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河村市長との面談の感想。

前回の記事からまた時間が経ってしまい、申し訳ありません。
今回の記事では、4月21日の河村市長との面談について、「市民の会」メンバーの感想をお伝えします。

河村市長との面談について、「市民の会」メンバーの感想。

面談の詳しい内容については、こちら ↓ の記事をご覧ください。

Aさん

「基本的な考え方(案)」を読んで感じた違和感は、「人権は大事です」と言っているだけでしかない内容だったこと。
三鷹市がいま人権条例を作るというのなら、当然「差別の禁止」を明示し、人権を侵害されている人の側に立ち、三鷹市は人権を守ると高らかに宣言することを期待していました。
今回の面談で、その点について市長から明確なお返事はありませんでした。
それどころか、差別される側だけでなく多数派(差別している側、人権侵害する側)も大切と何度も発言。
意識せず差別してしまう人たちに納得してもらう必要があると、力説されていました。

多数派が納得してくれるまで、差別されている少数者はガマンしなくてはならないとでも言うのでしょうか。
なぜ「三鷹市は差別を許さない!」「差別されている人たちを守る!」と言えないのか、不思議でなりませんでした。

三鷹市の人権条例が「差別を許さない!」「差別されている人を守り、差別する人たちに対して、それは差別ですよ!」とわかる内容となるよう、差別されている当事者の声を伝えるなどして、市への働きかけを続ける必要性を強く感じました。

Bさん

市長は「市民の会」の要望書に対して「基本的な考えは変わらない。大意賛成だ」とおっしゃっていましたが、三鷹市が出した「基本的な考え方(案)」を見る限り「被害者救済のための実効性のある条例にならないのではないか」と感じたので、私たち「市民の会」は制定プロセスや差別禁止規定などの提案をしたのです。
それがいまいち伝わらず、お茶を濁された印象を受けました。

それは、差別される側(被害者、少数者、マイノリティ)の人権尊重や権利擁護を進める事は実は多数者(マジョリティ)にとって必要な人権課題にも繋がっているという事を、「人権条例を作ろう」と提案した市長ご自身が理解されていないのだと、今回の面談でも強く感じたからです。

「多数者とのバランスも考えて」と言う発言は、人権条例を作る上でもっとも基本的な軸のところで間違っています。
多数者に対しどのように説得し、条例の理念を広めていくのかが課題であり、決して多数者に迎合する問題ではありません。
そこのところをどのように再考してもらえるかが鍵のような気がします。


市長との面談後の「市民の会」のミーティングでもお二人の感想に共感し、様々な意見が出ました。
特に、Bさんが書いていた「差別される側の人権尊重や権利擁護を進める事は、実は多数者にとって必要な人権課題にも繋がっている」という事については、多くの時間を割いて話し合いました。
このテーマについては、今後の企画でも取り上げていきたいと思いました。

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