エッセイ
床に落ちている一足だけの靴下、そのままのコード。
そういうものに囲まれながら、曇りの天気を眺めている。
よく晴れていた、笑い声が聞こえたあの日が懐かしい。
恋愛的に好きなのかと錯覚するほどに、人間性に引き込まれた。
そんな人たちと離れると、寂しくて仕方なくなる。
現実が想像よりも美しく、良いものであることが少ないことを私はよく知っている。
目の前の見知らぬ人に話しかける勇気はなかったし、ただ一人で生きているしかなかった。
暖色のあたたかな光のもとで、静かに息をする。
まだここにいる、存在を確かに感じながら微かな変化に耳を澄ます。
みなが眠りについたこの家で、私は彼女を見つめ、共に時間を過ごすのである。
彼女の前では不安や想像は消え去る。目の前で彼女は息をしているから。
肩や腕に触れ、皮膚を通して伝わってくる体温に、いや、少しひんやりとしたその手に触れるのである。
物音と、機械音を聞きながら、私は自分のタイピングの音が少しうるさいことに気づいた。
そして、手を止めて、自分がどんなことを思い、考えるのかを振り返った。
彼女は静かな人だった。彼女の家には本が沢山あった。
私が訪ねるとき、彼女はいつも本を読んでいるか、昼下がりに放送されている古い時代劇を見ているかだった。
彼女はもうこの世界にはいない。
今頃私の知らないどこかで、笑っているはずだ。
私はこの世界で生きている。これからも生きていく。
長い生涯を終えて、彼女は眠りについた。
彼女を失った悲しみは、突き抜けるような強烈なものではなく、さらさらとした砂のように、今も少しずつ私の心に蓄積されている。
最期の言葉も残さずに、彼女はいなくなった。
カメラロールに残っていた彼女との動画にいる私は何も知らずに笑っていた。
もし話すのが最後だとわかっていたら、彼女は私にどんな言葉をくれただろうか。
私は携帯を取り出して電話をかけた。
誰かを失う悲しみは、そうすぐに消えるものではない。
これから何度も思い出して、その度に悲しくなるだろうけど、それでもいい。
この痛みと一緒に過ごす。
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