自分が変わるきっかけ

学生時代、子どもが好きなので保育士になることが夢でした。その夢が変わったのが高校生のときでした。
友達に誘われてボランティア部に入部。
当時できてまだ間もなかった地元の授産施設に行くことになりました。
そこは地元の福祉センターの一部屋でやっていて、地元に住む知的障害の方々数人に指導員2人の小さなところ。牛乳パックを再利用して紙漉きをした紙で作ったポチ袋や便箋セットなどを作っていました。
仕事を体験させてもらった後に利用者さんと指導員さんとお話をさせてもらったりもしました。
実は先入観で怖いと正直思っていたのですが、とても優しくて沢山お話させてもらいました。
こちらの施設とは交流が続き、高校の文化祭でこちらの製品を販売もしました。
障害に対して可哀想というのは実は下に見ていることなんだということに気づきました。
そしてもっと力になりたいと思うようになり、障害者、児福祉に携わりたいと思うようになりました。
短大も社会福祉専攻のある学校を選び、地域の障害児の子達に遊び場を提供し、一緒に遊ぶサークルに入りました。ここでの経験もとても大きなものになりました。
お母さん達が子ども達がなかなか外で遊べるところがないと悩み、短大の教授に相談したら教授がサークルを立ち上げ、教室を提供しました。天気の良い日は近所の公園で遊んだり、動物園に遠足に行ったりもしました。
短大生だけでなく、系列の大学生も何人か参加してくれてました。
ダウン症、自閉症、知的障害など様々な子ども達がいました。みんな目がキラキラしていたし、お母さん達が何より嬉しそうだったのです。みんながとにかく楽しんでいました。短大1年のときにお母さん達と飲みに行く機会がありました。お母さん達はとにかくポジティブで前向き。大変なはずなのに子ども達のために前を向く姿勢は頭が下がりましたね。何よりサークルに参加することを親子でとても楽しみにしてくださってることが嬉しかったな。実はこのことが自分が子育てするようになってから生きたのです。
息子の発達障害で悩んでいたとき、卒業のプレゼントにお母さんと子ども達の手作りの小さなマグカップを貰いました。
息子の発達障害のことで悩んでいたとき、たまたま暖かいのみものを飲もうとしてそのカップを久々に手に取ったときにお母さんと子ども達のことを思い出しました。
お母さん達はとても前向きで子どものために一生懸命だったなぁ。お母さん達と子ども達は元気かな?
なんで私は暗くなってるんだ?
と前を向かなくては…と少しずつ気持ちを切り替えました。劇的に変わったわけではなかったけど、前を向くきっかけを貰いました。そのカップは今も大切にしています。
息子の発達障害をきっかけに人との輪が広がりました。
息子の3つ下の子のが発達障害でとても悩んでいたお母さんがいて、交流を持つようになりました。
コロナ禍でなかなか会えずにいたのでしたが、ある行事で再会。そのときにお母さんから何年か前ぬ息子が学年が上がる度に落ち着いてトラブルが減ったからなんとかなるよと話していたらしい。実際にお子さんは学年が上がる度に落ち着いてきたそうだ。あの言葉のお陰で踏ん張れました、ありがとうと感謝されました。薄々でしか覚えてなかったのですが、恐らく私はお母さんが療育や発達外来に通い、保育園や学校の先生としっかり連携し、家族の協力と理解があることを知っていたので必ず落ち着くと思ったから言ったのかな。
まさか感謝されるなんて思ってもなかったので、驚いたと同時に嬉しかったなぁ。
自分も役に立つのねと少し自信になりました。
私はどちらかというと助けて貰うことの方が多い人間なので、自分の言葉でも誰かの勇気になるんだなと感じました。
どんなこともそうですが、諦めずに取り組むって大切ですよね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?