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北海道が好きになったわけ19

浦茂アパートには空き部屋が二部屋あった。
その一部屋である1階の部屋にマッスルボーイ・チクリンが引っ越してきた。元々はどこかの寮にいたみたいだけど、テニス部が集まる浦茂にいる時間が長かったため、いちいち帰るよりは住んだ方がいい、という判断のようだった。

サニー号シガーソケット破壊事件はもとより、その筋肉から繰り出されるパワーと、持って生まれたガサツさによって、数々の伝説を残した。

テニスは上手いとか下手とかいう問題じゃない。とにかくパワーヒッター。というかパワーしかない。ドロップショットなんかは打つ前から分かっちゃう。しかも十中八九ネットにひっかける。

そもそも僕らのテニス部は男子部員しかおらず、しかもそのうち2割が元暴走族という、大学のテニス部としては非常に珍しい構成。故にお上品さなどかけらもなく、コートからはしばしば

「死◯や、コラー!」
「チャンス!眉間!眉間!」
「ミゾオチにブチ当てろー!」

などの怒号が飛び交っていた。

チクリンは性格は基本的に優しく真面目だったが、元レスリング部だったそうで、元族の先輩同様、なぜ今テニスコートにいるのかがよく分からなかった。

元レスリング部だっただけあって、サーブレシーブの時は、霊長類最強を彷彿とさせるレスリングスタイルの構えで、その左腕から繰り出される全力ショットは正に凶器。
甘いサーブでネットに出た時は、真剣に恐怖を感じた。

ある時、ダブルスで後輩と組んでいた時のこと。後衛のチクリンの左腕から放たれた全力ショットが前衛の後輩の背中のど真ん中に当たった。当たった瞬間、時が止まったかのように背中にめり込みながら回転し続けて、一瞬の間の後にポトリと落ちた。後輩はしばらくまともに呼吸ができなくなったそうだ。そして背中についた痣はしばらく消えなかった。

得意料理は麻婆豆腐。
浦茂アパートに越してきてすぐの頃、皆んなに振る舞うといって準備をしていた。

挽肉やネギを炒め、あとは豆腐を入れると言うタイミングで、右手に豆腐を乗せて、賽の目に切るのかと思いきや、そのまま右手を握りしめて、指の隙間からミンチ状に出てきた豆腐の残骸がぐちゃぐちゃになって鍋に落ちていった。そこにいた皆んなの顔は引き攣っていた。

「大丈夫だって。俺いつもこうやって作っていたから。ほら、食べよう」

そう言われても指と指の隙間からジュルジュルと出てきた豆腐を思い出すと、食欲は湧かない。

「美味いのになぁ」と言ってひとりで麻婆豆腐を食べているのが忍びなく、思い切って食べてみると、見かけによらずちゃんと美味い!
ならば、言わせてもらう。今度からちゃんと包丁で切れ!

機嫌が良かったり、逆に少し落ちると、部屋に篭ってローリングストーンズかRCサクセションを踊りながら歌っていた。
安普請の浦茂アパートでパワフルに大声で歌い踊るのは無理がある。しかも歌はど下手。まるでジャイアンリサイタルのようだった。

他にも書けないが、男性なら想像できるかもしれない「カーテン汚しちゃった事件」や、そのままズバリ「野糞事件」、旭川空港まで友達を送ったら「600キロくらい遠回りした事件」など色々やらかした。

チクリンはそういう、何かやらかした時、「ああああああ」というのが口癖だった。そしてしょっちゅう「ああああああ」と言っていた。

あ、今なんとなく分かったが、アイツが浦茂に来たのって、多分前のとこ追い出されたんだな。

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