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失って初めて気づくこと、失っても気づけないこと

今日、また帽子を忘れました。
すぐに気づけて、取りに行けたのでセーフでした。
今まで無くした帽子と傘の数は数知れず。

自分は大事にしているモノでも、ふとした瞬間に忘れてしまうことが多いです。

人もしかり。
値段の高い傘ほど無くしてしまうように、大切な人ほど失ってしまいます。
大切な人を失ってから初めて、後悔の念に襲われます。もっと相手の気持ちを考えれば良かった、もっと話しておくべきだった。
自分は、こんなにもあの人が大切で大好きだったんだと、失ってから初めて気づくのです。

基本、楽観主義で過去を振り返らず生きている自分ですが、ちょっと真面目に過去を反省してみます。
お時間がありましたら、お付き合いください。



失って初めて気づくこと

失った人、モノや、それらと自分の関係性です。

「岡目八目」をご存知でしょうか。一歩引いた視点からだと、物事を客観視でき、真相や成り行きを正しく判断できる、という囲碁が由来の言葉です。

自分の過去の人間関係での失敗は、盲目的で岡目八目になれなかったからが多いです。

過去の記事(「はじめまして」を是非ご一読ください)に書いたのですが、自分は人をすぐに好きになってしまいます。
好きな人には愛情を注ぎたいですし、好きを伝えたいです。
ですが、相手からすれば「急に馴れ馴れしくして来て怖い」と思われるのです。そりゃあそうですよね。自分だって引きます。
恋愛にセオリーがあるように、人間関係にだってステップがある、そんな単純なことを、当事者になると忘れてしまいます。
自分と相手の築きたい人間関係が噛み合わず、バランスを崩して離れていく。

そして、相手を失って初めて気づくのです。
「あ、自分だけが一方的に好きだったんだ」と。

この失敗は何度も繰り返したので、今ではもうほとんど起きませんが、人間の本質はそう変わらないので、自戒も含めて書き留めました。

大切な人と長く一緒に居る為に、相手の立場や第三者の立場で自分の接し方を振り返ること。
自分はこの考えで人付き合いをしています。

みなさんの人付き合いのセオリーは何ですか?


失っても気づけないこと

思い出、感情です。

みなさんは、自分の過去をどれだけ覚えていますか?
自分は保育園に通っていたのですが、当時の思い出せる記憶は両手ほどです。ちょっとさみしいです。

テスト前の焦りや、初恋や、運動会の緊張や、文化祭の感動を、
出来事としては思い出せるのですが、あの時の自分のリアルな感情はもう失ってしまいました。

自分の親は、自分の幼少期をよくビデオや写真で撮影してくれていました。
誕生日の自分や、小学校に登校する自分、どれも間違いなく自分なのですが、どこか他人事のように見えます。
過去の自分はまるで、テセウスの船です。
自分は週に二日、小学生と話す機会があり、学校や家での話を聞きます。うんうんと、子どもたちの感情を理解しているフリばかりして、本音ではキラキラしている自分が失った青い感情を眺めることしかできないのです。

今、この文章を書いている自分も、きっと未来の自分にとっては他人の文章に感じるのでしょう。

まだ出会っていない人とすれ違っても気づけないように、過去の失った思い出や感情には気づけないのです。
気づけないのですから、悲しくはないのですが、どこかさみしいです。

人間は自分に不都合な記憶や、辛い出来事を忘れることでポジティブに生きられる、という風説があります。
脳のストレージの容量の問題では?と考えてしまうのですが。
「忘れる」ことが救いだなんて、人間の愚かしさと人間味があるなぁと思ったり。

自分は、どんなことでも覚えていたいです。
人並みには壁にぶつかり、つまずき、傷ついてきた過去があります。それでも、自分を構成するそれらの過去を、「自分」として失わずにいたいです。

過去の他人のような自分も、自分と思えるように。
過去からの自分の成長を実感できるように。


現在と未来の自分

「失って初めて気づくこと」と「失っても気づけないこと」を書いて、
今のこの感情を、失う前に書き留めてみます。
未来の自分への、備忘録です。
みなさんと未来の自分にとっては意味が分からない内容でしょうから、下の囲ってある部分は流し読みしてください。

3年前、とてもとても苦しんでいました。
失って初めて気づいた愚かな自分。行き場のない耐えられないほどの重い感情。どうしようもなく押し潰されていた自分。
もう3年も経ってしまいました。今でも思い出すと目が潤んでしまいますが、あの時のように、不意に思い出して泣き出すことや、夢に出て来ることは滅多に無くなりました。
時間が解決するとはよく言ったもので、3年という時間が、過去を過去にしてしまいました。
ですが、あの時の感情が自分を形作る一部になっているのは間違いなく、失いたくない感情です。
未来の自分は、あの時の自分をどれだけ思い出せますか。
思い出と感情は失っていませんか?

この文章を書いたきっかけは、帰りのバスで帽子を忘れかけたからというしょうもないことでした。
けれど、このような文章を書いて、きっと失ってしまう、失ったことに気づけないであろう今の感情を残すことができました。
エジングハウスの忘却曲線によると、たまに思い出すと忘れにくくなるそうですから、くだらないきっかけでも思い出せてラッキーでした。

未来の自分はこの文章を読んでも、書き連ねたこの気持ちを完全には理解できないでしょう。
それでも、少しでも、未来の自分を構成している今の自分を知るヒントになれれば嬉しいです。


小倉百人一首 84  藤原清輔朝臣

ながらへば またこのごろや しのばれむ
憂しと見し世ぞ 今は恋しき

もしこの世に生き永らえていたら、つらい今が懐かしく思い出されることもあるのだろうか。かつてつらかったあのときも、今思い返すと恋しく懐かしく思われるのだから。

嵯峨嵐山文華館 小倉百人一首  

失ってしまう今の儚い美しさを愛して、
失わないように、
失っていることに失う前に気づけるように、
大切に生きたいです。

愛するみなさんと、未来の自分へ向けて。
クサい文章になっちゃった笑

またね

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