自分がグループを牽引しなくてもいいことが理由ではないだろうか。もちろん有名既存グループへの途中参加で、しかもかなりの大舞台でのパフォーマンスだというプレッシャーはある。しかし、それは鞘師にとっては案外乗り越えられるものだったのかもしれない。

私がそう思うのには、ファンの欲目が多分に影響していることはわかっている。鞘師がその種類のプレッシャーには負けずに、これから先もびっくりするような誰かと一緒に、もしくは一人で、とにかく自由に駆け巡ってほしいと願っているからだ。遠くへ、誰も想像できないくらい遠くへ。

最後にハロオタらしく、鞘師の卒業シングルに入っている3曲『冷たい風と片思い』、『One and Only』(つんく♂による和訳)、『Endless Sky』の歌詞を引用して終わろうと思う。

目を見られると心まで
見られるようで
知らない間に前髪がね
長くなっていった
Oh yeah
目指す場所はもうわかってるはず
Let’s go
だって 胸に聞けばわかるよ

君はめちゃ優しい 
君は泣き虫 
君はおしゃれさん 
君は踊りが 
大好きな可愛い女の子
誰もが自由で良いはずなのに
生きてくルールに縛られてる
けど 羽ばたくの
さあ 大空へ
この扉の向こう





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