教えてくれれば言うこと聞くのに 昔話01

父さんと妹でバス通り沿いにある近所の床屋さんへ行ったときのこと。
一番古い床屋の記憶。
2歳下の妹が一人で椅子に座って髪を切っていたので、多分妹は3歳。するとモーちゃんは5歳となる。その床屋さん、小学生の時には質屋になっていたので年代はそのくらいのはず。
床屋の大きな椅子の上に子供用の椅子をつけられて座る。
目の前には大きな鏡。
自分が大きく映っているのが面白くていろいろな動きをしてみる。
その都度鏡は完璧にモーちゃんの動きをなぞってくれる。
それが面白くて、いや暇なのが一番の理由だが、いろいろな動きを試す。
そのうち「鏡が間違えないかな」なんて思いながら意外性も加えてみる。
「さすが鏡なかなかやるな」と思っていたら、床屋のおじさんに「じっとしていなさい」と叱られる。
そうそう髪を切りに来たんだっけ、とまっすぐに座る。
エプロンをかけられてるてる坊主になると、何をするのか興味半分不安半分で床屋のおじさんの行動を目で追う。
その都度、「じっとしていなさい」頭をおさえられ前を向かされる。
前を向いてじっとしなきゃいけないことは知っているんだけど、おじさんの動きが気になって仕方がない。
「動くと耳切っちゃうよ」なんて脅されるが、子供心にそんなわけないと思って全く脅しにならない。
そんなことより、次は何をするのか、どこに何を取りにいくのか、気になって仕方ない。痛いことされるんじゃないかってのも気になる一つの理由だ。
あまりに落ち着きのないモーちゃんにあきれたおじさんは作業を中断し、「妹見てごらん、小さいのに全然動かないで、じっとしているよ」と言って、妹が髪を切っているところを見せる。
さすがにそうなると兄の威厳も示さなければいけないので、あきらめてじっとすることにした。
大人になってこのことを思い出したとき、よく思う。
じっとさせたければモー君の欲求を満足させ、不安を解消してやればいい。
床屋のおじさんが、「これで後ろの髪を切るからね。動かないで」といちいちはさみなどを示して教えてあげればよい。
そして、「上手にできたね、次はこのはさみで前髪を切るよ」と評価も加える。さらに「切るところ鏡でよく見ているんだよ」なんてモーちゃんの行動まで示すとますます集中するはず。
そうなるとモーちゃんも気持ちは切る側の人間になって上手に髪を切ってもらおうとするだろう。
ダメ出しだけでは世の中は変わらん。もちろん自らダメ出しを求め成長しようとしている場合は別だけどね。
髪を切る作業が終わり、店の人に格好良くなったと褒められたが、妹は行儀を褒められていたので、なんとなく気持ちは収まっていなかった。
床屋を出て、やっと精神状態がもとに戻った。
あたりはすっかり暗くなり、バス通りを走る車はライトをつけ、通り沿いの店には明かりが灯っていた。道のわきにある大きなどぶ川にかかる橋を渡って3人で母さんの待つ家に帰った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?