見出し画像

セルゲイ・プロコフィエフ「ピアノ協奏曲 第三番」…映画『蜜蜂と遠雷』で現出したスペクタクル



蜜蜂と遠雷、見てきました。恩田陸ファンとしては感無量ですね。映画化されないために小説書いてると作者ご本人は気炎を上げているとはいえ、やはり拍手の音は大きければ大きいほど嬉しいものです。

2時間という枠に収める都合上、原作中のドラマの肝になっていた部分が大いに改変されてしまったこと…奏ちゃんが抹消されてたのは覚悟してたんで良いんですが、亜夜から神秘性が捨象されただの悩める女の子になってしまったこと、風間塵と亜夜に焦点を当てるためか完璧超人であるはずのマサルが劣るような描写が追加されていたこと、突 然 の 鹿 賀 丈 史…は残念ですが、それを補って余りある、作品のエッセンスを実写化させようという情熱に打たれました。形こそだいぶかわっていましたが、これはまぎれもなく映画における「蜜蜂と遠雷」でした。

何より素晴らしかったのは、主演四名の演技で、鈴鹿央士さんは本当に風間塵がそのまま映画に出ているような、ふだんの天然さとピアノを前にした時のエロティックな表情のギャップにちょっと鳥肌立っちゃいました。この子新人とかマジなのか…恐ろしいな…。

栄伝亜夜を演じた松岡茉優さんは天才少女の不安定さと無邪気さを的確に演じており主役にふさわしい強度を持っており、適切な表現かわかりませんが、月9みたいな華がありました。流石ドラマとか見ない私でも知っている女優さんだけに盤石でしたね。(不安定さが盤石ってわけわかんない表現ですけど)
華と言えばマサルですが、やや不遇なキャラクターになってしまったとはいえ、森崎ウィンさんは英語といいスラっとした身のこなしといい抜群なカッコよさで、完全にマサルでしたね。存じ上げなかったのですが、リアルでもファンが多そう。

原作に比べて超優遇されることになった明石ですが、こちらもドラマとか全く見ない筆者でも知っているレベルの超メジャー級俳優の松坂桃李さんで、原作の100倍イケメンになってたし、広い一軒家持ってるしで「生活者の音楽」なんかしなくても、とっくに勝者やんけという感じがしますがwこれもまた明石だな~という好演。プロのピアニストとしてやっていけるぞというカタルシスがなかったのはやや不満ですが、亜夜の尺が足りないので致し方なしか…

主演俳優と同じくらい重要な役回りを担った「音楽の演技」もまた、これがもう素晴らしくて、原作のキャラが本当にピアノを弾いているような音色で、視覚の再現度も凄ければ聴覚の再現度もやばいのでもうどうしようこの没入感、という素晴らしい体験ができました。

ただ明石ver.の「春と修羅」は正直駄作かな。素人にもわかるもの=音の少ないものはナメすぎでは…。原作ではマサルの超絶技巧「春と修羅」に亜夜と風間塵が触発されるのでこの改変には頭をひねりましたし、マサルは泣いていい。
あとは「春と修羅」と本選しか演奏がなかったのが残念でした。塵のバッハやアフリカ幻想曲、亜夜のショパンのバラードや喜びの島、マサルのリストのピアノソナタは聴きたかった…CD買えってことですかね…w 突 然 の 鹿 賀 丈 史とかいらないから純粋に演奏シーンを増やしてほしかった。

まあ、その不満もバルトーク!!ズガシャーン!!!プロコフィエフ!!!グワラキーン!!!のぶちかましで忘れてしまうんですがね。これを聴きに行くだけでも映画館で見る価値あります。ちょっとバルトークの低音はやり過ぎだと思いますがw長い長い葛藤からやっと覚醒した亜夜が駆け上がるバック演奏に乗ってグワラキーンするのは非常にスカッとします。よく映画化してくれた!と快哉を叫ぶものでした。

日本でも音楽映画は数多あると思いますが、プロコフィエフやバルトークが前面に出される映画、それも娯楽的な小説から生まれた作品はなかなかないのではないでしょうか。逆に言えば現代に近い作品だからこそ、映画館の大音響でド派手に「映え」て絶大なインパクトたりえるのかもなという気もします。亜夜は本来プロコフィエフの二番をやってるのですが、クライマックスのために作中で「スターウォーズ」と称されるド派手な三番を演奏することにしているのでしょう。これは納得の改変でした。マサルは泣いていい。


この曲自体の話を少しだけしますと、ロシアで新進気鋭の音楽家としてキャリアを積んでいたプロコフィエフが丁度ロシアからアメリカへと亡命する最中に描かれたもので、1917-18年、時はまさに第一次世界大戦、ロシア革命の時代です。亡命はシベリア鉄道を使って日本経由となり(ヨーロッパは当然ながら戦地でしたので不可能でした)、奈良での滞在中にこの作品の原型が構想されたと言います。ところどころ歌舞伎のような、日本民謡の様な感覚があるのは日本滞在の影響という話もありますが、それもなるほどといういきさつです。小説家としても活動しており、日本滞在時の日記も出版されていて、27歳新進気鋭のアーティストのリアルな空気や大正時代の戦争景気に湧く近代国家ニッポンを感じることができます。

新進気鋭の音楽家のアメリカ上陸、大いなる自負と新たなる扉を開く創作のエネルギー、そういったものが注がれる曲目ですから、コンテスタントのエネルギーとの親和性も高いわけです。




原作の元ネタとなる浜松国際ピアノコンクールでもよく演奏されているそうで、前回(2018年大会)の決勝でも5位入賞の務川慧悟さんが演奏されてます。前々回の優勝者もこの曲を選ばれていますね。本物の「コンペティション」の緊張感と、だからこそ心を打つ「真摯さ」。それを映画の中に結晶化させた関係者各位の仕事ぶりに敬意を表しつつ、改めてこの曲を観賞するとまた新鮮な衝撃がありますね。


それでは。