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不可能性

○○にならないことができる
ジジェクの亡霊、アガンベンのいう潜勢力
可能性の全的回復
全てを可能性として包括する
むしろ
バートルビーは
可能性の全的放棄
放棄の放棄の放棄の放棄...
無限だとしても無限こそ放棄の放棄の放棄...
だとしても
不可能性を可能性にしない
繋がない
絶対零度
囲い込みから逃れる
不可能性の擁護
これを可能性に包括しない
消尽すること

here'st thing 'ne pa   LITD.

この定式が荒廃をもたらし、その後には何も残らない、ということに疑いはない。まず気がつくのは、その定式が伝染性のものだということである。パートルビーは他の人々の「舌を歪め」る。「・・・・・ほうがいいのですが」という突飛な語が、事務員たちや法律家自身の言葉遣いに入りこんでいく(「きみもその言葉を使ったな」)。だが、この汚染が本質的なのではない。本質的なのは、その定式がバートルピーにおよぼす影響のほうである。(照合を)「しないほうがいいのですが」と言うやいなや、彼は筆写することもできなくなってしまう。[.・・」この一塊の定式の効果は、パートルビーがしないほうがいいということを拒むという効果だけではない。この定式には、自分がそれまでしていたこと、まだする気でいるはずのことを不可能にしてしまうという効果もある。・・・・・・]要するに、それ以外の行為を次から次へと拒んでいく定式は、筆写するという行為をすでに呑みこんでしまっているのであり、この行為を拒む必要さえなくなっているのだ。
定式が荒廃をもたらすものであるのは、それが、好ましくないあらゆるものと同じく、好ましいものをも容教なく消去するからである。この定式は、拒む項を廃絶するとともに、定式によって保存されていると思われた別の項のほうをも廃絶する。その別の項のほうは不可能になってしまう。じつを言えば、この定式はこれら二つの項を不分明にするのだ。それは、ある不分明地帯、不明確地帯をうがつのであり、その地帯は好ましくない活動と好ましい活動のあいだでどんどん大きくなっていく。あらゆる特性、あらゆる参照先が廃絶される。定式は「筆写する」ということを無化するが、じつはこの筆写こそ、これこれが好ましいものか好ましくないものかを決める唯一の参照先だったのだ。
これこれのことよりむいろいいようなものは何もないのですか。これは無への意志ではない。意志の無の増大である。バートルビーは生き延びる権利を、つまり行き止まりの壁を前にして立ったまま動かずにいる権利を勝ち得た。それは、プランショなら言うところの、忍耐ある純粋な受動性である。存在としての、それ以上ではない存在である。
彼は然りか否かを口にするように迫られる。だが仮に、否(照合や買いものをしたくない)と言ったり、然り(筆写をしたい)と言ったりしたなら、彼はすぐさま打ち負かされ、無用なものと判断されて、生き延びはしないだろう。あらゆる人から距離を保つ宙吊りのなかで堂々めくりをしなければ、彼は生き延びることができないのだ。彼の生き延びる手段は、照合しないほうがいいというものだが、その手段はまた、筆写するほうがいいのではないということにもなる。彼は一方を拒まなければならなかったが、それによって他方は不可能になってしまう。

『バートルビー、または決まり文句』 ジル・ドゥルーズ

一方を拒まなければならないことによって、他方も不可能になってしまう。どちらも不可。あらゆる参照先が廃絶される。全てが不可能になる。そこで生は一つの生、内在性、出来事になり、消尽する。

をを使わず、内在、参照先のない言葉。何も喚起しない言葉。純粋内在。

行き詰まり どんなふうだったか 何も聞こえず 何も見えない 確かこんなふう 何もできず

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