おじさんのうなぎ
母は4人姉妹で婿をとって、跡を継いだ。1番長女の叔母は、仕出し屋をする叔父に嫁いだ。母より6歳近く年上の叔母は、戦中戦後の大変な時代のことをよく覚えていて、戦死した祖父のこともよく覚えていて話してくれた。
叔母は「年寄りでもなんでもええ、金持ちに嫁ぎたい」が口癖だったそうだから、その頃の貧しさは相当なものだったのだろう。その叔母が選んだのは、働き者の叔父だった。
一応、仕出し屋にも休日はあったが、注文があれば、決して断らない人だった。だから、いとこたちは、運動会で一緒にお弁当を食べた事がないという。複雑な思いもあったろうけど、当然として今は受け入れているのを見ると、たくましいなと思う。
叔父さんの声はいつも明るかった。私が運転免許をとり、6つ年上のみつよちゃんと親しくしていた時、よく訪ねていくと、厨房の奥から
「さーとさーん!きてくれやーた?ちょっとまっとって。今、焼いてやるでな」
と言うと、ニョロニョロっとしたうなぎを掴んで、トン❗️と釘で刺すとサーッと綺麗におろす。
その手捌きと言ったら❗️
血は一滴も出ないと言っていいほどだ。あっという間にホクホクで、香ばしいうなぎが焼き上がってくる。
子どもの頃から、叔父の味に慣れて育った私には、どこの一流のお店に行っても、やっぱり、叔父のうなぎが1番美味しいと感じるのだ。
その叔父も、残念ながら、数年前に亡くなってしまった。もう、二度と食べることはできない。
贅沢なうなぎを子どもの頃に食べすぎたせいかな。
叔父を思い出す時、
「さーとさーん!」の声とうなぎの味が一緒に蘇ってくる。
今年も夏がやってくる。
叔父さんが亡くなった夏。
土用と聞くと思い出す叔父。
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